第68話 「白の塔」

 「そういうわけで、私は今から主と『白の塔』へ行く。お主らは勝手に帰ってくるがいい」


リュクスがマグノリアを抱き寄せて、すぐにでも転移魔法を展開しようとするので、ゼルスタンやアントンが慌てて止める。


「いや、待ってくれ。ダンジョンの攻略は王家の証人と共に行くのが決まりだ」

「そうですよ、後生ごしょうですから私も連れて行ってください、『白の塔』の中へ!」


リュクスはとても嫌そうな顔をしているが、マグノリアだってエイラードの国民なのだから国の決まりには従わなければならない。


「そうだよ、リュクス。私だけ先に帰るなんて皆さんに申し訳ないわ。あ、山小屋の部屋に扉を繋ぐのはどうかな。あそこなら北の湖からもそう遠くないじゃない」


ゼルスタンがよく言った!というような顔をしているが、なかなかリュクスの眉間のしわは戻らない。


「まあ、待て。お主も落ち着け、まるで一刻も早く番を巣に連れ込みたいコマドリのようだぞ。我らが力になってやる、そう言ったばかりじゃろうが」


竜の皮肉にリュクスの機嫌が再び急降下している。


「と、おっしゃいますと…?」

「ふむ。そこな狭量な男とちごうてな、この我がまとめて『白の塔』とやらに送ってやろうというのじゃ」

(え、もしかして竜に乗るとか…?なんか寒そう)

「もしや、転移魔法ですか?!」


マグノリアがずれたことを考えていたら、アントンが弾んだ声を出した。


「うむ」

「場所はわかるのか。貴様が昔、そのデカい図体で穿うがった、あの湖だぞ」


リュクスが嫌味の応酬をした。


「…いちいちかんさわる奴じゃのう。わかっておるわ、キュルス王が引退後に移り住んだ、あの城じゃろうが!」


この二人は口を利くと大体喧嘩になる。溢れる魔力により周囲の人の顔色が悪くなるのでやめてほしい。


「それ、とっとと行くぞ」


皆が急いでヒュドラムの傍へ集まった。マグノリアだけはリュクスの長い腕に囚われた。


 ふわりとした浮遊感の後に、色とりどりの光の粒子が流れる。呼吸を一つする間に、湖の真ん中にある島の上へ移動していた。


 対岸を見ると、ヒュドラムと王子たちがいた。ゼルスタンが何か指示をして、騎士たちがバタバタと動き始める。こちらに気付いたエッラが手を振った。マグノリアも手を振り返しながらリュクスに聞いた。


「ねえ、この湖ってヒュドラムさんが作ったの?」

「うむ、そうだ。ちょっと高い所から落としてやったら、見事に大きな穴を穿ってな。そこに水が溜まって湖になったのだ。竜の魔力も残っていて丁度よかったゆえ、主が、キュルス王が城を建てたのだ」

「へえー、もとはお城だったのね、この『白の塔』は…っていうか、この湖作ったの、どっちかといえばあなたじゃない!」

「ふははは」


 じきにヒュドラムがゼルスタンとアントンを連れてやって来た。エッラは岸でキャット卿とお留守番だそうだ。他の騎士たちは、ゼルスタンが山小屋や王都へ報告に向かわせた。


「さあ、娘よ。これを持って行くがいい。そなたの居所が我らにわかるようにの」


ヒュドラムは石のついた指輪を取り出した。竜目石といって竜が好んで使う魔石だという。


 リュクスがなぜか難色を示したが、厚意はありがたく受けるものよ、とマグノリアが説得した。


「…主、もっと豪華な指輪を渡すからな」


竜に別れを告げると、何かに対抗心を燃やしているリュクスが言った。


 「では、行こう」


扉を開け、何もない広間を進んでいく。すると、床の一部に空間ができ、階段が現れた。階下からガチャリガチャリと音が聞こえてくる。


六体の赤いリヴィング・アーマーが姿を現した。ゼルスタンとアントンは身構える。以前挑戦した折には、彼らに散々苦しめられ、仲間の命も奪われたのだ。


「主、何でもいい。魔法を見せてやれ」


マグノリアは言われるまま、「スクリーニング」を彼らに向かって放った。彼らは三体ずつ向き合って並ぶと、階段への道を作った。


「大丈夫だ、歓迎されているだろう?」

「…うん。こんにちは、お邪魔するわね」


声をかけると、ガチャリと鎧装備を鳴らしながら足を揃えた。まるで錬度の高い騎士たちのようだ。


 一度地下へ降り、再び階段を上ると王の間に出た。広い部屋の壇上には金色の玉座が一つだけあった。


 この部屋には、銀の鎧騎士が八体いて、いずれも壁際に姿勢よく立っていた。


「キュルス王はここで政務をされていたのか」

「ああ。退位してからも訪ねてくる者は多かったからな。当時の都からそれほど離れてはいなかったし」

「当時の都って?」

「そうだな、ここから今の王都を結ぶ丁度真ん中あたりか」

「何と!ではそこを調べれば当時の遺構などが出て来るのでしょうか」

「おそらくな」

「それは素晴らしいことですね」


アントンが興奮気味に言った。


 リュクスは玉座の傍に行き、背もたれに肘を乗せた。


「主がここに座りたいのなら、国の一つくらい用意してやるぞ?」

(一国の王子の前で言うことではないでしょうが。しかもそんな悪そうな笑顔で…)


リュクスをじろりと睨む。


「いえ、結構です」

「ふ、それは残念だ。では上へ向かおう」


 むしろその椅子にはリュクスの方がお似合いなのではないだろうか、振り返ってマグノリアはそう考えたが、独りでつまらなそうに座っている男の姿を想像して、なぜだか心が痛んだ。

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