第13話 隣国の魔導士

 「はぁ…リュクス殿はどこへ行ってしまったんでしょうか」


リュクスがエイラードの城から姿を消して一月余りが過ぎていた。アントンが頬杖をついて嘆いている。


「王都中を探させているが、全く手がかりが見つからん。エッラの話では、商業区で見かけたのが最後ということだったが」

「はい。遠くからだったけれど、確かにリュクスさんでした。あの方は目立ちますから。多分、女性と一緒でした。フードを被っていたので、お顔まではわかりませんでしたけど」

「にしても、一言ぐらいあってもいいのに…」

「あの男は他の人間には興味などなさそうだったからな。城中の女どもが秋波を送っていたが、見向きもしなかったろう」

「あの不可解なアンデッドについてもご意見を伺いたかったのですが」

「ああ、この一月で三度も現れるとはな。一体何なのか…」


自分の光魔法が効かないアンデッドの話題に、エッラが唇をかむ。


「それはともかく、いいのですか、殿下。セダル王国からのお客人の相手をしなくても」

「フン、あの王女の狙いは兄上の妃の座だろう。兄上に任せておけばいいさ」


 貴族の中にはセダルの王女を王太子妃に据えて、閉鎖的で頑なな隣国との繋がりを築こうとしている一派がいる。あの国がそう簡単に懐柔されるとも思えない。下手を踏むと逆にいいようにされる危険もある。当の兄王子や貴族たちはわかっているのだろうか。


「お前こそどうなのだ、あのマニスという魔導士、相当使うらしいぞ」

「…私は、あの方はあまり好きませんね。そもそも自分の手の内を簡単に明かすような御仁ごじんではなさそうですし。私が魔法を教わりたいのはリュクス殿だけなんです!」

「おお、えらい惚れようだな。…まあ、あの魔導士も人付き合いが悪そうではあったな。晩餐会も欠席していたし、歓迎会もいつの間にか姿をくらましていた」

「…わたしも、ちょっと苦手です」

「うん?マニスか?珍しいな、お前が人見知りをするのは」


エッラには、あのマニスという男が、どす黒い闇を抱えているように見えた。リュクスも得体の知れない魔力が溢れだしていて恐ろしかったが、マニスのような嫌悪感はなかった。


 そこへ「陛下がお呼びでございます」と侍従が告げに来たので、エッラと別れて、王の間へと移動する。


              ~*~*~*~*~


 (なぜこの王女がいるのだ)


まさに先ほど話題に上がっていた、セダル国の第三王女ラフィアと魔導士マニスがいた。


「父上、お呼びに従い参上いたしました」

「うむ。実はな、今我が国を悩ましているアンデッドについての有益な情報を、こちらのセダル王国の方々にいただいてな」

「ゼルスタン殿下、御機嫌よう」


赤茶けた金髪につりあがった目、赤い唇に派手なドレスの女性で、微笑むと凄みのある美女だ。


「十年前の事件にかかわった治療士がわが国に潜伏していたのですよ。その者の調書をお持ちしたのです」


今さら何のつもりだ、ゼルスタンは内心吐き捨てた。


 時折、犯罪者が国境を越え隣国に逃げ込むことがある。捜査協力や身柄の引き渡しを要求しても、応じた例などなかったはずだ。いつも「入国した確認など取れない」の一点張りだった。


 そんな弟王子の心の内を知ってか知らずか、王太子エルネストがにこやかな表情で訊ねた。


「その治療士はどうしているのです?我が国に引き渡していただけるのか」

「いいえ。残念ながらその医師は牢内で自ら命を絶ちました」


「なんだと?それはあまりにも杜撰ずさんではないか。そんな重要参考人を死なせるとは!」

「ええ。その通りでございますわ、ゼルスタン殿下。けれど、そちらの騎士団が取り逃がしさえしなければ、此度の事件も起こりえなかったのではございませんか」


「くっ…」王女の言葉にゼルスタンは反論できない。


「それで、その治療士は残党の素性を白状したのですか」


王太子の方は相変わらず人好きのしそうな笑顔を浮かべている。


「いいえ、そこまでは…ただ、当時の下手人げしゅにんの関係者だとしか…でも、こちらの騎士団は優秀でございましょ?きっと真犯人に辿り着くことが出来るだろうと思ってお報せに参ったのです」


ラフィアは騎士団長の方を見た。


「ああ、今騎士団が慎重に調べを進めている」


ケヴィンが軽く挙手をして言った。


「そうか。我が国は貴国に大きな借りが出来たというわけだな」


王が顎ひげを撫でながら言った。


「そのかわりといっては何ですが…」マニスが恭しく頭を垂れた。


「申してみよ」

「『白の塔』に挑むチャンスをいただけませんか」

「何?そなたは『塔』に入れる自信があるというのか」


マニスはわずかな微笑みを浮かべたまま、面を上げない。


「いや、しかし…」


異論を唱えようとしたアントンをゼルスタンが視線で制した。目を合わせると小さく首を振る。


「…よかろう。挑んでみるがいい」

「ありがとうございます」


 客人たちが王の間を退出した後、若者たちはまだ残っていた。


「よろしいのですか。そもそも、リュクス殿がもう尋ね人を見付けているなら、『塔』に侵入できる者は他にいないということでしょう。彼らには別の意図があるのでは?」

「だからこそだ。彼らが何かを探っているのはこちらもつかんでいる。だが、『塔』に入れぬとわかれば、国へ帰っていただく理由も出来るさ」


アントンの疑問に王太子エルネストが答えた。


「兄上の仰る通りだ。それに、リュクスが『塔』に帰っているかもしれん。我々も行くぞ」


ゼルスタンが同意する。その言葉を聞いたアントンの目に喜色の光が灯った。


「…!承知しました」

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