第15話 マニスとラフィア

 セダル王女ラフィアと魔導士マニスは「白の塔」の建つ島へ上陸していた。仮に設置された天幕の中で瀟洒しょうしゃな椅子に座っている。後ろにはたくましい騎士が一人立っていて、傍らのテーブルにはワインと果物や軽い酒肴しゅこうなどが用意されていた。


「なあに、全く歯が立たないじゃないの。あなたの部下は不甲斐ないわねえ」

「これでも精鋭を集めたんですけどねえ。しこたま持たせた魔道具も、ここまで役に立たないとは思わなかったですし。ちょっとあのリヴィング・アーマーが強すぎるんですよ」


部下に持たせた遠見の水晶を通して戦闘の様子を見ている二人は、緊張感のない会話をしている。


 遠見の水晶は大小セットになった魔道具で、遠距離でなければ離れていても映像を見ることが出来る。マニスが連れてきたのは、大枚たいまいをはたいて雇った屈強な傭兵と、マニスお抱えの魔導士たちだ。


 その彼らが、不死身の赤鎧あかよろいたちによって次々と切り伏せられていく。


「あら、映像が途絶えたわ」


部下の手にあった水晶玉が床に落ち、血だまりの中を転がった。


「記録係がやられたんでしょう。それにしてもあなた、あんな阿鼻叫喚をよく平然と見られますね。私、ちょっと気持ち悪くなってしまいましたよ」


色のせたような灰色の長い髪をいじりながら、マニスが顔をしかめた。


「何を今さら。あなたの得意な呪いとかでチャチャっと片付けられないの?」

「試してみましたけど、ダメでした。あの忌々しい『光の御子』が適合者ではなかったというので、もしかしたら、と思ったんですけどねえ…でも、呪いなんて禁呪を使っていることがエイラード側に知れたら、面倒ですからね。内密にお願いしますよ」


マニスは人差し指を口先に立てた。


「あら、あなたほどの人でも手に負えなかったの。それに忌々しいだなんて、『光の御子』はわが国だって喉から手が出るほど欲しいでしょうに」


そう言いながら、ラフィアは真っ赤なブドウを一粒もいで口に入れた。


「おや、あなたこそ、エルネスト殿下を落とすって意気込んでいたじゃないですか。首尾はいかがだったんですか」


差し出されたブドウの房を辞退しながら、マニスは気安い調子で言い返した。


「嫌らしいわね。わかってて聞くなんて!あの王太子、聞いていたように盆暗でも温厚でもなかったわよ。絶対に私と二人きりにはならないの」

「それはそれは。こちらの国の将来も安泰ということですね。しかし、あのリヴィング・アーマー、一体でもいいから欲しいですね。どうやって動いているんでしょうか」

「傷も付けられないんだもの、過ぎた望みね。もう帰る頃合いかしら」


ラフィアは飽きたようで、扇の向こうであくびを噛み殺している。


「そうですねえ。『蘇生』の実験もうまく行きませんし。ちょっと手詰まりですかね」

「あの騎士も役に立たないしね?あいつもそろそろお役ごめんかしら。もう諦めて帰りましょうよ」

「いやあ、諦めるつもりは毛頭ないんですけど。まあ、今回は潮時でし…」


マニスの目が遠見の玉にくぎ付けにされた。ラフィアもつられて水晶を見る。

誰かの手によって端末が拾い上げられたようだ。水晶が銀色の虹彩に染まる。


「だ、誰?」


ラフィアがひきつった声で叫んだ。塔の入り口から黒衣の男が出てきたのだ。男は手にしていた小さな水晶玉を放った。血に汚れた玉は、コロコロと二人の足元まで転がってきた。


「あまり中を汚して欲しくはないのだがな」


王女のの騎士が剣を抜き、魔導士が杖を構えて詠唱を始めた。


『地の底より呼ばれし業火よ、かの王の創りし深淵なる炎、わが…』

「ほう、闇魔法か…それで、その呪文はまだ時間がかかるか?」


リュクスの黒髪が、膨大な魔力を纏ってふわりとなびく。マニスは圧倒的な魔力の差を悟って思わず後退あとずさった。


 「待ったあ!待て待て、リュクス殿~!」


小舟に乗ってゼルスタンとアントンがこちらへ向かってくるのが見えた。舟の係留もそこそこに、二人が走ってくる。


「…ああ、王子と魔導士の…アルトゥリウス?」

「惜しいです。アントンです」


ほんのり頬を染めて、アントンはメガネをくいっと持ち上げた。


「久しいな、リュクス殿。『塔』に戻っていたのか」

「いや、今はあるじと暮らしている」

「そ、そうか、尋ね人とは無事会えたのだな。それでな、こちらは隣国の王族の方なのだ。どうか容赦願いたい」

「ふむ?『塔』にこれ以上余計なことをせぬというなら、それでもいいが」

「もう、しませんよね。お二方?」


アントンがにっこり笑ってセダルからの客人を見る。


「な、誰、どちらなのですか、こちらのお方は」


ラフィアはリュクスに心を奪われていたようだが、王族らしい威厳を取り戻して言った。


「こちらはリュクス殿と言ってな…『塔』の、そう、『塔』に詳しい方だ」

「そう、なのですか。私はラフィア、セダル国の第…」

「では私はもう戻る。主の傍をおろそかには出来ぬゆえ」


 再び満ち溢れた魔力が黒い髪をなびかすと、リュクスの足元が光った。そのまま、男の姿は光の中にかき消えた。


「信じられません!見ましたか?!転移ですよ、転移!まさかこの目で拝める日がこようとは…」

「な、何なのだ、あの化け物は!」


 「化け物」か。あながち間違ってもいない。マニスの絶叫を聞きながら、ゼルスタンは思った。確かに扱いを間違えれば、国の一つや二つ壊されそうだ。


 まずは、一刻も早くリュクスとその主人の行方を掴まねば。一度王城に戻って、さっさとコイツらを追い返そう。ゼルスタンはそう決めた。

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