第17話 王太子動く
「わたくしもセインを信じておりますよ」
亜麻色の髪を高く結い上げた、長身の美女が現れた。
「母上…」
「王妃様」
「それは
「お黙りなさい、ケヴィン!あなた方、わたくしにその話を隠していたでしょう?わたくしだって、ちゃあんと情報網は持っているんですからね。やっと見つかったかわいい従妹の娘を、わたくしは助けたいのです」
「いや、セレネ。そんな私情で騎士団の捜査に口を出されても…」
「まあ!陛下ともあろう方が薄情ですわ。エレインはあなた様の初恋の相手でしょうに」
「「「えっ?」」」
「…」
「そうなのよ。この人、デビュタントでエレインに一目ぼれしたんだけど、エレインは体が弱くてね、
「しかし、実際には二十どころかエヴァンズ男爵と結婚し、娘をお産みになった…」
ホークスが懐かしそうに言った。
「ええ。一度、彼女が身重の時に会いに行ったのだけど『この子に生かされているのじゃないかしら』と言っていたわ。」
「ふん、まあ、ドン・エヴァンズは金だけはあったからな。薬師や治療士の手配には事欠かなかったのだろうよ」
王が面白くなさそうに言った。
「あらま、素直でいらっしゃらないこと!エヴァンズ卿はとってもハンサムでいらしたわよ?少しお年が離れていたから、エレインには甘々で」
「そうですな。そしてその外見とは裏腹に、なかなか豪胆で気持ちの良い男でした」
「ええ、そう。貴族街のはずれに大きなお屋敷を持っていて…そこにかわいい妻と娘を大事に隠していたわね。あんな事件がなかったら今でも幸せに暮らせていたのではないかしら…」
「それで、そのわが又従妹殿は今どうしているのですか」
「南のトライコスという街で慎ましやかに暮らしているそうだ。最近、騎士になったトライコスの領主の三男が、交流があったそうで」
王太子の問いには、ケヴィンが答えた。
「その騎士は彼女のことを何と言っているのです?怪しいところがあるのでしょうか」
「いや、善良で勤勉な娘だと言っていた。地魔法を使い、平民夫婦の養女となって暮らしているらしい」
「ほらごらんなさい。疑うところなんてないじゃないの」
「陛下、私めにトライコスへ行く許可を下さいませ」
「…ホークスよ、行ってどうするのだ」
「事実を確かめに、いえ、その娘の無実を確かめにまいりたいと存じます」
「しかし、元騎士団長ともあろう者が、一人の娘に肩入れするのはどうなのか。ことの真偽に圧力をかけることにはなりますまいか」
ケヴィンがなおも難色を示した。
「では、私も参りましょう、父上。必ずや公正な目で真偽を見定めてくると誓います」
「よく言いました、エルネスト!」
王は、はぁ、と諦めまじりの溜息をついた。
「…よかろう。行ってくるがよい」
~*~*~*~*~
翌日、ホークスとエルネストは数人の護衛を連れて、南部を目指していた。
「まさか殿下が来て下さるとは思いませなんだ」
「ああ、私も興味があるのだ。彼女が今どうしているのか。彼女はとても目立つ少女だったろう?容姿も出自も」
「覚えておいでですか」
「うん、よく覚えている。子供ながらに彼女は美しいと思ったよ。だが、その人生は平坦なものではなかったろう?だから、どんな風になっているのか気になるんだ。お前には悪いが、彼女が犯罪者に身を落としていても、私は驚かないよ。平凡に暮らしているならそれでよし、身を持ち崩していてもまた一興だ」
「殿下はひねくれておいでですなあ。まあ、平穏に生きていてくれればそれが一番良いのですが。しかし私にはあの娘が平凡に暮らせるとは思えんのですよ」
「ほう?なぜだ」
ホークスもまた、エルネストの十一歳の誕生会でのできごとを語り出した。
~*~*~*~*~
その日は季節外れの暑さで、バラ咲く庭の噴水の周りでは、子供たちが水遊びに興じていた。そこへ第二王子率いる悪ガキどもがやって来て、水辺を独占しようと、他の子供たちを追い払いにかかった。
当然、抗議をする子もいた。だがゼルスタンは、そんな少女を水の中に突き飛ばした。少女は泣きながら退場したが、悪童たちは悪びれもせず噴水の中に入って行った。
それを遠巻きに見ていたのがマグノリアだ。
突然、豊富に溢れていた水が止まった。悪たれどもは不思議に思って噴水口をのぞき込んだ。が、その途端、一気に水が噴き出した。
顔に直撃を受けてあっぷあっぷする者や、ひっくり返って泣き出す者、呆然と立ってただ水をかぶる者と様々だったが、マグノリアはそれを見届けると、楽しそうにバラ園の中へ走り去った。
警備をしていたホークスは、とっさに少女の後を追った。彼女は、少し先のバラの小道で佇んでいた。
視線の先にあるのは、蜘蛛の巣にかかった大きな空色の蝶で、黒々とした蜘蛛の長い足に囚われようとしていた。
彼女はじっと見ている。ホークスはためらいがちに声をかけた。
「助けたいかい?」
少女はその問いにきょとんとした。
「あの美しい蝶を助けてあげなくていいのかい?」
「…どうして?クモさんだってご飯を食べないと死んでしまうわ。それに、どちらもとてもきれい!」
そう言って、深いブルーのドレスを翻す少女は、生命の輝きに満ち溢れて、表現しがたいほどの美しさだった。
~*~*~*~*~
「…ちょっと待て。彼女は地属性と言っていなかったか。大した魔法も使えぬと」
「はい、そうです。そもそも、八歳やそこらの子が詠唱もなしにそんな魔法が使えましょうか」
「詠唱もなしに、か」
―最近、どこかで聞いた話だな。
「今の養い親という男が、四元魔法以外の研究をしていた学者でしてな、エヴァンズも出資をしていたそうなのです。これは偶然でしょうか」
「なるほど、お前はその娘が何かを隠している、とそう言うのだな。その上で彼女の無実を信じると」
「はい。今彼女を失ってはいかん気がするのです」
これは面白くなってきた、エルネストは思った。
不可解なアンデッドの出現、隣国からの情報。突然現れた容疑者は過去の事件の関係者。これらがこの先、どんな風につながるのか。王太子は小さく呟いた。
「やはり、付いて来て正解だったな」
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