第12話 共同生活

 翌朝、マグノリアが目覚めると、またもやタンタンとリュクスが彼女の寝室にいた。


「もう~、こんなんじゃ安眠できないんですけど!」

「何を言う。あるじはよく寝ていたぞ」

「…そういうことじゃないのよ?」

「どういうことなのだ」


「だいたい、なんでタンタンまでここにいるのよ」

「私が主のところに行こうとすると、自分も行くと言って聞かないのだ」


それに応えるようにタンタンは腕をぐるぐる回した。


「…主の嫌がることはしないと言ったろう」


『ぐるぐる』


「それはわかっている」


『ぐるぐる』


「だから、私とて、」

「ちょっと待って!二人だけで会話しないで。っていうかリュクス、さっさと服を着なさいよ!」


リュクスはへらへら笑いながら黒いシャツに袖を通した。やはり何か腹立たしい。


「…ベッドを買いに行くわ」

「そうだな、もう少し大きめの物を…」


「違うわよ!ベッドを買いに行くのよ!」


              ~*~*~*~*~


 リュクスがマグノリアの家に住み着いてから、一月ひとつきほどが経とうとしていた。マグノリアは今日も農場に来ていた。秋冬もするべきことはたくさんある。


「今日はリュクスさんいないのね」


マグノリアはエリとアンと共に、森から運んできた落ち葉を畑に播いていた。エリがいつもくっ付いて来るリュクスがいないことを不思議に思って言った。

 

 リュクスが現れた当時は若い女性たちの心をざわつかせたが、彼の関心がマグノリアにしかないとわかった今は、みんなで二人を見守っている。


「うん、アンの旦那さんたちに狩りに誘われたのよね」


 ここトライコスは一年中暖かで過ごしやすく、虹湖にじこと呼ばれる湖の周りには豊かな森が広がっている。うっかり入り込んで迷ってしまう人も後を絶たず、妖精の森とも言われている。実際、妖精伝説も数多く残っていて、何か不可解なことが起こった時には、「妖精に騙された」という常套句もあるほどだ。


 その森は恵みも多く、地元民は狩りや漁を許されていた。 成功した際には分け前を領主様の所に持って行くのが習わしだ。


「そうそう。あの人がいると大きな獲物が捕れるからね、男どもは感謝してんだよ。最初はさ、ヒモ男にでも引っかかっちまったんじゃないか、って心配してたんだけど」

「えっ、ヒモ?」

「だってそうだろ、何か仕事してるわけでもなさそうだし、顔はいいし」


あっはっは、とアンが大笑いする。エリもふき出した。


(確かに…今は私が食わせてるわね。役に立つって言ったくせに)


まあ、あれ以来自分のベッドで寝るし、態度は紳士的だ。それに男手があるというのは、何となく心強い。今ではリュクスの存在に慣れてしまった自分に、ちょっと戸惑っている。


 そっと風を起こして、落ち葉を畑全体に行き渡らせる。地魔法使いで通っているから、アンとエリには気づかれないように、そうっとだ。


「マグノリア」


その声にドキンと鼓動が跳ねた。


「おや、リュクスさん。もう狩りは終わったの?なんか捕れたかい」

「ああ。鹿が二頭と山鳥が何羽か捕れたぞ」

「やったね、今夜はご馳走だ。エリ、分けてあげるからウチに寄っておいき」

「わーい!ありがと!」

「今日はこれくらいでいいわ。二人も、もう帰って大丈夫よ」


二人は嬉しそうに挨拶をすると、農場を出て行った。


「主はさすがだな。繊細な魔力の操作も完璧だ」


人前では「主」と言うのも変なので、名前で呼ぶように頼んである。だからリュクスは二人きりになると、マグノリアを「主」と呼ぶのだ。


「そう?不自然じゃなかった?」

「ああ、誰も気付くまい」


リュクスも、この世界でマグノリアが自分の魔法を隠して生きていることを、今では理解していた。


「主が初めて自分の魔力に気付いたのはいつだ?」

「うーん、すごく小さいときよ。私のお母様は体が弱くてね、いつもベッドの上にいたの」


 朝起きて、「今日はお母様に会えるといいな」と思いながら自室のドアを開けたら、そこは母エレインの部屋だった。「こんなに早く、どうしたの?」そう言った優しい母の笑顔は、今でも思い出せる。


 目を伏せると、リュクスに手をギュッと握られた。


「あの空間移動の魔法か。あれは好きなところに行けるのか?」

「ううん、1つの扉からは3か所くらいが限界ね。行ったことのないところには行けないし。それと扉の開閉の向きが一緒でないと繋がらないわ」

「なるほど。その方法は私も思いつかなかったな。普通に転移するより魔力の消費が格段に少ない」

「え、ちょっと待って。あなた空間転移が出来るの?」


空間転移魔法は現代では失われた秘術だ。マグノリアの魔法はその残滓とでもいうものだろう。


「まあ、少し面倒だがな。主の魔力ならギリギリいけるぞ。試してみるか?」

「いえ、結構です」


―ギリギリってことは、帰って来られないってことよね。別に魔道を極めようとかそんな野心はないので。


「それは残念だ」

「さ、帰りましょう。今日は鹿肉のグリルでしょ!張り切って作ってあげるから」

「それは楽しみだ」


 坂を下れば、温かい我が家はもう直ぐそこだ。握られた手を強く引っ張る。タンタンも首を長くして主の帰りを待っているだろう。マグノリアはこの奇妙な同居人たちとの暮らしを、案外気に入りつつあった。

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