第10話 マグノリアの魔法

 「ほほう…」

「…」


リュクスとタンタンはしばらく見つめ合っていた。


 そこへ息を切らした家の主人がようやく追い付いてきた。


「ちょっと、他人の家の扉を勝手に開けないでちょうだい!タンタンに意地悪しないでよ!」

「いや、意地悪などしない。先輩に挨拶をしていただけだ」


「先輩?」首を傾げているマグノリアをよそに、タンタンが「入れ」とでもいうように片腕を回した。


「では遠慮なく」

「えっ?ちょ、ちょっと?タンタン?」

 

              ~*~*~*~*~


 (ええ?今はどういう状況なの。タンタンが勝手に他人を招き入れるなんて…)


マグノリアとリュクスはダイニングのテーブルをはさんで、タンタンがお茶を入れてくれるのを見ていた。リュクスはやけにニコニコとしており、それもちょっと腹立たしい。タンタンはカップを並び終えると、本物の給仕よろしくマグノリアの後ろに下がった。


 リュクスはカップを持ち上げ優雅に口へと運んだ。その姿は見惚れそうになるほど美しく、どこか貴公子然としている。


(そうじゃなくて!)


マグノリアは小さく咳払いをした。


「それで?あなたは何者なの?」

「私はリュクスだ。あなたに会うためにやってきた」

「そ、それはもう聞いたわ。どこから来たの」

「この国の人間は『白の塔』と呼んでいたな」

「『白の塔』…」


マグノリアの鼓動が大きく跳ねた。


「察しの通り、あなただけがあの『塔』へ入ることを許されている。望むなら、あの人が使っていた玉座もあなたの物になるぞ?」

「…いや、よ。行きたくない…」

「そうか、主が望まないのならそれでいい。『塔』にいる者たちはあなたの帰還を待ち望んでいるが」

「他にも人がいるの?」

「『人』、ではないが…」


チラリと主の後ろに立つタンタンに視線を向ける。


「聡いあなたなら、薄々気付いているだろうか。『塔』にいるのは皆、前のあるじの眷属だ」


マグノリアは息を止めて、しばらく目を閉じた。


「…あなたも以前は『人』だったの?」

「ああ、そうだ。私は前の主によって、新たな『命』を与えられた。あなたは、そのタンタン以外の者に『命』を与えたことはあるのか」

「いいえ、無いわ」


このタンタンだって、幼い頃、母を喜ばせようとして壊れた魔動給仕を「修繕した」だけなのだ。その時は自分の「能力まほう」を正しく理解していなかった。


 大人たちは驚きつつも褒めてくれたが、タンタンは明らかに以前のような、ただの魔動給仕ではなくなっていた。言われたことに従うばかりでなく、自らマグノリアの世話を焼きたがるのだ。


 それだけではない。魔石の交換もいらなくなった。今ではアンティークにも数えられるモデルだが、多少の傷が付いても自然と治ってしまう。


「誰かを失ったときに、その力を使おうとは思わなかったのか?」


マグノリアは両手で顔を覆った。


 マグノリアも幼い頃から何となく気付いてはいた。おそらく自分の魔法は、死者にも適用できるのだろう、そうすれば彼らとずっと一緒にいられるのだろう、と。


 けれど同時に、それは許されない事だろうということもわかっていた。それゆえ、別離の多い人生ではあったが、「悲しみには慣れている」と自分に言い聞かせて、どうにかやり過ごして来たのだ。


「思ったわ!大切な人が亡くなる度に、この力を使ったら、って…だけど、そんなことできなかった…」

「あなたは賢明だな…それに強い」

「そんなのじゃないの。目を覚ました時、お前なんか知らないって言われるのが怖かっただけ…」


(半分正解だな)

リュクスはその言葉を聞いて思った。


 甦った者が術者を拒むことは決してない。ただ、息を吹き返した時には別の人間になっていて、術者に絶対の忠誠を誓うこととなる。実際にリュクスも前の主に出会う以前の記憶はない。


「それでもだ。『命』を与えられた者は永遠の孤独に耐えねばならない。だが、あなたは自らの孤独を選んだのだから」


 リュクスは席を立って、マグノリアの傍で片膝をついた。


「名を教えてくれ。わが主よ」


そういえば名前も名乗っていなかった。


「マグノリアよ。マグノリア・ヴァイスマン」

「そうか、可憐なあなたにぴったりの名だな。マグノリア、どうか、あなたがその生を生きる間、私が仕えることを許して欲しい」

「そ、んな先のことはわからないわ…でも今日くらいは面倒見てあげる。居間のソファしかないけど」

「それでいい」


リュクスがふわりと笑った。マグノリアはこんな綺麗な男性の笑顔を見たことがなかった。叔父セインは希代の美男子と言われていたが、彼は身内だったし、これほどの煌々きらきらしさではなかった気がする。気恥ずかしくなって顔をそむけた途端、マグノリアのお腹がぐうとなった。


「…」

「し、仕方ないでしょ。王都のお店でお昼ご飯を買ってくる予定だったのに、あなたが追いかけて来るから…」

「そうか、だが主が逃げなければ買えただろう」

「あなたみたいな人が追いかけてきたら逃げるわよ!」

「では、お詫びに私が何か狩ってこようか…」

「結構よ!『狩ってくる』って何?!『買ってくる』でしょ、普通」

「あいにく私には手持ちがないのだ。ああ、『塔』に帰れば財宝があるぞ。取ってくるか?」


―「盗ってくる」の間違いではないだろうか。


「いや、ホント、やめて。自分で何か作るから」


 二人の掛け合いを見ていたタンタンだったが、首と腕を小さく振るとキッチンへと向かった。手伝ってくれるつもりなのだろう。


 この後パンケーキとリンゴのコンポートを作り、マグノリアはようやく遅い昼食にありついたのだった。

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