第19話 宿るは魔力。操るは魔法

 足の指先から、手の指先。そして、脳髄から身体の芯にまで届くエネルギーの奔流ほんりゅう

 皮膚の内側からあぶられるような、生まれて一度も味わったことのない熱が私を満たす。


(なにこれ……? 変な力。でも、わかる)


 誰から習う訳でもなく、呼吸をし、心臓が鼓動を打つように、力の扱い方が心に伝わる。

「こうかな?」


 手のひらを広げて、そこへ意識を集める。

 すると、バチバチと音を跳ねる電撃が手のひらを包む。


「ソルダムさんが使ってた雷撃の魔法。いえ、それよりも強い。これを竜神に食らわせれば」



 恐れに身を固めて微動だにできない竜神へ、私は手のひらを向ける。

「魔法の名前はどうしようかな? うん、下手に捻らずわかりやすい方が良いよね。いくよ!! 電光魔法ライトニングボルト!!」


 私の叫び声と同時に、手のひらから竜の姿をした稲妻が大気を切り裂き、竜神を穿うがつ。

「ガァアァアァァァ!!」

「ソルダムさん!」

「え? あ、おう!!」


 ソルダムさんが剣を両手でしっかりと握り締めて、竜神の首元に振り下ろした。

 私の雷撃によって皮膚は弛緩し、やいばは豆腐を切るようにするりと通り、首を両断する。


 竜神は掠れる悲鳴を残して頭を地面へ落とし、頭無き胴体から噴水のような血を噴き出して、ばたりと倒れ、血溜まりを地面に広げる。



 ソルダムさんは大口を開けたままの竜神の頭と、ビクリビクリと動く胴を見て、大きなため息を吐いた。

「はぁああぁ~、やった……やったのか? 竜神を?」

「うん、やったんだよ、ソルダムさん」

「そうか、本当に俺は……だけど、君は一体?」


「さぁ、私も何がどうなってるのかよくわかんないけど、今は喜ぼうよ」

「ああ、そうだな。そうだ、俺は竜神を、竜神を――竜神を倒したんだ! うおぉぉぉぉぉ!!」



 ソルダムさんは剣を地面に突き刺して両拳を握り締めると、天に向かって吠えた。

 それとは対照的に、集落の人やチェリモヤおじいさんにナツメさんは嗚咽のような悲鳴を上げる。


「そんな、竜神様が……」

「あああああ、なんということじゃ。これで村はおしまいじゃ、おしまいじゃ~」

「竜神様が人の手によって、そんなはず、そんなはず、あるわけが……」



 脱力して、地面に両膝を置いて、掠れるような声を漏らし続けるみんなを横目に私はというと、自分に起こった、いえ、今も継続して私の中を満たす不可思議な力に頭を捻っていた。


「これ、どゆこと?」

「手加減したのか?」

「へ?」


 不意に、よろめきながら立っているエイに話しかけられた。彼はこう言葉を続ける。

「今の君ならば、竜神を消し炭にすることもできただろう?」

「あ、うん。でも、竜神討伐はソルダムさんの悲願だからね。譲ってあげないと」

「そうか」


「エイは今の私の状態を見ても、全然驚いた様子はないけど、これが何なのかわかってるんだ?」

「ああ、君の中を満たすは魔法の力。それも、稀有な空間干渉系魔力」

「空間? 魔法? どうして、そんな力がいきなり私に?」

「それは落ち着いてから説明するよ。それよりも、彼らの様子がおかしい。早く離れた方が……」



 エイに促され、集落の人々へ顔を向ける。

 先ほどまで掠れるような声を出していた人々は、徐々に絶望の声を大きくしている。



「ああああ、終わりだ! 雨は降らず、俺たちはみんな飢えて死ぬ!」」

「竜神様! 竜神様! なんてことを……なんてことを!!」

「貴様ら、竜神様の御命を奪うとは! ああ、終わりだ、この世の終わりだ! 私たちは滅ぶ!!」


 みんなは一様に、私やソルダムさんに対して憎しみに染まる瞳を向けてくる。

 そして、手にしたこん棒や弓に力を籠める。

 ソルダムさんは私たちに近づき、焦りの色を見せて声を掛けてきた。


「くそ、竜神を倒しても目を覚まさないのか! このままだと、あいつらは俺たちに襲い掛かって――」

「なんでだろうね?」

「なんでって、崇めていた竜神を俺たちが――」


「いや、そういうことじゃなくて、なんで竜神より強い私たちに襲い掛かる気なんだろう?」

「え?」

「だってさ、みんな竜神様を恐れたわけじゃん。だったら、それに勝った私たちは、もっと恐れられて当然じゃない。なのに……」



 この疑問に、エイが答えてくれる。

「恐れるあまり、その対象物に攻撃性を見せるというのは、未開な者たちによくある矛盾行動だよ。例えば地球でも、魔女と呼ばれる者を襲ったり、病気がうつると言いながら、畏れの対象者に近づき攻撃をするようなことがあったからね」


「だったら、竜神に攻撃すればいいのに……」

「見た目も大事なんだよ。明らかに人と違うモノであれば躊躇するけど、同じ人間であれば恐ろしさがぼやける。だから、実力の差を判断できず、あのような暴挙に出ようとする」


「そういうもんなの? どのみち困ったなぁ。さすがに集落の人たちを攻撃するのはちょっと……雷撃をぶつけて気絶させようか?」

「覚醒したばかりだと、微細な制御は難しいんじゃないかな?」

「焦げたら寿命ってことで」


 ここでソルダムさんの声が入ってくる。

「やめてくれ! そりゃ、集落の連中の蒙昧さに思うところはあるけど、別に命を奪いたいわけじゃない!」

「わかってるよ、今のは冗談だし」

「当たり前のように話してて全然冗談に聞こえなかったんだが……」

「本当に冗談だって。でも、どうしたら……」



 ちらりと集落の人たちを見る。

 彼らは竜神を殺されたことを恨み、雨を失ったことに嘆いている。

 雨? 雨? 雨か?


「雨が降ればいいのかな?」

 と、声を漏らすと、エイが続く言葉を予想して釘を刺してきた――でも、それは的外れ。

「言っとくけど、俺たちの技術を――」

「必要ないよ、私が何とかする」

「え?」

「え~っと、こんな感じかなぁ? 名前は雷の魔法の時と同じく単純なやつで」




 私は両手に魔力を集めて、水をイメージする。

 魔力は両手を覆い、霧のようなものを纏う。

 そしてそれを、空へと放った。


豊饒の雨ファータイルレイン!」



 空に舞った霧がギラっと光を放つと、瞬く間に分厚い灰色の雲が生まれる。

 そして、その雲からぽつりぽつりと小さな雨粒が落ち始め、徐々に雨足が激しさを増して、滝のような雨と化した。


 瞳を叩く雨にたまらず、瞼を薄めて空を見る。

「やっば、派手にやり過ぎた。ってか、傘ないし。マジックシールドマジックシールドと」


 魔法で産み出した半透明で円盤状の大きな壁を、私とエイとソルダムさんの頭上に置いて屋根代わりにする。

「よし、これで濡れずに済む。ん?」


 エイとソルダムさんがこっちを見てる。

「まさか、学ぶこともなくイメージだけでこうも操れるなんて。感心を通り越して呆れるな」

「て、天候を操る魔法なんて……そんなの見たことも聞いたことない! ユニ、お前は一体……?」

 


 ソルダムさんの怯えと驚きの混じる声。これにチェリモヤおじいさんの声が混じる。


「し、信じられん。雨を呼ぶとは……まさにこれは、これは、これは神の御業。ユニ様!」

「え、なに? って、様?」


 おじいさんが小走りでこちらにやって来て、雨でドロドロになった地面にダイブするように土下座をした。


「ははぁ~!! あなたこそ、真なる神!! 我らの窮状に慈悲を戴き感謝いたします!!」

「……へ?」


 突然の出来事に、私は驚きに声を詰まらせる。

 すると、おじいさんに続き、集落の人たちも次々に私の前にひざまずいて、泥の地面にひたいこすりつけ私の名を呼ぶ。


「ユニ神様。感謝いたします! いや、そのお姿は! 不思議な格好だと思いましたが、神が纏う神御衣かむみそだったのですね!!」

「いやいや、お美しい姿にお美しい衣装でございます。そのような美しい女神様に邪神を打倒してもらうばかりか、恵みの雨をもたらしていただけるなんて!」

「私たちはユニ神様に身も心も捧げます!!」


 そう言って、みんなはひたすら地面に額を打ち据えて、私を讃え続ける。

 私は人差し指でこの人たちを差しつつ、エイに一言尋ねた。

「エイ?」

「この星の魔法は未熟だからね。小規模とはいえ、天候を操る魔法を前にすれば、神の御業と映るんだろうね」

「そうなんだ。でもさ……」



 瞳をちらりと、熱を失った竜神の躯へ向ける。

「手のひらクルクルしすぎじゃない? さっきまで人を化け物呼ばわりしてて、竜神さま~って言ってたのに。いきなり竜神様は用済みの邪神扱い。ちょっと竜神に同情をしちゃうよ」

「先程も行ったけど、彼らから見れば、ユニが行った魔法は神の御業に等しい行為。未開な存在は驚異的な現象や力を前にすると、それに畏れと敬意を抱き、崇め奉るもんだよ」


「だからって……ソルダムさんも、私をそう見てるの?」

「えっと、そうだな。正直、震えが止まらない。でもお前は、あ、いや、あなたは人、だよな? 実は、神の御使いなんてことは――」

「やめてよ、ソルダムさんまで! みんな、危ういな~。地球だったら詐欺師のいいカモだよ。それにどんなに崇めたって、雨をずっと――あ!」



 空を見上げて思い出す。

 雨は一度降らせばいいというわけじゃないことを。そして、先に続く嫌な未来を思い描く。

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