第69話 魔法陣

 二階は執務室らしく、机と椅子、書物などが整然と並べられていた。どの家具も古風かつ重厚なデザインで、日頃の手入れがいいのだろうか、飴色に光っている。


「ここからはプライベートな場所だ」


 三階からは居間や寝室があるそうだ。居間らしき部屋にはリヴィング・アーマーが四体いたが、先ほどの鎧騎士とは違い、柔らかそうな革の鎧を着ていた。首には色違いのスカーフが巻かれている。


 黄色いスカーフの騎士がお茶の用意を始めた。


「まあ、座って一服するがいい」


青いスカーフの鎧が置いてくれたお茶からは、かぐわしい香りが漂っている。


「わあ、いい香りね。バラ茶かしら」


青スカーフはこくりと頷いた。


「最上階に空中庭園があるのだ。そこのバラだな。他にも王妃アムラが好んだ植物が植わっている。後で見に行くか?」

「ええ!素敵ね」

「本当に、素敵ですね。このテーブルも椅子も、それから召使の所作も完璧です」


アントンが瀟洒な家具を褒め、鎧たちを眺めた。


「ああ、こ奴らはキュルス王がアムラ妃のために用意した側仕えだからな。彼女は気が強い女性で、生身の侍女には少々当たりがきつかったゆえ。ちなみにその鎧はサルコスクスの革製だぞ」


それで我が家の給仕に少し雰囲気が似ているのね、マグノリアは思った。


 「王妃様はどちらかの姫君だったのですか?」


伝説では、キュルス王は悪王から取り戻した姫君をお妃にしたということになっている。


(お二人は知らないけど、その「悪王」って多分リュクスのことなのよね)


 「いや、魔力の高い者から王や女王が選ばれる。王妃は王となった者よりも魔力が少なかったということだな。幼い頃から魔力の高い子供は一緒に育てられるのだ」


 マグノリアは、あれ?と思った。リュクスの後にキュルスが王様になって、王妃は子供の時から決まっていた。竜の話ではリュクスのお妃になる人の魔力は高かった。それって同一人物なのでは…。


「幼馴染ということですか。それでお二人は仲がよろしかったのですね」

「母上が『キュルス王は王妃様を愛してらしたのよ!』と夢見がちに仰っていたが本当だったのだな」

「うむ、まあ大体の望みは叶えてやっていたな。全てではなかったが…」


そう言ってリュクスは遠くを眺めた。


「…それで私はこれから何をすればいいの?」


その沈黙の裏に誰がいるのか考えたくなくて、マグノリアは訊ねた。


「うむ。奥の部屋に魔法陣を刻んだ台座がいくつかある。それに触れれば新たな魔法が覚えられるのだ。幸い主は普遍語が理解できるのだったな。まあ、理解せぬでも覚えられるのだが、理解していた方がより深く魔法も理解できるからな」

「魔法陣に触るだけで、覚えられるのですか!?」


アントンが驚嘆した。


「固有魔法とは、そうだな、いうなれば魂に刻まれた言語ルールとでも言おうか。見るだけ、触れるだけで使い方が解るものなのだ。主の魔法は至極稀でな、キュルス王は魔法を体系化する能力に長けていたゆえ、後進のために魔法陣として残しておいたのだ。それが今こうして光明を見るのだから、王の先見も大したものだな」


そう説明し終わると、静かに立ち上がってマグノリアの方に手を差し出した。


「さあ、主、行こう」

「うん」


マグノリアはその手を取り、王子とアントンの方を見た。


「それでは、行ってまいります」

「うむ、気を付けてな」

「幸運を」


 居間から続く部屋には、豪華な天蓋付きのベッドがあった。おそらくは王の寝所なのだろう。


 さらに奥へと進むと、狭い上り階段があった。しかし階段を抜けた先は行き止まりで、壁に突き当たった。リュクスが魔力を通すと、ゴゴゴ…と大きな歯車か何かが回る音がして、壁が少しずつせりあがる。


 目の前に現れたのは宝物庫であった。金銀の美術品や武具防具が無造作に床に置かれている。ずらりと並んだ台座には宝石や装飾品などが収納されていた。


 その中に、腰の高さほどの銀色の台座があった。マグノリアは宝物よりもそちらに惹きつけられた。


 台座に掘られた円の中にはびっしりと古代文字が並んでいる。


 意思とは裏腹に勝手に目が文字を追う。


(こ、怖い…!)


目を逸らしたい衝動に駆られるが、首はおろか唇すら動かせない。そして手も白い台座の方へと吸い寄せられる。リュクスは戸口のところで立っていて傍にはいない。


 ひやりとした金属の温度を感じた瞬間、膨大な魔力と情報が入り込んできた。


『…天地開闢てんちかいびゃくの後、創世の七柱の神、泥濘の内より元なる種を引き上げ、原初の園生そのうにそを播きたり…』


やけにガンガン鳴り響く声が聞こえる。頭の天辺から何かを引っ張り出されるような感覚を覚え、脂汗あぶらあせが額を伝い、吐き気までしてきた。


(やばい、やばい、やばい…意識を持って行かれそう!)


崩れ落ちそうになる体を叱責して、台座についた手を必死に突っ張り続けるうちに、入ってくる魔力がようやく止まった。息を吐いてがくりと膝をつく。


 「大丈夫か、主!」


いつの間にか傍にリュクスが来ていた。差し出された手にしがみついて立ち上がる。


「うん、大丈夫…ちゃんと覚えたみたい」


まだ目眩は残っているけれど、リュクスに支えられながら周りを見回してみた。よく見ると、他にも銀の台座がいくつかあった。


「あれ?これでよかったのかな」


迷わずこの魔法陣の所に来てしまったが、今さらながら不安になる。

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