第21話 マグノリアの魔法の秘密

 「『生命』に干渉だと…?」


その物騒な響きに、今まで余裕の表情を見せていたエルネストは少し身を乗り出した。


「そうだ。とても希少な魔法なのだ。主の魔法に出来ることは主に二つ。生物を成長させること、そして無機物に命を与えること、だ。『塔』の住人たちのようにな」

「…!ゼルスタンが手も足も出なかった、リヴィング・アーマーか!」

「うむ。あれらは前の主、キュルス王が生み出したものだ」

「キュルス王…」


 伝説の王の名まで飛び出して来て、もはやエルネストはどこから突っ込んでいいのかわからない。 


「生物を成長させる…つまり、君は例えば赤子を短期間で大人まで成長させられる、ということか?」

「…はい、あ、いえ、理屈ではできますけど、成長するにはもとになる栄養と言いますか、生命力が必要となりますので、そんな短期間では無理ですね。少し早める程度です。私に出来るのは傷の治りを早めてあげるくらいです」


 植物や小動物ならまだしも、人や大きな生き物は体がもたないだろう。だいたい、そんなおぞましいことにマグノリアだって力を貸したくはない。


「そうか…いや、まずはアンデッドのことだな。マグノリア嬢のその力があれば、あの怪物どもも倒せるというのだな」  

「ああ、生命のことわりから外れた者たちだからな。主が成長魔法をかければ土に還るだろう。無論、普通のアンデッドにも効果があるぞ」 

「なんと!光魔法以外でもアンデッドを倒すことが出来るのか…いや、待ってくれ。先ほど『命を与える』ことが出来ると言ったな。アンデッドが生き返るということはないのか?」

「ないな。一度、命のことわりから外れてしまったものは、二度と同じ生を生きることはない」

「そうか」


王太子はいくらかほっとしたようで、椅子の背に身を預けた。


「…しかし、そう考えると『生きている』とは何だろうな。『生ける鎧』には生があり、あのアンデッドたちはまだ生きているにも関わらず、生のことわりから外れてしまっている。一体何を基準にしたらいいのだろうね」


そう言ってエルネストはマグノリアを見た。


 マグノリアにだってわからない。だだ、リュクスやタンタン、それからリュクスが自分を待っていると言った、「塔」の住人たち。きっと彼らには共通していることがある。


「…心を通わすことが出来るかどうか、でしょうか」

「なるほどね…ふふっ、じゃあ、これから気持ちが通じない相手に出会ったら、死人だと思うことにしよう」


全くそういう意味ではないのだけど…。半ば呆れてエルネストを見ていると、隣に座るリュクスに、きゅっと手を握られた。


 「さて、まだまだ聞きたいことは山ほどあるが、一旦我々は王都に戻らねばならない。シルトへの裁量もあるしね。今後は、君たちにも王都に来てもらいたいのだが」

「それは…」


 マグノリアはあまり気乗りしなかった。叔父の疑いが晴れたとて、もう親族は誰も残ってはいないし、王都は決して住みやすいところではない。こちらには養父ラスも、気のいい仲間もたくさんいる。一度田舎暮らしに慣れてしまえば、えて都会の喧騒に戻りたいとは思えなかった。


 「君にはぜひ、ダンジョンも攻略して欲しいのだが」

「…そこまで口出しする権利はないぞ。主に無理強いすることは許さん」

「おっと、それは失礼したね。まあ、じっくり考えてくれ」


 気軽い物言いで立ち上がると、騎士たちを連れて部屋を出て行こうとしたが、何かを思い出したように立ち止まり、振り返った。


「そう言えば、君たちは恋人同士なのか」

「えっ?ち、違いますよ?」

「…私は主のしもべだ」


またそれなの?マグノリアは非難の眼差しをリュクスに向けた。


「そうか、それならば結構。ではまた会おう」


 エルネストは爽やかな笑顔を残すと、その日の内にトライコスを去っていった。


              ~*~*~*~*~


 「…さっき、あなた嘘ついたでしょ?」

「うむ?…恋人同士だと言った方がよかったか?」


リュクスがからかうように笑った。


「そっ、それも違うでしょ!アンデッドを、死んだ人を生き返らせられるかどうかってこと!私には出来ちゃうでしょ…?」


そんなこと絶対したくないけど、いつか誘惑に負けてしまうかもしれない。


「ああ、まあ別人格になるから生き返る、とは少し違うからな。嘘というわけでもなかろう。だが主はそれを望まないだろう?」

「…うん」


―いつもリュクスはわかってくれちゃうのよね。


「ならば秘密にしておけばいい。私がいれば利用されるようなことにもなるまいが」

「…うん、頼りにしてます」

「うむ、任せておけ!」


 ―どうしてキュルス王はこの人を傍に置いていたんだろう。どうして、この人に命を与えたのだろう。

 ―本当に伝説の通り、悪い王様だったのだろうか…どうやって、この人は、命を落としたのだろう。


 ―聞いたら答えてくれるのかな。前のご主人を思い出して、さみしくなったりするのかな…それはちょっと嫌だな。


 もやもや考えていると、隣を歩くリュクスに手を取られた。


 何だろう、と男の顔を見上げると、リュクスはこちらを向かないまま言った。


「…主は私に心があると思うか?」

「ええ…?そんなこと、当り前じゃない…!」

 

 この人の感情こころには毎日のように振り回されているのだけど…なぜそんなことを聞くのだろうか。そう思って再びリュクスを見たが、そうか、と小さくこぼした男の横顔からは、その理由を窺い知ることはできなかった。


 そうしている間にハーブ園へと到着した。


 荒らされた工房の片づけをしなくちゃ。アンとエリにちゃんと説明しないと…。そこでマグノリアは思い出した。


「あーっ!蒸留室の修理代、請求するの忘れた~」   


領収書をもらって、今度は絶対請求してやるんだから、マグノリアは強く誓ったのだった。

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