第3話 マグノリアの日常

 マグノリアは栽培室でマジョラムの種を発芽させていた。もう夏もたけなわだけど、少し成長させてやれば秋には収穫できるはずだ。


 セイボリーやベイリーフと調合して、化粧水を作って王都のパルマさんの店で売ってもらうのだ。吹き出物や肌荒れに効くといって、常連さんたちの評判はいい。


 苗床にきれいに並べられた丸い種からは白く美しい根がのぞいている。


「そろそろ肥料をあげないとね~。もうちょっと大きくなってね~」


鼻歌まじりに魔法を使っていると、アンが血相を変えて入ってきた。


「ちょいと、ノリア!ガストンさんがケガしちまったんだ。治療してやっとくれ!」

「わかったわ!」


二人で坂を走っていく。アンが言うには、ガストンは屋根の修理中に、足を滑らせてしまったそうだ。肩に大きなけがを負ったらしい。


 マグノリアは塔の街唯一の治療士といってもいい。領主館のある中心街まで行けばちゃんとした治療士がいるのだが、時間もお金もかかるのでマグノリアは頼りにされていた。庶民にとっては魔法が使える者は珍しく、かまどに火を入れられれば一目置かれるほどだ。


 ガストンの家の庭では、家族と隣人に囲まれたガストンが横たわっていた。


「ガストンさん!お気を確かに。わかりますか?」

「うう…おお、マグノリアちゃん、悪いね…へましちまって…」


顔をしかめて笑うガストンの横には、奥さんのミナが青白い顔で付き添っている。


「大丈夫ですよ、すぐ治しますから」


マグノリアはそう言うと、痛々しく裂けたガストンの肩に触れた。まずは光の幕がガストンの体を通っていく。これで体内の患部の状態がわかるのだ。


「あー、骨が折れていますね。でもそれほどひどい骨折でもないですよ」


その後、患部に手をかざし魔力を通すと、ゆっくりと傷が塞がり折れた骨も元通りになった。マグノリアはふう、とため息を吐いた。


「ミナさん、ガストンさんに何か飲み物を」


ミナは言われた通り、南部特産のブドウのしぼり汁を持って来た。綺麗な紫色をしていてとても甘く、ワイン用のブドウの収穫前にしか飲めないこの街の名物だ。男は喉を鳴らして一気に飲み干した。


「フウ~!うまい!ああ、ありがとよ、マグノリアちゃん。すっかり元通りじゃねえか!」


ガストンがぐるぐる肩をまわし、ミナがお礼の言葉を繰り返す。


「よかったわ。今日はおいしいものでも食べて、ちゃんと休んでくださいね」


 帰り際にミナがベーコンの塊をくれたのでありがたくもらっていくことにした。ガストンの家は肉屋なのだ。

 

 今日はポトフにしよう、そう考えながら家路についた。


 マグノリアは二階建ての小さなレンガ造りの家に住んでいる。養父が管理している塔の近くにある一軒家だ。


 街の塔の役割は、子供たちの教育や、戸籍の管理、住民がどんな魔法を使うかの記録などで、何人かの役人が養父ラスのもとで働いていた。


 マグノリアが一人でこの家に住むようになったのは今から五年前、十四才の時だった。養母マリアが「あんたもそろそろ独り立ちの準備をしな」と言い出したのが始まりだ。ラスは若い女性の一人暮らしを心配してくれたが、田舎の街なので治安は悪くない。何よりマグノリアもこの気楽な生活を気に入っていた。


 一人、というのはいささか語弊があるかもしれない。同居人(?)がいるのだ。


「ただいまー」


カタカタという小さな機械音と共に迎えてくれるのは、魔動給仕タンタンだ。タンタンは、マグノリアが幼い頃から仕えている。母の嫁入り道具だったそうだ。


「今日はミナさんにベーコンをもらったからポトフにしようと思って。養父とうさんにも少し持ってってあげよう。あ、庭からローズマリーを取って来てくれる?」


足代わりのローラーを返すとタンタンは庭へと出て行った。段差があっても何のその、スチール製の細い補助足が出て来るので心配ない。


 その間にマグノリアはベーコンとリーキやジャガイモ、ニンジンなどの野菜をカットする。すべての具材をお鍋に放り込み、かまどに魔法で火を付けた。


「ありがと、タンタン」


 タンタンからローズマリーの枝を受け取ると水魔法で洗浄し、それも鍋に入れる。タンタンは三角帽をかぶった愛らしい頭を一回転させた。その様子に笑いがこぼれる。くりくりの黒い目にとんがった鼻。木で出来た丸みのあるボディ。


 最新式の魔動給仕は、見た目も動きも人に寄せて作られているらしいが、マグノリアはこの愛くるしいタンタンが大好きであった。


「そうだ、夏が終わる前に一度王都に行ってくるね。パルマさんに会って注文を取って来なくちゃ」


タンタンが時々首を回したり、手を振ったりして相槌を返しているようにもみえる。


「んん、大丈夫よ一日で帰ってくるわ…あんまり長居したくないもの」


 王都には幸せな思い出があり過ぎる。主の気持ちを察したのか、タンタンも両腕を下げた。


―そうだ、あのままエミリオと結婚していたら王都に行くことになっていただろう。できればこの静かな街でひっそりと暮らしていたい。縁談話が無くなってかえって良かったのだ。


―彼が本当に大切な人になる前で良かった。


「ふふ、ここでの生活も気に入っているのよ。みんないい人だし、あなたもいてくれるしね」


ポトフをすくいながらマグノリアが笑う。タンタンはもう一度頭を回した。

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