人間が怖い僕が人間の彼を弟子にした話

高橋湊

第1話 出会い

 ヘクロウが鳴き出した 。僕はその声を聞いて 魔導書を読む手を止める。夜が来たみたいだ。


 僕の住んでいる洞窟は、入り口にこの洞窟を隠すためにドアをつけている。だから、光が入らないため、朝か夜かわからない。


 そのせいで集中していると、今が昼か夜かもわからない時があった。


  昔はよくドアを薄く開けて、外の明るさを確認したっけ ? まあ今となっては、ヘクロの鳴き声が夜の合図だ。


 僕は魔導書の今読んでいたページを覚えて、パタンと閉じた。


「今日は きのこを2本……湖で魚を2匹くらい?」


 今日のご飯はこれくらいでいいかな? うーん、でもなぁ。毎回採りに行ってれば人間に会うかもしれないんだよな……。


「……明日分も取ってこよう!」


 多分、 氷魔法で凍らせたら明日まで持つだろう。僕は ご飯の調達のために、腰掛けていた石から立ち上がった。


 ローブを羽織って、フードを深くかぶり 耳を隠す 。僕の耳は人間と違うから見られたらたまったものではない。


 良くて奴隷悪くて血を抜かれて、死体は貴族に……。そこまで考えて僕は首を振って、この考えを打ち消した。


 フードを深くかぶる度に、思ってしまう。僕が人間だったら良かったのに……。そんなありもしないを考えてしまう。


 何年 ここに居ても、僕は彼らと同じ人間にはなれないのに。


 僕は、どうして生まれたんだろう? 


 この考えを何回繰り返したところで、答えは決まっている。


 母さんを僕が殺したから……。だから、母さんの代わりに僕は生きなければならないから。


 寂しいそう思っても、声に出したらいけない。だって言ってしまえば、死んだ母さんを否定することになる。


「昔と大差ないさ」


 このどうしようもない感情に言い聞かせて、この気分を断ち切る。考えてはだめだ。


 目を閉じて、大きく息を吐く。


 そうだ、 寂しくはないさ。


 ――――昔からずっと一人なんだから。







 人がいないことを ドアを薄く開いて確認する。


 薄暗い森の中には人がいるようには見えなかった。その代わりに虫が歌っている。楽器のように鳴き、お尻を光らせて飛ぶ虫、ホウホウと鳴くヘクロウ。


 見た限りで人間はいない。


 次に耳を澄まして、彼らの合唱を聞く。その中にも、人間の声は入っていない。



 詰めていた息を吐きだすと、ドアを開けて狭い隙間に体を滑り込ませるようにして、ドアを閉める。


  振り返って見ても、ドアに貼り付けた植物のおかげ で、ここに洞窟があるとは分からない。


 早く湖に向かおう。


 これからの道順を見つめて大丈夫 、と口の中で呟く 。夜の森で人間には会わないから。


 足を踏み出すと、パキリと枝が折れる音がする。その音は、虫の合唱に混じらずに消えていった。


 息が詰まって、上を向く。




 ああ、だけど逆効果みたいだ。


 上には、僕を飲み込みそうな夜があった。その夜に、感情が濁流のように湧き上がる。



 ――僕は死ぬまでここを歩くのか? 

 ――死ぬまでにあと何回歩かなきゃいけない?









 ――――僕は死ぬまで一人なのか?



 




 ハッとして僕は夜から目を逸らすと、湖に向かって歩き出した。


暗い月明かりを頼りにある程度 歩くと、光 魔法を使って足元を照らした。 そのまま足音を気にせず普通に歩いていく 。枝がポキポキ と折れる音 、パリパリと葉っぱが 破れる音 。



 それを聞くと僕 の故郷と森は似ていると、また後ろ向きな考えをしてしまう。


 普通に歩いていいの? 別にいい。さっきまで怯えていた僕が言うのもなんだけど、 夜の森 は 人が絶対に来ない から。それはなぜか? 



 魔獣が怖いからだ。


 人は魔法を使えるが、魔獣に 攻撃魔法を使って傷をつけられるものは何人いるだろう ? 


 ――僕が思うにその人数はとても少ない


 でないと彼らはに、あんなに死ななかったから。


――嫌! 嫌だ!! 殺さないでくれ!!

――故郷に妻が帰りを待ってるんだ!! お願いだ


 僕はその時に、命乞いに耳を貸した。


 衝撃だった。彼らも自分と同じで生きていると、初めて理解したのだから。「優しく」しないといけないモノだったことに気付いたから。


 でも同時に、体内で何かが爆発した。


人間お前らは同胞を殺したのに?



 気づくと、彼らに魔法を放っていた。間近に聞く彼らの絶叫は、苦痛に満ち溢れていた。それは――

    






「知らない方が幸せだったかもな……」


 話を戻そう。つまり僕が、どんなに不安に思っても 実際に僕を見た人間は 帰る時に 魔獣によって死んでしまっているのだ。


 そして、そんな弱い人間に怯える 僕は「小心者」で「腰抜け」で ……。全てを愛していた母さんとは大違いなわけだ。


 これらを言った父さんや彼らの声は、今でも耳に残っている 。傷ついていた言葉に何度も思い返した 今は、苦笑するしかない


そして自虐していると黒い塊が見えてくる。僕がそのままサクサクと歩いていっても、黒い塊は退くこともしない。そのままクルリと振り返って、唸ってきた。


「ガルルル……!!!」



 その黒い塊はヘル ハウンドがだった。 むき出された牙の隙間から、よだれがポタポタと落ちて シミを作っている。


あれ? 僕は首をかしげた。 それに呼応するように 彼がぐるぐると一層低く唸る。


 僕はその目を見て、彼がお腹が空いて「我を忘れてしまっている」ことに気づいた。


 どうするべきか。 僕が、考えている間に 彼はジリジリと寄ってくる。僕の顔 くらいある 鼻がヒクヒクと動く。


 そこからでる鼻息 は荒く 風のようで……。


「あ !」



 気づいた時にはもう遅く、フードが頭からはらりと落ちる 。


 僕の長い耳を見て、目を見開いたヘルハウンド。…… その目が人間に重なって見えた



ブワリと冷や汗とともに魔力が溢れ出してしまう。 急いで 魔力を元に戻したが、次の瞬間に彼は駆け出していった。


 


「何だったんだろう?」 



 ヘルハウンドが僕の方に来る足音は聞こえたか?  思い返しても彼の足音は一切聞こえていなかった 。



 じゃあ 、最初からここにいたんだろうか?  何のために?


 僕は首を傾げたが 、気にしたってしょうがない 。それよりも 食料だ。僕は気を取り直してさっきまで、彼が唸っていた場所に足を踏み出す。



 そして、ほんの数秒後 すぐに答えはわかってしまった 。


「……なるほど 」



 答えがわかっても、僕はちっとも嬉しくはならなかった。その落ちてるものは……僕に似た体に、僕と違い尖っていない耳をしていた。








――――人間の子供だったのだから



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間が怖い僕が人間の彼を弟子にした話 高橋湊 @sokoniaihaaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ