第20話 「竜の血」
聴取のため、出頭の要請が来たのは予想よりかなり早かった。翌日早朝に、領主館からの使いがやってきたのだ。
昨日の今日で、随分早いな、と思いながらもマグノリアはリュクスと共に再び領主の屋敷へと向かった。工房の被害も気になるけれど、騎士団からの呼び出しには応じなければならない。
領主館はなぜか近衛服を着た騎士数人に物々しく警備されていた。彼らの案内で通された部屋の中には、壁際に立つオリヴィエの他に、体の大きな壮年男性と見目の麗しい金髪碧眼の青年が座っていた。
マグノリアにはどちらの人物も見覚えがあった。彼女は礼儀にのっとって、許されるまで膝を折って顔を伏せた。
「やあ、私のことを憶えていてくれたのだね。マグノリア嬢、どうか楽にしてくれ」
「恐れ入ります、王太子殿下」
最後にマグノリアが王太子に会ったのは十年以上も前で、まだ声変わりもしていない少年の頃だった。今、目の前の青年は王妃譲りの美貌を受けついだ面影はそのままに、さらに上に立つ者としての威厳や魅力を備えた王子に成長していた。
「それから、リュクス殿も、久しぶりだね。なるほど、彼女が君の尋ね人だったわけだ」
「ああ。そうだ」
リュクスはいつも通り、不遜ともいえるほど愛想がない。
「こちらは前魔法騎士団長ホークスだ。彼のことも憶えているかい」
「はい。何度かお会いしたことがございます。その節は目をかけていただきました」
「うむ。久しいな、マグノリア嬢。やはり、ご両親の面影があるな…」
ホークスの言葉にマグノリアは、困ったように微笑んで見せた。
「さて、それでは詳しく話を聞こうか」
王太子が直々に聴取するらしい。
「その前にまずは、シルトのことだね。すべて吐いたよ」
「それは私から説明しましょう」
ホークスが横から引き受ける。
「結論から言えば、君の叔父、セイン・リーゼンバウム卿は無実だった。当時騎士団を預かっていたものとして謝らせてくれ。申し訳なかった」
ホークスは立ち上がって頭を下げた。
「そう、だったんですね。いえ、閣下は初めから叔父の無実を信じてくださっていました。どうか頭をお上げください」
「しかし、私は十年もの間、彼らの雪辱を果たしてやることが出来なかったのだ…」
「ホークス、それは王家とて同じだ。だが、彼女に言っても困らせるだけだろう。簡単に許せるわけもあるまい。いずれ王家からも沙汰がある。君にとっての最善の道を探ると約束するよ」
「…もったいのうございます」
「うん。今は『竜の血』とやらのことを聞かせてくれ。それから、不可解なアンデッドについても」
エルネストはリュクスを見た。
「答えられることなら答えてやろう。何が知りたい」
二人は、促されて彼らと同じテーブルに着いた。
「そうだね、まずはこの小瓶の中身だ。これは本当に『竜の血』なのかい。貴殿は以前に見たことがあるのかな」
「ああ、間違いない。だがそれは少し腐臭が混じっているな。死んだ竜から採取したものか、あるいは…死にかけの竜から取ったものか」
「日にちが経っているわけではなくて?」
「『竜の血』は腐らん。本物ならば輝くような鮮紅色をしている。もっとも、その分危険は大きいがな」
随分詳しいけれど、リュクスは本物を見たことがあるのかしら、マグノリアは彼の方を見た。
「『塔』にあるぞ。主が望むなら持ってくるが」
心を読んだかのようにリュクスが微笑んだ。
「いえ、結構です」
マグノリアはきっぱり断った。
―そんな危ないものどうするのよ?
「それは残念だ」
コホンと咳払いをして、エルネストが割り込んだ。
「それで、アンデッドとはどうつながるのだ」
「生きた人間には猛毒だという話はしたか?」
「うん、適応者がほとんどいない、加えて、死者蘇生の効能もないというのは、そこの騎士らから聞いたが」
王太子の後ろに立つオリヴィエが軽く会釈をした。
「ああ。生きた人間は拒絶反応を起こすのだ。人と竜とは生きる
「では!やはりあのアンデッドはまだ生きていたというのか。『光の御子』が言った通り…」
ホークスが思わず口を出した。
「そうかもしれぬな」
「光魔法が効かぬとなれば、やはり火炎魔法か…」
王太子が火魔法の使い手の名を数えていると、リュクスがあっさりと言った。
「主の魔法なら一撃だぞ」
「何?」
「えっ?」
マグノリア本人もびっくりだ。
「そうだ、そもそも君の、マグノリア嬢の魔法とは何だ。我々の使うものとはどう違うのか」
「私…もよくわからないんですけど…」
マグノリアは物心つく前から、様々な魔法を使っていた。ドアを使って空間移動をし、水を操っては庭にまき、母を喜ばそうと蕾の花を咲かせた。少し大きくなって初めて、普通は呪文がいるのだと知った。どうして、などと難しいことを考えたことはない。
ちょっと困って、リュクスの方を見た。
「…主の魔法は『生命』に干渉できるのだ」
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