第11話 親公認?
翌朝、目を覚ましたマグノリアは、タンタンがベッドサイドにいることに気付いた。
(めずらしいわね…あれ?なんか怒ってるのかな)
タンタンは普段寝室には入って来ない。二階にあるので階段が上りづらいのだろう。かわいいスチール製の補助足では高い階段はちょっと大変だ。
それにしても機嫌が悪そうである。もちろんそんな変化はマグノリアにしかわからないけれど。
寝ぼけまなこで、どうしたの、と手を伸ばそうとしたが、何かに拘束されていて身動きが取れない。恐る恐る後ろを見る。
「おはよう、
やっぱりこの男だった。しかも上半身は裸だ。叫び声を上げずに済んだのは奇跡かもしれない。
「ちょっと!!何であなたがここにいるのよ?!」
男の肌を直視できずに、マグノリアは枕で武装した。
「やはりあのソファは少し狭すぎた。それに傍にいた方が守りやすいだろう」
「だ、だ、だからって乙女のベッドにもぐ、潜り込むなんて!犬じゃないんだから!」
「ああ、犬だと思ってくれてもいいぞ。安心してくれ、主の嫌がることはしないと誓う」
文句を重ねようか、「犬扱いでいいの」とツッコもうかと迷っていると、階下でドアベルが鳴った。
マグノリアが焦って羽織るものを探している間に、リュクスが窓から顔を出した。
「何してくれてるの、リュクス~~~!」
「客だぞ、主。メガネをかけた爺さんだ」
急いで階段を駆け下りると、ドアの外には渋い顔をした養父ラスがいた。昨日の騒ぎですっかり忘れていたが、今日はラスと朝食を食べる約束をしていたのだった。
「お、おはよう、
「マグノリア、今寝室に男がいたように見えたが…」
「えー、これには深いわけがありまして…」
「主、来客なら給仕がいるだろう」
リュクスがタンタンをぶら下げて階段を下りてきた。半裸の美男子の登場にラスが絶句している。そりゃいつかは話さなきゃだけど、最悪の登場だわ、マグノリアは頭を抱えた。
~*~*~*~*~
ラスは話を聞き終えると、冷めたお茶を一口飲んで「そうだったのか」と言った。
「主の
「ええ、その上でうまく地魔法だって、偽ってくれているの」
「ははは、偽っているのではないよ。台帳には『植物の促成及び治癒魔法』と記録してあるからね。嘘じゃないだろう?まあ、どちらも地属性にありがちだけど」
メガネの奥で優しい茶色の瞳を細めるラスに、マグノリアは感謝をこめて微笑み返した。
街の塔には、住民の出生届けやどんな魔法を使うかが記された台帳がある。いわば戸籍代わりだ。ラスはその塔の責任者を任されていた。
「君の力は危ういからね、誰かに狙われないとも限らない。確かにこの人のような護り手がいてくれた方がいいかもしれないね」
「養父さん…」
でも勝手にベッドに潜り込む男なんです、とは言えない雰囲気だ。
「リュクスさん、どうかこの子を護ってやって下さい。この子は大切な友人の遺児で、亡き妻の愛し子なのです」
父亡きあと、莫大な遺産に群がってきた者は多かったが、マグノリアを引き取ろうと言ってくれたのはヴァイスマン夫妻だけだった。ラスは、もとは大きな機関の研究者で、父ドン・エヴァンズから融資を受けていた。それを恩義に感じてくれていたのだ。
「承知した」
リュクスは穏やかな表情で頷いた。
甘くないパンケーキと卵や野菜の朝食を取りながら、ラスはリュクスに色んなことを聞いている。根っからの研究者なので、「塔」から来たリュクスの話に学者魂をくすぐられたのだろう。
この普通でない状況をすぐに受け入れることが出来る養父を、懐の深い人だなとマグノリアは改めて思う。
「リュクスさんはどれくらい前の方なのでしょうか」
「ずっと『塔』にいたからわからぬが、以前仕えていたのはキュルスという王だった」
「まさか伝説のキュルス王ですか?善政を敷き、国も繁栄を極めたという…」
(え、そんなにすごい人が前のご主人なの?次が私で大丈夫なのかしら)
「そうなのか?確かに素晴らしい王だったが」
「はい、もう千年も前のことといわれていますが…」
キュルス王の伝説は、今や定番のおとぎ話となっている。エイラードの民ならば、子供の頃から繰り返し聞かされるものだ。竜を退けたり、お姫様を悪い王様から助けたり…。
(確か、非道な王様を倒して国を興したのよね。そう、悪王の二つ名は『銀の魔道王』…銀の、魔道…いやいや、まさかね)
クレソンを口につめこみながら、リュクスの銀色の瞳をちらっと見る。気付いたリュクスがにこりと微笑んだ。
(そうね、この人を呼ぶなら『黒の』よね。銀色なのは瞳だけだもの)
小さく笑い返して、マグノリアは咀嚼を再開した。
しかしマグノリアはまだ知らない。リュクスが魔法を使う時、その魔力が彼女の目には銀色に映ることを。
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