第14話 アイオライト

 「…人間たちは、それまでケモノのように暮らして、いました。しかし、ある日、天からかがやく光のた、球が下りて来ました」

「ふむ、続けるがいい」


ひるの太陽よりまぶ、まばゆいその光は、わたしたち人間に、どうやって二本の足で立ち、火を使い、道具を作り、食べ物を料理…ちょ、調理し、どうやってぶ、文明?…的な生き方をするのかを教えてくれました」

「ほう」


 最近リュクスは読書にはまっている。今日もマグノリアの仕事場に付いて来て、談話室のソファでくつろいで本を読んでいたが、今はアンの八歳になる息子、リックの相手をしている。


 リックが読んでいるのは街の塔の図書館で借りて来た、子供向けの神話だ。少年は文字が読めるようになったことが嬉しいようで、さっそくその成果をお披露目している。


 リュクスは手にしていた「自由を知らぬ伯爵令嬢と庭師の魔法」という恋愛小説をソファの上に放り出し、熱心にリックの音読に耳を傾けている。


(意外と子供好きなのかしら)


 「あの本ね、雑貨屋のペギーが貸してあげたものなんだよ」


エリが言う通り、街の娘たちが面白がって恋愛小説やハウツー本を貸してくれるそうで、よく読んでいる。


 時々ラスのもとに行って小難しい魔法理論なども借りているらしいが、基本的には目に入るものなら手当たり次第だ。


 けれどマグノリアは、あの男ほどロマンスを理解する情緒が欠けている者はいないだろうと思う。


『「あなたの瞳は私を貫く稲妻…」目から雷魔法を出すのか?…不便ではないか』

『いや、単なる比喩だから!女性はそういう事言われると嬉しいのよ、たぶん…』


『「私の心は空翔ける翼の如くあなたの元へと…」これは!最も難しいと言われる精神離脱魔法か…!』

『いやいや…まず、魔法から離れようか』


マグノリアだってまともな恋愛経験などないから人のことは言えないが、一生甘い言葉などには無縁なのではないだろうか…。恋愛本の無駄遣いもいいところだ。


「ちょっと、うざい…」

「まあまあ、男なんてうざいもんさね。さあ、仕事仕事!」

「「はぁい」」


人生の先輩、アンに促されて蒸留室に入る。今日は何種類かの薬草を付け込んでおいたお酒を蒸留する予定だ。


 香りのいいものは街のバーで出されるし、使われる薬草によっては薬の材料になる。薬草の種類や量はマグノリアオリジナルの配分である。単価が高いので、工房の主戦力商品だ。


              ~*~*~*~*~


 リュクスがこの街に居ついてから約三ヶ月、すっかり人々に受け入れられているようだ。最近はリュクスが一日マグノリアにくっついていても、ぶらぶらしていても誰も文句は言わない。こういうお気楽な身分の人間だと理解されたらしい。


 しかし、そんなお気楽なリュクスにも全く気がかりがないというわけでもない。


 数日前から「白の塔」にちょっかいをかけている者がいた。「塔」にはリュクスの結界魔法がかけられているし、キュルス王の施した防御魔法も健在だ。「塔」の防衛が破られることはないだろうが、かなり執拗な上、呪いも使うようで少し気になっていた。


「ねえ、何か悩みでもあるの」


トーストにラズベリーのジャムを塗りながらマグノリアが訊ねた。自宅の庭で育てた果実で作ったお手製ジャムだ。


「…なぜそう思うのだ?」

「んー、何か元気ないような」

「そうか?」

「毎日見てると何となくわかるっていうか。いや、別にいつもあなたを見てるって訳じゃないのよ?」

「そうか」

「ちょっと、ニヤニヤしないでくれる」


「実は、『白の塔』で少々厄介事があるようなのだ。最近は無理に入ろうとする愚か者はいなかったのだが」

「侵入者?行って見てきたら」

「いや、主の傍を離れるわけにはいかない」

「こんな田舎で何が起こるっていうのよ。それにあなた、転移とかでパッと行けちゃうんでしょ?」

「まあ、それはそうだが」

「一日くらいいいじゃない。休日だと思ってさ」

「わかった。ではそうさせてもらう。土産に何か、主に似合いそうなものを持って来よう。半日で戻るゆえ」

「いいわよ、そんなの」


 朝のそんなやり取りの後、リュクスは「塔」の宝物庫にやって来ていた。


 彼女を彩るに相応しいものは何だろうか…リュクスは庫内を見渡した。


 マグノリアの瞳は、夜明け前の空のような、光の加減によっては濃いスミレ色にも見える青色だ。


 初めて出会った日、自分をとらえたあの瞳の煌めきをリュクスは思い出していた。あれほどに心躍る美しさを、自分は以前に見たことがあっただろうか。以来、彼女の瞳の中に同じ濃色を見付けては、どうしてだか胸が騒ぐのを感じていた。


 すぐそばに飾られていた、大きなラピスラズリの指輪を手に取る。


 キュルス王の妃だった女性は大ぶりな装飾品を好んだものだったが…今の主が「こんな大きいの要らないわよ!」と怒る顔を思い浮かべて、わずかに口端を上げる。


 ここには当時の王家が所有していた物や、竜から奪った、いや差し出された物もある。


 彼は中央のケースに収められた瑠璃ガラスの瓶をしばし見つめた。瓶の中では深紅の液体が怪しいほどの輝きを放っている。そのまましばらく思案していたが、また庫内の財宝を物色し始めた。


 前の主人に仕えていた頃はあまり興味もわかなかったので、どんなものがあるのか、一つ一つ確かめる。


 リュクスはある台座の前で足を止めた。


「主の瞳の色だな」


そう呟いて持ち上げたのは、ウォーターサファイアのネックレスだ。繊細なカットにより、深く清らかな光を放っている。周りには小ぶりのダイアモンドも散りばめられていて、太すぎないプラチナのチェーンがとても上品だ。


 再び光にかざして、その輝きに満足すると、大切にポケットにしまった。


 階下では、「生ける鎧」たちが侵入者どもと戦っている。奴らの強さはまさに一騎当千、生半可な戦士や魔導士ではたばになっても相手にならないだろう。


(そろそろ片付く頃か)


 傍らの銀の台座には魔法陣が刻まれている。


 ―主がここに来て触れれば、新たな魔法を手に出来るのだが。彼女はどこか、傷付き、世界を恐れているところがある。もう一歩踏み出すには少し時間がかかるだろうか…まあ、まだ先は長い。彼女の心に任せよう。


 リュクスは入り口へ続く階段へと向かった。

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