第16話 十年前の事件

 謁見の間では前騎士団長ホークスが現騎士団長ケヴィンと睨みあっていた。


「王弟殿下、なぜシルトを行かせたのですか。奴は十年前、セインらの罪を証言した男ですぞ」

「それはわかっているが。今や彼は第七隊の隊長だ。隊長自ら行くというのを止める理由もあるまい」

「全くわかっておられない!奴が取り調べに行くのは、セインの姪です。もし奴めに二心ふたごころがあろうものなら、あの娘の身はどうなるとお思いか」

「なんだと?お主は騎士の誓いを蔑ろにするというのか。あの時、彼は真実のみを話すと騎士の誇りにかけて誓ったのだ。それが信じられぬと申すか」


黙って聞いていた王が、渋面じゅうめんも崩さぬまま口をはさんだ。


「よさぬか、二人とも。確かに当時、とおにも満たぬ少女が謀反に加わっていたとは思えん。慎重に捜査すべきだな」

「まさか兄上も、身分卑しき小者こものの手記を証拠として信じるのですか」

「余とて余の騎士の誓いを信じたい。だが、ケヴィンよ。そちは少々身分にこだわり過ぎておるのではないか」


王太子が溜息をついた。


「しかし、彼女が生きていてくれたのは幸運でしたね。さぞかし苦労もしたのでしょうが…」


 思えばリーゼンバウム家が断絶してからというもの、親セダル派の貴族どもは発言力を増すばかりだ。母の実家の侯爵家、他の二家と共に王室派の一翼を担っていたものだが…。


 エルネストはさらに思い出を辿たどった。


 ―あれは確か、自分の十一歳の誕生日だったな。騎士セインに連れられて誕生日会にやってきた女の子。きれいな黒髪に白い顔。瞳と同じ濃いブルーのワンピースを着ていた。叔父に促されて、満開のバラの中、美しいお辞儀を披露した。


 「苦労したのならなおさら、国のことを恨んでおるのではありませんか。疑ってみるのも仕方のないことです」


ケヴィンが食い下がる。


「だがなあ。セインの使っていた情報屋が、捜査の全容を書き残しておったのだぞ。信憑性は否定できまい」


              ~*~*~*~*~


 十年前、今と同じように、アンデッドが頻出した時期があった。当時は光の使い手もおらず、魔法騎士たちが対処した。通常のアンデッドよりも動きが素早く、頑丈だったと報告が上がっていた。


 情報屋の記録によると、セイン他二名の騎士はある子爵家が疑わしいと目星をつけた。彼は最初にアンデッドが確認された地域に住んでいて、そこはセダル王国と隣接していた。


 子爵は封地貴族ではなかったが、貿易商を営んでおり、隣国と食品や薬草の取引をしていた。周囲の話ではかなりの資産家だという。


 聞き込みの途中、近所の貧民街から人が消えるという噂を何度か耳にした。住民たちは貧民街のことにはあまり関心もなく、気に留める者は多くなかったが、一部では貴族が何かの実験のために人をさらっていくのだと囁かれていた。


 くだんの子爵は、体格のいい男を何人も雇っていて、彼らが夜中に街をうろついているのを何度か住民が目撃している。


 と、ここまでが情報屋のメモにあったことだ。情報屋が隠し持っていたのだが、騎士の証言相手では信じてもらえないだろうと判断し、表に出さないことにしたらしい。しかし、最近その情報屋が死んだのを機に、その娘が父の遺言だと言って、内密にホークスのところへ持って来たそうだ。


 一方で、捜査によって公にされた事件の顛末は、騎士団や貴族に取っても不名誉なものだった。


 ある夜、子爵の屋敷が火事になり、子爵家族とセインともう一人の騎士が犠牲になった。唯一生き残った見習い騎士のシルトが、傷だらけで戻って来て証言した。


『三人の上司が子爵家から賄賂をもらって、アンデッドを生み出す研究を見逃してやっていた。だが、ある時報酬のことでもめた挙句、三人が子爵一家を殺して、屋敷に火をつけた』


 自分はまだ見習いで、騎士たちを止めることはできなかった、と泣きながら懺悔したそうだ。


 このシルトという見習いは、街の悪人共から市民を守ることがしばしばあったということで、市井しせいでの評判は悪くなかった。それも証言の信憑性を高める手助けとなった。


 「遺体は子爵一家のものと騎士二名。セイン・リーゼンバウムとカイネンという騎士だと判明しました。もう一人オーブリーという騎士がいたのですが、彼が金を独り占めして逃げたのではないかとされたのです。オーブリーの行方は依然としてわからず、すでに国境を越えたのでは、と」

「それでリーゼンバウム家とオーブリーの家は断絶となったわけか。カイネンというのは市井の出だったな」

「はい。それゆえ人一倍正義感も強く、賄賂を受け取るなど信じがたい…しかもオーブリーは子供が生まれたばかりで、そんなバカげたことを仕出かすとは思えなんだのです」

「ホークス。お前は彼らの無実を信じているのだな」

「…はい」


王太子の問いに、ホークスは心苦しそうに頷いた。


「では、シルトの誓いを疑うということか」

「…それは…」


ホークスも騎士のはしくれ、騎士の誓いを軽んじたいわけではない。


 その時、突然玉座の後ろの扉が開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る