第8話 アンデッド

 ゼルスタンとその配下が城に戻ってきたのは、日も暮れかけた頃だった。兵たちは消耗し、ゼルスタンの装備も傷だらけ、アントンも魔力切れ寸前だ。


 一番、消沈しているのはどうやら「光の御子」エッラのようだった。彼女は魔力も底をつき、真っ白なローブも泥やすすで汚れていた。


 「いったいどうしたというのだ?!」


知らせを受けて迎えに出て来た魔法騎士団長ケヴィンは一行の惨状に驚いた。


「敵はアンデッドだけではなかったのか?」

「うう、叔父上。いえアンデッドが七体だったのですが…光魔法が効かなかったのです」

「なんだと!そんなバカなことがあるものか!」

「いえ、本当です。仕方なく我々が足止めをしている間に、アントンが火魔法で焼き払いました」


 アントンはあまりの疲労に口もきけないらしい。樹齢を重ねたトネリコの枝から作ったという長い杖に寄りかかって、ぐったりと座っていた。


「す、すみません。わたしのせいです…わたしが役立たずだから」


エッラはロッドを握り締める。


「エッラのせいではない。お前がいなければ、我らは無傷では帰れなかった。あのアンデッドどもが異常なのだ。光魔法も効かず、いくら切り伏せても、執拗に向かってくる…あんなアンデッドは見たことがない」


「…とにかく、中へ入って休むがいい」


 休憩をして人心地を取り戻すと、三人は王の前で報告することになった。


「さて、異常なアンデッドが出たということだが」

「はい、信じられぬことにエッラの魔法が効かないのです。それに動きも少々俊敏でした」

「それは本当にアンデッドだったのか?」


王太子エルネストが訊ねた。


「はい、間違いございません。皮膚はただれておりましたし、知能も感じられませんでした。死体を一応運んでまいりましたが、火炎魔法を使ったので状態は良くないのです…」


アントンは続けた。


「リュクス殿にお聞きしたら何かわかるのではございませんか?」


最近、彼はすっかりリュクスに心酔している。


「それもよいな。誰ぞ、リュクス殿を呼んで参れ」


              ~*~*~*~*~


 庭に並べられたアンデッドを眺めてリュクスが口を開いた。


「…死体だな」

「…左様ですね」


「黒焦げだな…」

「はい…」


「なかなかの威力だな」

「ありがとうございます!」


「…おい!それで何かわかったのか」


「…これだけ損傷が激しいとわからんが…光魔法が効かなかったのなら、アンデッドではなかったのではないのか」

「バカな!見た目は完全にアンデッドだったぞ。腐臭もしていた。それに火魔法にも弱かった!」

「強力な火魔法に弱い魔物は多いぞ。ああ、お主たち人間も火には弱いだろう」


リュクスの軽口に、口を噤んでいたエッラがビクリと肩を揺らした。


「…ったの…」

「ん、どうしたのだ、エッラ?」


王子が様子のおかしな恋人を心配して、顔をのぞき込んだ。


「しゃ、べったの。『たすけて…』って!」

「なんだと!?アンデッドがまともな単語を発するわけがないではないか。聞き間違いではないのか」

「確かに聞いたの。もしかしてまだ生きていたのじゃ…!」

「バカな!」


思案顔のアントンが言う。


「もしかして『死体を操るもの』がいるのでは?」

「それこそありえん。禁忌魔法だぞ!」

「ネクロマンサーの眷属なら知性を保っているはずだぞ。普通に会話が出来る」

「そうなのですか!もしや会ったことがおありで?」

「ああ、ひと昔前は稀にいたな。だが奴らは無闇やたらに死者を使うわけではない。相棒だと言って大切にしていた」


きらきらとした瞳でリュクスを見つめるアントンを尻目に、ゼルスタンはエッラを支えて城内に戻ろうとしていた。


「では、禁忌魔法でもないということだな。さあ、疲れただろうエッラ。もう休め」


そんな彼らにしぶしぶ付いて行ったアントンには、リュクスの呟きは聞こえなかった。


「『竜の血』、いや、まさかな…」


              ~*~*~*~*~


 謁見の間では、王と王太子、騎士団長が話をしていた。


「ケヴィンよ、十年前の事件を思い出さぬか」

「十年前、ですか」

「若いエルネスト殿下はご存知なかろうな。過去にもアンデッドが大量に発生したことがあったのだ。彼らの何人かが生前同じ治療士にかかっていたことで、その治療士が疑われたのだが」


長い白髪の老治療士。目撃情報はあったが、依然行方はわからなかった。


「…確かその医師は行方知れずだったのですね。それに関わったとて、数名の騎士と役人の名が挙がったという」

「憶えておいでか。そう、ホークス前団長が辞任し、名門リーゼンバウム家が断絶するに至った事件だ」

「…正直、あの清廉潔白なセインが不正を働いたとは思えないのですが」


エルネストは子供の自分にも礼儀正しく、優しい眼差しの若い騎士を思い出す。


「余とて、同じ気持ちだ。だが、生き延びた同僚の騎士がそう証言したのだ。これ以上の証拠はあるまいが…」

「ホークス前団長も疑っていましたな。『死人に口なし』だと言って」

「うむ、あやつもセインに目をかけていたからな」


騎士の証言は絶対だ。騎士たちは決して嘘をつかないという誓いを立てているのだ。

そこへゼルスタンたちが戻って来て、この話は中断された。


「何かわかったか?」

「いえ、もしかしてアンデッドではなかったかもしれないということ以上は…」

「…そうか。この後も注意して捜査を続けよ」


こうしてこの日の会議はお開きとなった。

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