第6話 リュクス・イン・ザ・スカイ
エイラード王国の都の中心にそびえるアール城には、近頃話題を集める人物がいる。その男は城の尖塔に日がな一日居座り、城下を眺めているらしい。黒装束に身を包み、背まである黒髪を無造作に束ね、彫像のような美しい顔をして、氷のような銀の瞳で街を見下ろしている。
時折、王や王子たちの求めに応じて階下に降りて来るが、その時には好奇心を隠し切れない貴族や、美貌の男を一目でも拝もうと集まる貴婦人たちの視線をさらっていた。
「あの冷徹の瞳に見初められた者は『白の塔』の主人となれる」
そんな
「リュクス様、今度の夜会はぜひ当家の娘をお供に…」
「いいえ、我が家の茶会にご出席を…」
すれ違う高貴な人々が我先にと声をかける。特に催し物とてない城の中は、いつにもまして活気に満ちていた。
しかし、当の本人は他人には全く関心を持たなかった。彼にとっては、そんな人々は廊下を飾る家具や置物と大して変わらないのだろう。綺麗な身なりをして必死にアピールしてみるも、温度のない
魔導士アントンは、どうしてもリュクスの魔法の秘密を知りたくて、今日も彼に張り付いている。というのも、リュクスは複数の属性魔法を詠唱もなしに使うのだ。アントンも水・風・火の魔法を使うが、強力になるほど長い呪文が必要となる。それゆえ、いかに優秀でも、魔導士は前衛の騎士や剣士がいなければ戦えない。
「あなたは詠唱をなさいませんね。我々の四元魔法とは違うものなのですか?」
「違うな。お前たちはわざわざ使う魔素を選んでいるだろう。私にはそちらの方が難儀に思えるがな」
「そ、それでは全ての属性が同じ魔法だというのですか?」
「そうだ、火も風も水も全て同じ
そう言って手の平の上に小さな火を灯し、風にかき消させ、水球を作った。
「では、あなたがお探しの方もそんな魔法を使えるのですか?もしそうなら、噂くらいは伝わって来そうですが」
「…確かにこの世界では生きにくいかもしれんな。うまく隠しているのかもしれない」
男は小さな水の塊を気体に戻しながら呟いた。リュクスの顔にはほとんど感情が乗ることはないが、アントンには孤独な者の瞳に思えた。
この尖塔は鐘楼で、物見やぐらでもあるので街が一望できた。リュクスがいる場所はもともと兵士の詰め所であったところだ。申しわけ程度に簡素な椅子とテーブルが置いてある。平和な時代になってからは、王族やそれに準ずる身分の者が身罷った時に、弔鍾を鳴らす人がやって来るくらいだ。
その飾り気のない、古びた扉が開いた。
「お前たち、飽きもせずに民草を見下ろしているのか。さぞかし気分もよかろう。茶でもどうだ」
ゼルスタンが魔動給仕を伴ってやってきた。二足歩行をする最新型なので、狭い階段も上って来られるのだ。カチカチと機械音を立てながら、規則正しい動きでお茶を並べる。
「殿下、あなたがそのようなことを仰ると冗談に聞こえませんので」
守り役でもあるアントンが、ややもすると高慢になりがちな若い王子を窘めた。
「ははっ、まあ、そう言うな」
「…その
珍しくリュクスが魔動給仕に興味を持ったらしい。近付いて、しげしげと見ている。
「うむ、腹に魔石が入っていてな、それに職人が魔力を…って、待て待て、壊すなよ。最新式は高額だぞ」
「ええ、確か高級文官の給料五年分でしたか…いけませんよ、リュクス殿。無理に開けては!」
背中の扉を乱暴に引っ張ろうとするリュクスを二人が止める。しぶしぶではあるが、リュクスは大人しくお茶を受け取り、再びバルコニーの手すりに腰を下ろした。
この男は、普段は素っ気ないが、割と律儀で人の話はちゃんと聞いてくれる。こうしてアントンの魔法談義やゼルスタンの茶々にも付き合ってくれるのだ・
「…なあ、もしかしてあのリヴィング・アーマーにも魔石が入っているのか?」
「いや、あれは魔力で動いているわけではないぞ」
「では、他の魔物のように血が通っているとでもいうのか」
王子も彼らと戦った身だ。あの鎧の中が、血が通うどころか虚ろであることは知っている。つい皮肉っぽく言ってしまったのは仕方がないことだろう。
リュクスは少し考える素振りをして言った。
「血は通ってはいないな。ある程度は自分の意思で動いてはいるが」
「なんと!自らの意志を持っているというのですか?」
「まあ、そうだな。
「倒すにはどうしたら良いのだ」
「…殿下、リュクス殿にそれを聞きますか」
「あれを倒すのは骨だぞ。再生するからな」
「えっ、再生魔法がかけられているのですか?」
「ああ。だから倒したければ、一気に消し炭にするか、強力な死の呪いを……見付けた…!」
「リュクス殿?」
急に立ち上がったリュクスをアントンが見上げた。その刹那、リュクスはバルコニーの手すりに手をついて外へと身を乗り出した。
「リュクス殿!?」「おい!」
ここは塔の最上階だ。アントンもゼルスタンもさすがに顔色を変えて立ち上がった。
「見付けたのだ」
ちらっとこちらを振り返って呟くと、そのまま自らの体を宙に投げ出した。残された二人は、ゆっくりと浮かぶように落ちていく男を見送るしかなかった。
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