第71話 空中庭園
王太子エルネストは執務室の椅子に深く背を預けた。
(やはり欲しいな…)
先ほど近衛騎士隊のギネヴィア卿が弟王子の指示で戻ってきて、報告を受けたところだ。
ゼルスタンはマグノリアが「白の塔」を攻略するのを王家の証人として見届けてから帰城するという。
「これで彼女は正式にダンジョン攻略者となるわけだ」
ダンジョン攻略者はその出自に関わらず、伯爵相当の地位が与えられる。彼女の身分によって生じる様々な問題はクリアできる。
どうしても手元に置いておきたいものだ、エルネストは何か策がないものかと考えを巡らせた。
「…おそれながら殿下」
目の前に控えるのはギネヴィア卿だ。彼女は伯爵家の長女で、王太子付きの近衞として出仕している。身分的にも王太子妃に、という話もあったが本人も望まなかったし、エルネストも側近として有能な彼女を使いたかった。
「なんだい?」
「あのご令嬢はお妃には向かないと存じます」
「へえ?」
ギネヴィアがこういうことを言うのは珍しい、エルネストは意外に思う。
「理由を聞こうか」
「理由は幾つかありますが、彼女は少々優しすぎます」
シルトを断罪した時や、先の遠征の時の態度を見る限り気丈な娘だと思ったが…。
「ふーん?それを言うなら、エッラ嬢だって同じだろう。彼女は慈愛で出来ているようなものだ」
「『御子』様はか弱く、それをご自分でも理解しておいでですので、我々とてお守りしやすいのです。しかし彼女は…」
ここでギネヴィアは、笑いを堪えるように口の端を引き攣らせたが、すぐに真顔に戻った。
「他人の為だろうと何だろうと、深く考えるより先に行動しがちなのです。あの方を王宮に閉じ込めておくことは不可能ですよ」
「…それは優しいというより向こう見ずというのでは」
「はい、向こう見ずでお人好しです」
「なるほど、向こう見ずでお人好しで頑固者ということか」
「はい、向こう見ずでお人好しで、流されやすそうですが頑固者です…ぷ、くくく」
「…随分仲良くなったんだね。とうとう『氷雪の騎士様』も陥落したのかな。これは世の貴婦人たちの嫉妬を買いそうだ」
「殿下の嫉妬もでしょうか」
「さてね。しかし『守護者』の方が規格外だということはわかっていたが、彼女の方も大概だったね」
妖精に気に入られ、古代語を理解し、竜にも望まれる。
「やはり、欲しいなあ」
しかしギネヴィアの見た限りでは、あの二人、リュクスとマグノリアの間にはすでに確固とした絆が出来上がっているようだった。他の者が割り込む余地などないのではなかろうか。
ギネヴィアはにこにこと笑いながら、殿下の思いが叶わなかった場合には近衛全員でやけ酒に付き合ってあげよう、そう心に誓った。
~*~*~*~*~
丁度その頃、弟王子たちは「白の塔」の空中庭園にいた。
塔の最上階にある箱庭は、まだ春も浅いというのに百花繚乱の様相だった。壁一面に緑色の
「わあ、すごく賑やかね。香りも素敵!」
「アムラ妃が好んだ花だ。主が丹精込めて育てていた」
「見たことのない品種ですね。何という名でしょうか」
「…」
マグノリアは黙り込んだリュクスを見て、あ、これは知らないわね、興味なさそうだものね、と思った。
「そういえば、今の王妃様もバラがお好きでしたよね」
昔、母とお茶会に行った帰りに、自ら育てたバラの花を土産に持たせてくれたことがあった。
「ああ、バラ園もお持ちだ。世界中から色々な品種を集めている」
ゼルスタンが答えた。
「…そうだ、リュクス。枝を何本かもらってはだめ?王妃様に贈って差し上げましょうよ」
「構わないぞ」
「いいのか?枯らさぬように持って帰らねば…」
赤スカーフの鎧騎士が切ってくれた枝を、マグノリアは受け取った。
「大丈夫ですよ、少し根を張らせてから持って行きますから」
土を小袋にもらってさし木をし、成長魔法をかければ枯らさずに持って帰れる。
「…何とも便利だな…母上も喜ばれよう。礼を言う」
ゼルスタンはこの旅でちょっと逞しくなったような気がする。何か思うところがあったのだろうか。それにマグノリアとも打ち解けることが出来た。
庭園には様々な植物が育っている。水辺もあり、色とりどりのスイレンが浮かんでいた。
ゼルスタンとアントンは感心しきりに見て回っている。
マグノリアは隣に立つリュクスを見上げた。
「さっきから思ってたんだけど、もしかしてこの『塔』も『生きている』の?」
開花期がばらばらの植物の花が一斉に咲いている。とても美しいが、不自然でもある。
「ふふ、よくわかったな。そうだ、この城自体に王が『命』を与えたのだ。おかげでこの中に住む者は外界の影響を受けにくいのだ」
「そうなのね。やっぱりあなたの王様はすごいわね」
「そうだな」
マグノリアは王子たちに付き添う革鎧に視線を移した。身振り手振りで何かを伝えようとしているようだが、当然のことながら二人には伝わらない。その様子がなんだか微笑ましい。
「…ねえ、一つお願いしてもいい?」
「うむ?何なりと」
「私がいなくなったらね、タンタンもここに連れてきてあげて欲しいの」
あの魔動給仕は一人で残されたら、この先誰にも理解してもらえないだろう。それはあまりにも可哀想だ。
「…わかった」
「約束よ?」
「ああ、約束だ」
「ありがとう」
「塔」の中を見て回ってわかったことがある。おそらくキュルス王は、先々リュクスが不自由しないように、完璧に環境を整えたのだろうということだ。
リュクスの前の主は確かにリュクスを愛していて、きっと後悔もしていたのだ。
(よかった…リュクスはずっと孤独だったわけじゃなかったんだ)
リュクスは微笑むマグノリアの右手に自分の左手の指を絡めた。マグノリアもギュっと握り返す。バラの香りの中、二人はそっと寄り添って立っていた。
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