第20話 エイの超能力

 遠からず訪れるかもしれない、いや~な未来を想像してそれを口に表す。


「私はずっとここにいるわけじゃないから、また乾季が来たら集落の人たちは……」

 瞳の端に映る竜神のむくろ

 瞳をそろりとエイに向けて問い掛ける。


「この人たち、私を神様扱いしてるけど~……乾季が来たら?」

「君に生贄を捧げるんじゃないかな?」

「やっぱそうなるよね!」

「そして捧げても雨が降らないとなったら、君は一気に邪神扱いされるだろうね」

「二重に最悪!! ちょっとどうしたら? そもそも、定期的に乾季が来る理由って何?」



 この自問のような問いに、エイが答えてくる。

 彼は集落の先にそびえ立つエベレストよりも高そうな山脈を指差した。


「あの山脈のせいだよ。あの山脈が南下してくる前線を定期的に押さえ込んでるんだ。前線が低い年は山を越えられず、乾季が訪れるというわけさ」

「それじゃあ、山が低ければ?」

「問題なく雨が降るだろうね」


「それって、山脈全体じゃなくて、一部でも低ければ問題なし?」

「まぁ、そうだね。前線が低い年の雨量は減るだろうけど、まったく降らないはなくなるね」

「なるほど、わかった。だったら、山の一部を破壊すればいいんだ!」

「え? ちょ、ちょっとユ――」



 私は自分の体内を駆け巡るありったけの魔力を両手に集めて、巨大な魔法弾を産み出す。

「うぉぉぉぉぉ! これをぉぉぉ~、やまにぶつければぁぁぁぁあ!」

「ちょっと待ってユニ!? 後先も考えずに――」

「待たない! いっけぇえぇぇえぇ!!」


 私はバランスボールくらいの大きさの魔法弾を山脈へ向けて放った。

 それは大砲のような轟音と共に山脈にぶつかったけど……。



――ボシュン……



 山脈に何ら変化なく、雪化粧の一部が剥げて、小さな雪煙が舞っただけ。

「やっぱダメか。さすがに山は消せないよね。それじゃあ、どうしよう?」


 

 集落の人たちは、今の私の行動を不思議そうに見つめている。

 それはあの山脈が乾期の原因だと知らないから。

 もっとも、知ったところでどうしようもないけど……。


 いえ、乾季が説明できる自然現象と知ってくれれば、生贄なんて馬鹿な真似を――と、ここで、エイの言葉が頭をよぎる。



――未開な存在は驚異的な現象や力を前にすると、それに畏れと敬意を抱き、崇め奉るもんだよ――



 たぶん、説明しても理解してくれない。みんなは自然現象を神の摂理と考えて、同じことを繰り返す。

 それはつまり――今後、私の名の下に、彼らは生贄を捧げるということ。そして、裏切られた彼らは、私の名を邪神としてこの世界に刻むということ。



「……邪神扱いはまだいい。でも、私に生贄を捧げるなんて真似はさせたくない。だったら、どうする?」

 再び、視界の端に竜神の姿が映る。


「あっ! そうだ、クニュクニュ! あれの力を利用して山脈を――」

「却下だよ。あれは精錬して動力にするんだから」

「ちょっとくらいいいじゃない!」


「ちょっとでも無理だよ。クニュクニュを動力として制御できるのは、技師のリアンだけ。そして、リアンは介入など絶対に許さない。あいつは俺ほど柔軟じゃないからね。俺はこうやって君を現地の人間に接触させて自由にさせているけど、あいつならまずさせない」


「だったら、どうすんのよ!? 村の人たちは数年後には困窮して、私に生贄を捧げるんだよ。それも全く無意味な生贄を!!」

「そんなもの放っておけばいいと思うけど」

「放っておけるわけないじゃない!!」


「元々、クニュクニュは回収予定。そうなれば、彼らの困窮は目に見えていたこと。いまさらのことだよ」

「それは……」

「それにだ、君の第一目的は故郷への帰還。君は選択肢に迷った場合は、自分が望むことを最優先するんだろ? なら、もう答えは出ている」



「そうだけど……う~ん、何かいい方法は。リアンを脅すとか?」

「それはお勧めしない。あいつは俺よりも遥かに腕が立つ。それに頑固だから、殺されても従わないよ」

「だとしたら、移住を提案する?」


 ここで、ソルダムさんが言葉を差し込んでくる。

「先程から何を言ってるかわからないが、雨が降らないからと言って先祖代々受け継がれてきた土地から離れるわけがない。それに、集落の外は他の部族の土地だから、無理に移住しようとすれば戦争になる」


「そんな! それじゃあ、それじゃあ……」


 右拳を固めてそれを口元へ持って来て、意味もなく人差し指の背を噛む。

 何とか良いアイデアはないかと思い、頭を回すけど全く思いつかない。

 諦めるしかないのかな……。


 そう思ったとき、不意にエイが笑った。


「フフ、他者を蹂躙する暴虐の化身が他者を思いやるか。日本というぬるま湯が君の本質を押し留め、塗り替えようとしていたんだろうね」

「エイ? あんた何を言って……?」


「暴虐と力を手にした先にあるものを覗きたいけど、その前に心に余計な影を残してもらっても困る。仕方がない。百を超える規則を破ることになるけど、俺が山脈を消そう」

「はっ?」



 エイが一体何の話をしているのかわからない。そして、最後の一言も意味がわからない。

 山脈を消す? どうやって? UFOは壊れてるし、すっごい兵器を持っているようにも見えない。それなのに……。


 ほうける私を後ろに置いて、エイは山脈を見据え、右手を軽く上げると横へ薙ぎ払った。

 その瞬間、山脈の横っ腹に空間の亀裂が生まれ、山脈は真っ二つになる。

 だけど、山脈は崩れることなく、中腹から山頂部分は空中に浮かんだまま。

 エイは右手を軽く振るわせている。



「ふぅ、さすがにきついな。あれらを邪魔にならない場所に置きたいけど、場所がない……圧縮するか」


 エイは広げていた右手を閉じた。

 すると、山脈は空から消え去り、夜空だけが残った。


「ま、こんなところかな? ユニ、これなら乾期の心配はないだろ」

「え、あ、うん」


 私は想像だにしなかった出来事を前に、生返事をするのがやっと。

 ソルダムさんに至っては「か、は」と声にならぬ声を産んでいる。

 

 そこにチェリモヤおじいさんたちの声が割って入ってきた。


「い、今のは!?」

「山が消えた!?」

「ど、どうして? 何が?」


 驚く彼らへエイが語る。

「あの山脈が雨を降らす邪魔をしていたから、ちょっとどいてもらったんだ」


「山が雨の邪魔を……」

「そのために山を……」

「そんな、そんなことができるなんて、あなたは――?」


「ただの旅人だ。あえて語るなら、ユニの使者さ」


「ユニ神様の御使い!?」

「だからあれほどの力を!?」

「我らのために!?」



「「「ははぁ~!!」」」


 今度はエイに向かってひざまずいて、ひたいを地面にこすり付けている。

 私はエイにこっそりと尋ねる。


「なんで、自分の手柄にしないの?」

「俺が力を貸すのは大きな規則違反。さらに偽りの名とはいえ、他の星にその痕跡を残すとなれば、消滅刑になりかねないからね。だから、君に押し付けた」


「消滅刑!? そんな重い刑になる可能性があるのに、どうして?」

「そうだねぇ……」


 エイはここで一拍置いて、私に笑顔を見せる。

「十四歳という少女に、全ての重荷を背負わせるのはいかがのものか、と思っただけだよ。だから、規則を破った」

「そんな……エイ、ごめんなさい。私のために……」

「いや、かまわないよ。元々は、ワレワレが君を攫ったのが始まりだし」



 そう言って、再び笑顔見せるエイ。

 私はその笑顔を見つめて……彼に潜む偽りを見抜く。

(いかにも私のためって感じだけど、たぶん違う。私からの警戒心を解いて、恩を売ってるって感じかな? でも、何のために? 何を考えてるんだろう、こいつ?)



 私は山脈という壁を失った遠い大地を見つめて、超能力によってエイやリアンに囚われていた自分の姿を思い起こす。

(信じられない。あんなことをこうも軽々行うなんて。これだけの力があるのに、私を押さえるためには使わなかった。それは、私を傷つけないため? とすると、エイとリアンが言っていた、私を傷つける気はないという言葉は、本当ってこと?)


 私はエイをまっすぐ見つめる。

(何か企んでるけど、少なくとも危害を加える気はない? 今のところは――)



 私の視線に気づいたエイが尋ねてくる。

「うん、どうしたの?」

「いえ、ただ、ありがとう、と思ってね。私のためにやってくれたんでしょ」

「恩に着せるつもりはないけど、そうなるかな?」


 エイは三度目の笑顔を見せる。

 私もそれに笑顔で答えながら、理由はわからないけど身体に宿った魔法の力に触れる。

(こいつらは信用できない。だから、もっと魔法を磨いて、エイやリアンに対抗できるようにならないと……) 

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