第7話 ニアミス
「こんにちは、パルマさん!」
カランカランとベルが鳴って、パルマの店のドアが開いた。台車に箱を積んで入ってきたのはマグノリアだ。
「おや、マグノリア、いらっしゃい。今日も商品を持ってきてくれたのね」
陳列棚の整理をしていた白髪の女性が、カウンターをくぐってマグノリアの方へとやって来た。
ここ「魔女パルマの店」はおもに女性向けの雑貨を扱っている人気店だ。石けんやポプリからフレイバーティーに茶器まで、幅広い種類の商品が所せましと並んでいる。そのせいか、店内はとてもいい匂いがしていた。
「ええ、そうなの。これが頼まれてた化粧水と、こっちがミントのリネンウォーターよ。あとはラヴェンダー入りクッキーとジンジャーシロップ、これはお試しの薔薇水なんだけど、ちょっと使ってみて?」
「あら、いい香りね。わかったわ。試供品として置いてみるわね…でも、あんたも不思議な子だねぇ。どこでこんな知識を得たんだい?」
「ええと…昔、本で読んで…」
マグノリアは少し言葉を濁した。
「そうなのかい?
パルマは「魔女」と名乗っているが元魔導士で、亡き養母マリアの同僚だったそうだ。二人は昔、宮廷魔導士として働いていた。その縁で知り合ったのだが、今はマグノリアの工房の商品の質の良さを買ってくれている。
『若い頃は二人でブイブイ言わせたもんさ。そこいらの男なんてあたしらには敵いっこ無かったね』
生前のマリアがよく武勇伝を聞かせてくれた。マリアはラスと遅い結婚をして職を離れたが、パルマは定年まで勤めあげて、今はここに店を構えている。
「ラスはどうしてる?相変わらず仕事の虫かい」
旧友の様子を気遣いながら、パルマはリンゴの香りがするお茶を入れてくれた。
「ええ!少しは休んだらいいのに、お休みの日も何か調べものしたり書きものしたり。時々食事も忘れちゃうから持って行ってあげるの」
「ふふっ、変わらないねえ。マリアにもよく怒られていたものね」
マリアはラスよりもいくつか年上の姐さん女房だったので、ラスはいつも世話を焼かれていた。
「パルマさんは変わりない?」
「ええ、元気にやっているわ。ありがたいことに景気もいいからね、あんたの品もご婦人方に人気だよ。今から買い物でもしていくのかい?」
「ううん、今日はすぐ帰るわ。今は農場も工房も忙しくて」
そう言って、蜂蜜がたっぷり入ったお茶を飲み干した。本当はゆっくり王都の街を歩きたかったけれど、昨日の見知らぬ令嬢との出来事が、マグノリアの心をまだ痛めつけていた。
「まあ、忙しいのはいいことね。またおいで」
「いつもありがとう。またよろしくね」
マグノリアは商品の代金を受け取ると、気忙しく店を後にした。
~*~*~*~*~
リュクスは懐かしい魔力をたどって商業区を目指していた。ここ商業区には様々な店がある。露店の市場から高級品を扱う貴族向けの店舗まであり、毎日、たくさんの人で賑わっていた。
「…っ!消えた…?転移か…?」
段々近付いているように思えたが、リュクスは突如その気配を見失った。見失ったというよりは、突然、途絶えたというべきだろうか。
人ごみに紛れたというわけでもない。リュクスには、ここ王都一つ分くらいなら気配を探知できる自信があった。この捜査網をかいくぐったのだ。どんな魔法を使ったのだろう。早く会ってみたい、リュクスは自分にあるはずのない心が高ぶるのを感じていた。
リュクスが城に戻ってみると、武装した兵の小隊が城門を出て行くところに出くわした。何か捕り物でもあるのだろうか。城内も騒然としており、騎士や官吏が右往左往している。
「リュクス殿、お戻りでしたか。尋ね人様は見つかりましたか」
「いや、見失った」
「それは残念でしたね」
アントンは眉を下げて見せた。
「何やら騒がしいな」
「ええ、郊外にアンデッドが出たと通報がありましてね、今からゼルスタン王子とエッラさんとで討伐に向かうのですよ」
普通、魔物はダンジョンからしか出てこないが、アンデッドは無念の内に死んだり、神官のお祈りをしてもらえずに埋葬されたりすると出現することがある。それにしても最近は頻繁であった。ちらほら地方でアンデッドが出たとの報告があったが、今日はとうとう王都付近にまで出没するに至った。
ちょうどその時、ゼルスタンとエッラが出てきた。
「おお、リュクス殿。今からアンデッド退治だ。貴殿もいかがか?」
「…いや、遠慮しておこう。アンデッドならば光の使い手がいれば十分だろう」
リュクスは一秒でも長く塔の上から街を見張りたいのだ。
「ははは、その通りだな。このエッラさえいればアンデッドなど羽虫も同然だ」
エッラはぺこりと頭を下げた。自分の胸までくらいの金色のロッドを両手で握り締めている。
「では、我々は失礼しますよ」
三人は王宮が用意した馬車に乗り込んだ。リュクスは特に彼らを見送ることもせず、塔の上へと向かった。
だが、数体のアンデッド相手に、予想以上の苦戦を強いられることになろうとは、この時は誰も想像していなかった。
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