第9話 やっと会えた

 マグノリアは買い物客で賑わう商店街を歩いていた。


 王都の傍でアンデッドが出たというニュースが世間を騒がせているが、人々の営みには何の変化もない。城壁の中はいつもと変わらぬ、平和な時間が流れていた。


「えっと、クローヴとナツメグ、あとクロタネソウの実ね。それから、毛糸を買って…」


―そうだ、タンタンの三角帽子に真っ赤な毛糸のカバーを編んであげようか。喜ぶかしらね。


クルクル回る小さな給仕を思い浮かべて、心が温かくなる。


―久しぶりに角のパン屋さんでおいしいパンでも買って行こう。トライコスの街のパン屋もおいしいけれど、たまに王都の味が懐かしくなるのよね。


(この前は気分が落ち込んでいて王都を楽しめなかったもの。今日はちょっとゆっくりしていこう)


そんなことを考えながら、機嫌よく歩いていたマグノリアだったが、行く先に人だかりが出来ていることに気付いた。


「『光の御子』様が無償で治療して下さるそうだぞ」

「さすが、私たち庶民の味方だねえ」


 人垣の向こうでは「光の御子」エッラが、光神殿の神官たちと病人の治療をしている。光魔法の使い手はこの国では彼女一人だが、神殿所属の治療士と共に定期的に奉仕活動をするのだ。


 金の髪を優しげに揺らして、「光の御子」が患者に寄り添っているのが垣間見える。マグノリアの目には、エッラの放つ魔力がキラキラと金色に光っているように見えて、思わず声に出していた。


「きれいだわ…」


「そうか?私はあなたの魔力の方が美しいと思うが」


すぐ後ろでそう言われて、びっくりしたマグノリアが振り返った。


 そこには、黒い服を着た黒髪の背の高い美男子がいた。目が合うと、男は銀色の瞳を揺らしてわずかに笑んだ。マグノリアの心臓が跳ねる。


「え、と、どちら様、ですか」


過去に会ったことはないはずだ。こんなハンサムな、印象深い人に会ったのなら忘れるわけがない。それに、こっちだって王都を歩くときは、身元がばれないよう目深にフードを被ることにしている。


「私はリュクス。あなたを探していた」


やっぱり私のことを知っている人か。父の?叔父の知り合いだろうか。どうして今さら…マグノリアは不安になった。


「ひ、人違いではありませんか?私あなたなんて知りません!」


フードを引き寄せ、顔を隠して、急ぎ足で立ち去る。


(外開きの扉!どこかに…)


フードの下から周囲を窺うと、小さな食堂の勝手口が目に入った。今まさに扉を閉めて、従業員が建物の中に入っていったところだ。マグノリアはそこを目指して走り出す。扉を開けると自身をねじ込み、ドアノブを力いっぱい掴んでバタンと閉めた。


「ふうっー」


 中は薄暗く、掃除道具や使われていない家具などが乱雑に積み上げられている。だが安堵のため息を吐いたのも束の間、後ろでかちゃりと扉が開く音がした。


「なるほど、見事な空間移動だな!」


先ほどの、黒ずくめの男だ。そんな、この魔法を使える人が他にいるなんて…。


「な、んで?」

「あなたの魔力をたどったのだ。扉を媒介にしているのか。なかなか画期的だな。さすがわがあるじだ」


 男の言う通り、マグノリアは扉を媒介にして空間の行き来が出来る。こうして離れた王都とトライコスとを頻繁に行き来しているのだ。しかしこんな魔法を使えることが世間に知れたら、奇異な目で見られることは間違いない。マグノリアは親しい家族以外には秘密にして生きてきた。


「何?何を言っているの?私を知っているの?」

「あなたのことは知らない。だがあなたの魔力は知っている…その力、以前私が仕えていた人と同じものだ…」

「…この力のことを知っているの?気持ち、悪くはないの」

「気持ち悪いわけがない!あなたの魔法は唯一無二なものだ。むしろこの世に蔓延はびこるる四元魔法の方がくだらない。一体いつから世界は…もごっ」


マグノリアは声高こわだかに語り出した男の口を両手でふさいだ。


「ちょっと静かにして!誰か来たわ」


コツコツという足音と共に、男性が談笑する声が聞こえて来た。どうやら部屋の前を通りかかったようだ。そのまま気配を潜めて彼らをやり過ごす。


 はあ、と息を吐き、少し落ち着いて男の顔を見ると、なぜだか嬉しそうにしている。まだ両手が男の口元にあることに気付いて、慌てて体を離した。


「と、とにかくここを出なくちゃ」


 そっと扉を開けて外を伺うが、幸い誰も見当たらない。ここは、養父ラスが管理する塔の物置部屋だ。この時間帯なら、大方の職員は執務室にいるだろう。


              ~*~*~*~*~


 誰にも見咎められずに、何とか塔を脱して自宅へと向かうものの、相変わらず黒ずくめ改めリュクスが付いてくる。そもそもこの男がいなければ、コソコソと塔を出る羽目になることはなかったのだ。


「もう、どうして付いてくるの?」

「私は他に行くべき所もないのだ。主の傍に置いてくれ」

「ちょっ、あなたの主になった覚えはないのだけど」

「まあ、そう言わず。私は何かと役に立つぞ。あれか、主の家は」


行く先にはマグノリアの住処が一軒あるだけだ。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 男は嬉しそうに駆け出し、勝手に玄関の扉を魔法で解錠する。だが、不法に侵入しようとした者の前には、門番ならぬ、かわいい顔をした魔動給仕が立ちふさがっていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る