第70話 告白

 「いいのだ、主がそれを選んだのだからな」


リュクスが優しい声と表情で言った。どちらかというと選ばされた感が強いけれど、リュクスがそう言うのだからそうなのだろう。


「これで終わり?」

「…いや、この奥に主…キュルス王のオリジナルの魔法がある。それも会得していこう」

「え、私なんかがもらってもいいのかな…」


伝説の王の考えた魔法なんて、どれほど貴重な物だろう。


「ああ、あなたならば主も文句を言うまい」

「本当に?」

「うむ。あの王もあなたに負けず劣らずお人好しだったゆえ、な」

「ちょっと!それ褒めてるの?」

「ふはは、もちろんだ」


何となく納得はいかないものの、言われた通り奥の部屋に入って行った。


 奥の間は、王と王妃の廟だった。


 荘厳な天井飾りや副葬品が煌めく部屋に、美しい細工の立派な棺が二つ並んでいた。大きい方の棺の傍らには、小さな台座が置かれていた。


あまねく生あるものの生を良くあらしめよ』


ただそれだけの文字が彫ってあった。


(どういう意味かしら?なんだか謎々みたい…)


そう考えながら跪き、魔法陣に触れた。さっきのような衝撃を覚悟して体に力を入れるが、何も起こらない。ただ、穏やかで暖かい、春風のような魔力が流れてきた。


(ああ。キュルス王は伝説通り、良い王さまだったんだわ…多分、みんなの幸せを心から考えているような)


 正直、マグノリアはキュルス王のことは好きになれないような気がしていた。リュクスに永遠の孤独を与えたのは間違いなくキュルス王だ。自分がいなくなった後のあの人のことを考えなかったのだろうか、そう思っては、もやもやとした怒りのような悔しさが湧いてくるのを感じていた。


 だけど、彼らの関係や事情は彼らにしかわからない。きっとリュクスに聞いても憶えてはいないだろうし、キュルス王のことを思い出して寂しい思いをして欲しくない。


 それから、王妃様のことだって…。一回り小さな、バラの花の彫刻が施された棺に視線を移す。


 リュクスはどんな気持ちで二人を見送ったのだろう。きっと私なんかよりは親密だったから、悲しい思いをしたのではないか…。


(私って、結構独占欲が強いのかな…リュクスが他の人のことで傷付くのも嫌だなんて)

「ああ、もう…」


うじうじ悩んでいたって仕方がない。今生きているのは私の方なんだから…そう思い直して立ち上がり、二人の棺の前に立った。


(これからリュクスをお借りします…っていうのも少し違う気がするわね)


マグノリアは出来る限りの丁重なカーテシーをした。侯爵家育ちの祖母に仕込まれたため洗練さには自信がある。


「私が生きている間は、リュクスを幸せにして見せますから」


それから、あの人に逢わせてくれてありがとうございます、そう心の中で付け加えた。


 廟から出てきたマグノリアを見て、リュクスは目を細めて微笑んだ。


「無事すんだか?」

「うん」

「それは良かった。私が傍にいると、私の魔力が干渉してしまうかもしれぬから傍にはいてやれなかったのだ。私と王は血が近いゆえ」


本当のご主人のお墓に入りたくなくて外で待っているのだろうかと思っていたマグノリアは、肩の力を抜いた。


「そういえば、リュクスの固有魔法って何なの?」

「む、知りたいか?」

「…うーん、別にいいや」

「ふふ、大したものではないぞ。持っている能力を増幅させる力だ。大きい力ほど増幅率が上がる」

「へ、へえ…」


どこが大したことないのだろう。この男は全ての属性魔法も難なく使うのだから、本気を出したらほとんど無敵なのではなかろうか。


「だが、これは二人だけの秘密だぞ?」


男の長い人差し指がマグノリアの唇に触れた。びっくりして見上げると、甘い、蕩けるような笑顔があった。


「わか、わかった!」


初めて見る男の表情に、自分の体温が上昇するのがわかった。


(何なのよ、もう。何でいきなりそんな甘い雰囲気になったわけ…?)


 再び細い階段を抜け、王の寝室に戻ってきた。


 ほっとしたマグノリアだったが、ピタリとリュクスが立ち止まる。


「え、どうしたの?」


リュクスは、不思議に思って見上げるマグノリアの手を取って、天蓋付きのベッドのはしに座らせた。王様の寝台だけあって、ふかふかだ。彼女は、何か大事な話があるのだろうか、と真面目な顔で男の言葉を待っていた。


「主、主は私と共に生きると決めてくれたのだろう?」


握る手にギュッと力をこめて、リュクスが言った。


「へっ、あっ、聞いて、たの?」


ヒュドラムとの会話を聞かれていたのだ。かなり恥ずかしいことを言った記憶がある。


「うむ…私と生きる覚悟があるというところだけな」

「そ、そう…」


良かった、恥ずかしいところは聞かれていなかった、マグノリアはとりあえず安心した。


「とても嬉しかった。それは私と添い遂げてくれるということでいいのか?…私はあなたを望んでもいいのか…」

「え、…と、はい。そのつもりです…私はいつかお婆さんになって、先に…いなくなってしまうけど、あなたはそれでもいいの?」

「ああ、構わない…!」


哀しいような切ない声でそう言って、リュクスは彼女の首筋に鼻を埋めた。二人はしばらくそうしていた。


 マグノリアが身じろぐと、透き通りそうな銀色の瞳と目が合った。


 そのまま優しい口付けが落ちてくる。男が、ふふ、と笑った。


「あなたと触れ合うのは、良いものだな…とても、温かい…」

「…ん」


マグノリアの返事は再び重ねられた男の唇にふさがれる。


「主…私はあなたを決して独りにはしない。あなたと生きることに後悔もしない、それだけは断言できる」

「リュクス……って、あなた、やっぱり全部聞いていたのじゃない!」

「ふはは…」


 この後、ゼルスタンとアントンはやけに機嫌のいいリュクスと、赤い顔をしてふて腐れたマグノリアとに再合流したのであった。

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