第4話 リュクスの願い

 ゼルスタンが、二人の仲間と謎の男リュクスを連れて父王に会いに行った時、ちょうど前騎士団長ホークスが帰るところだった。その強面は不機嫌を隠しておらず、第二王子たちを認めても黙って一礼したのみだった。


 謁見の間には、父王と王太子、宰相と現騎士団長である王弟ケヴィンがいた。


「父上、只今帰りました」


部屋には気まずいような、微妙な空気が流れていたが、ゼルスタンは思い切って声をかけた。


「おお、ゼルスタンか、首尾は…あまりうまくはいかなんだようだな」

「面目次第もございません。どうやら光属性の『塔』ではなかったようで…」

「ふうむ、どの属性でもないと申すか。不思議なことよ。して、その者が…」


リュクスのことは先触れを出して知らせてある。


「はい、このリュクス殿こそ『白の塔』の謎を知る男です!」


ゼルスタンはやや大袈裟な身振りで、傍らに立つリュクスを紹介した。


「…だが、なぜその者は陛下の御前ごぜんで無礼にも突っ立っておるのだ」


王弟ケヴィンが不満げに言った。リュクスがガラス玉の目でケヴィンを見て、首を傾げた。


「なぜ私があるじでもない者にひざまずかねばならんのだ」

「なんだと!?無礼な…」


気色ばんだケヴィンが剣の柄に手をかけた。慌ててアントンが止めに入る。


「お待ちください、団長閣下!その方は我らに敵意を持ってはおりません。人探しをされているだけだそうです」


アントンは父親である宰相に目配せをした。宰相は国一番の魔導士アントンが、実力者ケヴィンを止める理由をすぐに察した。


「ケヴィン殿下、ひとまず話を聞こうではありませんか。『塔』の関係者がこちらに友好的だというのは願ってもないことです」

「宰相の言う通りだ、ケヴィン。して、リュクス殿とやら、人を探しておられるのかな。それは一体どのような人物なのか」

「年恰好や性別はわからぬ。魔力を見ればわかるが」

「もしや、その人物が『白の塔』を攻略できるのか?」


玉座の脇に立っていた王太子エルネストが初めて口を開いた。


「無論だ。『塔』が地上に出たということは、適合者がいるということだろう」


全員が唸った。王国屈指の精鋭たちが、何年も挑んでは失敗を繰り返したダンジョンだ。この国のどこかに、まだそれ以上の猛者もさがいるというのか。


 普通ダンジョンは攻略できる適合者が現れると地上に現れ、その人物が死ぬと再び姿を消す。その間、現れた国に色々な知識や富をもたらすのだ。


「それは例えば、そこのエッラのように光魔法の使い手ではだめなのか」


光魔法の使い手は、どの国でも特別扱いされている。王の言葉に、チラリとエッラを見てリュクスは言った。


「四元魔法ではあの『塔』には入れぬ」

「いや、光魔法は四元魔法ではないだろう!」


再びケヴィンが語気を荒げた。リュクスは不思議そうな顔をした。


「そうか?私から見たら同じだが。とにかく私は、新しい主を探す。ここの上からならば探しやすそうだ」

「え、上ですか?」


アントンが聞き返した。


「そうだ。王城には塔があるだろう。そこから探す。待てども一向に訪ねてくれる気配もない。来るのは小うるさい四元魔法使いどもだけだ。だがここは人が多い。見付けられるかもしれん」


踵を返して部屋を出て行こうとするリュクスをゼルスタインが止めた。


「待て待て、もう少し話を聞かせてくれ。あのリヴィング・アーマーのことだ。あれはアンデッドではないのか」


 普通、荒野や古戦場に現れる動く鎧はアンデッドで、動きも鈍く、火炎魔法や光魔法に弱い。だが、あの塔にいたものは魔法も効かず、破損しても修復されて再び起き上がってきたのだ。


「…今自分で『リヴィングけるアーマー』と言ったではないか」


リュクスはまたもや不思議だというように首を傾げる。


「…では本当に『生きている』のか!?」

「そう言っている。もういいか」


そう言い捨てると階段へと向かった。

 

             ~*~*~*~*~


 「良いのですか、兄上!あのような素性の知れぬ者に好き勝手させて?」

「落ち着け、ケヴィン。ゼルスタンよ、そなたら何を見た」


主人のかわりに、アントンが一歩前に出て跪いた。


「おそれながら、あの男の魔力は底がしれませぬ。警戒はした方がよろしいかと」

「アントン、そなたほどの者がそう言うか」

「はい、『塔』の湖を瞬時に凍り付かせました。あのようなことが出来る者はこの国に、いえこの世界にはおりますまい」

「では早急にかの者の主とやらを探し出し、穏便な関係を築かねばなりませんね」

「うむ、その通りだ、エルネストよ。そなたも捜索に便宜を図ってやるが良い」

「承知いたしました」


王太子は父王に向かって恭しく頭を下げた。


 ゼルスタンは王の御前を去ると考えた。兄よりも早くリュクスの尋ね人を見付ければ、自分の立場はさらに盤石となる。


「そういえば、前騎士団長閣下は何の御用だったんでしょうね」


アントンが思い出したように言った。


「王妃様がいらっしゃらなかったところを見ると、あまりお聞かせしたくない話だったんでしょうか」

「そうだな…そんなことよりも、お前たちもリュクスを見張るんだぞ?それで少しでも奴に力を貸してやるんだ」

「…はいはい、わかりましたよ」


相変わらず人の話を聞かない王子に溜息をついて、アントンが投げやりな返事をする。エッラは青い顔で俯き、無言で二人の後に付いて行った。

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