第72話 攻略者
ゼルスタンは城に帰還し、家族水入らずで食事をしていた。
「ゼルスタンよ、
「ありがとうございます、父上」
同行した騎士たちから、事前に次男の采配や行動を聞いていた父王は、頼もしくもなった息子を労った。
「本当に、よく無事で帰ってきましたね。それにあんな素敵なお土産まで…」
あの後マグノリアは、持ち帰った薔薇の苗を両手に納まるほどの植木鉢へと移し、さらに成長させて花姿も整えた。今、その一鉢が王妃の目の前にあるのだ。
「それは、かのアムラ妃が愛したバラだそうです。『白の塔』の守護者殿とヴァイスマン嬢からの厚意です」
「まあ!それは嬉しいわね。こんな見事な花色のバラは見たことがないわ。何という品種なの」
「それが、リュクス殿も存ぜぬそうで、ぜひ母上にお名付けいただきたいということです」
「そうなの、そんな名誉をわたくしに下さったのね…でもここは素直に『アムラ妃のバラ』でいいのではないかしら?」
「よろしいのではないですか?きっと近いうちに世界中を席巻しますよ。『白の塔』からもたらされたものですし」
王太子が機嫌も良さげに言った。
「さてこれから忙しくなりますね。古代語の研究の開始や、古の都の発掘調査、それから竜からの依頼の達成など…」
「うむ、まさか我が代にかような大事が舞い込んでこようとはなあ」
「まあ、陛下。何を呑気に構えてらっしゃるのですか。これはあの
う、うむ、と王妃の勢いに押され気味の父王はいつものことなので、王子たちは気にも留めずに話を進める。
「アントンが古代語の研究チームを立ち上げたいと申しておりました。明日にでも申請してくるでしょう」
「うむ、いいのではないか。教本などはどうするのだ」
「ヴァイスマン嬢が竜から借りている辞書などを、もう少しの間、手元に置く許可を得て来たようです。『白の塔』にもいくらかあるそうですし、いずれ基礎を学ばせた者に写本させようかと」
知識のある二人に、教師となって欲しいと言ったが、二人とも気の乗らない顔をした。リュクスの方は予想通りだが、なぜマグノリアの方もあんなに渋るのだろう。
「ああ!やっぱりエレインの娘は
「それは願ってもないことですが・・・」
少々浮かれる母子を見て、ゼルスタンは帰り際のリュクスとの会話を思い出して憂鬱になった。
『まずはあの王太子を牽制しておこうか』
マグノリアと気持ちを確かめ合ったらしいリュクスが、形のいい顎を撫でながら言った。
『いくら兄上とて、あなたに喧嘩は売らないのでは?』
『まあ、そうかもしれんな…あの男は、私欲よりも国益を優先できる類の人間だろうからな。お主と違って』
リュクスはふふん、と鼻で笑ってゼルスタンを見た。
『う、ぐ…』
「光の御子」エッラに、第二王子という立場も忘れて猛アタックした自覚のあるゼルスタンは、呻くしかない。
『だが、あれは諦めも悪そうだろう…』
あの時の男は、ちょっと楽しそうな、何か企んでいるような顔をしていた。
(兄上、骨は拾ってあげますからね。やけ酒くらいは付き合いますよ)
~*~*~*~*~
数日後、マグノリアはリュクスと共に登城していた。
「リュクス殿、ヴァイスマン嬢、どうかお願いです。古代語の指導者となってくださいよ~」
アントンが悲壮な顔で懇願してくる。
「…いえ、私、下手くそなので…読み解く方は割と得意なんですけど、発音とかはちょっと…」
リュクスがニヤリと笑った。
【主、教えてやらぬのか】
【…嫌よ、よだきい】
【ふ、くくっ。いいではないか。人助けだぞ?】
【もう、しちくじい!せんもんはせん!】
【ふふ、ははは、そうだな。そんな可愛い言葉使いは他の者には聞かせられまい】
【むう、またおこつってから!】
「主、たまには普遍語で会話をしよう、な」
「嫌!」
「私も混ぜてくださいよう~」
ぷりぷり怒るマグノリアと上機嫌のリュクスに、アントンが縋るように付いて行く。
三人は王城の練兵所に辿りついた。実は今日、兵団の演習後にマグノリアの新しい魔法を披露するのだ。
ダンジョン攻略者は、攻略で得た成果を王や主だった家臣の前でお披露目しなければならない。たとえそれが知識や物品、あるいは魔法であってもいいのだが、マグノリアはその全てを持ち帰ったのだった。
兵団の演習は、実戦さながらの規模で激しいぶつかり合いをする。御前試合ということもあり、多くの者が張り切り過ぎて、傷を負っていた。
マグノリアは特に大きなケガを負ったものがいないことを確認すると、キュルス王から受け継いだ魔法を展開した。
演習場の上に、白い光が揺らめき、巨大な天幕が浮かび上がった。屋根の尖ったところには旗までなびいている。
その美しい映像に、見ていた者も「天幕」の中にいる者もポカンとした顔で中空を眺めた。
「傷が治ってる!」
一人の叫びを皮切りに、皆が口々に自分のケガが治療されていることに気付いた。
「うむ、見事であった!」
国王がお褒めの言葉をくれる。これによってマグノリアは公に「白の塔」の攻略者として世に知らしめられたのであった。
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