第8話隠蔽工作
『おかあさんだいすき』
『おかあさんとあたし』
『ネコちゃんとあたし』
「なんじゃあ~~っ!この落書きは~~!」
クレヨンで縦横無尽に描きまくられた、子供の愛らしい絵の数々……
「チビちゃん、お絵描き上手ね~」
「そうか~あれ、チビちゃんのお絵描き帳だったんだ」
「そういえば、最後の方は俺達も見てなかったな……」
本当に、知らないという事は恐ろしい事である…
『子供の絵満載』の楽譜を見たジェームズは、もはやそれを英国の国有財産にする事を断念せざるを得なかった。
「こんなん、もうただの『紙くず』や……」
呆然とした表情で、そう呟くドボン。しかし、なぜに関西弁……?
「聞いた?あれ、もうそんなに価値が無くなっちゃったみたいだよ?」
あのレノンのノートの価値が、そんなにも暴落するものだろうかと不思議そうに首を傾げるサトとシンに向かって、セイがこんな事を言った。
「芸術品という物は、得てしてそういう物なのよ……完璧な保存状態の物とほんの僅かでもキズのある物とでは、その価値に雲泥の差がつくのよ」
「ましてや、国王陛下の肝入りであるこのプロジェクトだからね……あんなの持って行ったら、ドボンは即刻クビだよ……」
視線の向こうで頭を抱え、ガックリと肩を落とすドボンの姿を見ていると、敵ながらもちょっと可哀想な気がしないでも無い。
「それにしても、あの曲って、一体どんな曲だったんたろうな?」
「そうね…どうせなら、一度あの譜面の曲を再現してもらいたかったわね」
シチローとてぃーだが、そんな事をぽつりと呟いた。言い伝えでは、その曲はジョン・レノンの数々のヒット曲と比較しても全く引けをとらない傑作であったと、当のレノン自身が豪語していたのだと言う。そんなに素晴らしい曲であるならば、是非ともその曲を実際に耳にしておきたいものだとシチロー達は思った。
そんな時だった。
「よし!作戦変更!…実は日本にあったのは、楽譜ではなく『録音テープだった』という事にしよう!」
さっきまで頭を抱えてうずくまっていたドボンが、突然立ち上がってそんな事を叫んだ。
「ウチの組織に、レノンのモノマネ上手い奴がいたろ?すぐ連れて来い!…お前は楽器と録音機材の手配!お前はこのノートをもっと読み易く書き直すんだ!」
ドボンの号令に従って、周りにいたスーツ姿の部下達は慌ただしく散って行く。
その様子を見ていたシチロー達は、そんなドボンの変わり身の速さに、ただ、ただ感心するばかりだった。
「スパイの常套手段、得意の『隠蔽工作』だな……」
「まったく、立ち直りの早い奴だ…………」
♢♢♢
『日本に存在したのは、ジョン・レノンの幻の楽譜では無く、実は未発表のデモテープだった!』という、ドボンのその場凌ぎのアイデアが発案されてから、かれこれ
30分ほどが経過していた。倉庫には、録音機材や楽器が運び込まれ、着々と隠蔽工作の為のレコーディングの準備が整っていく。やがて…その場所には、『金髪のロングヘアーに丸メガネ』の1人の男が颯爽と現れた。
「どうも~『ジョン・ラノン』です~」
周りの緊迫した雰囲気とは明らかに違う、まるで忘年会の出し物に芸でも披露しようかといったテンションで愛想笑いを振りまく『ジョン・ラノン』と名乗るその男。
その存在は明らかに浮いていた。
「MI6にも、いろんな奴がいるんだな…」
「いわゆる『長州小力』や『アントキノ猪木』みたいなものね…」
ジョン・レノンの楽譜を探す為に来日したドボンが、洒落のつもりで同行させたこの部下が、まさかこんな形で役立つとはきっと思いもよらなかったに違いない。
「ではこれから、楽譜を元にデモテープを作成する!」
ドボンの合図に従って、ラノンが動き出す。
手書きのオリジナルノートから読みやすくパソコンで打ち直した譜面をスタンドに立て掛けて、その前に置かれた椅子に座りギターを抱えるラノン。
現れた時には、モノマネ芸人の様な軽い印象だったジョン・ラノンだが、いざギターを持って楽譜の前に構える姿を見るとそれなりにミュージシャンらしく見えてきた。
まるで、本物のレノンのライブを最前列で見ているような錯覚に陥ってしまう。
観客は僅かに二十人余り。大きな歓声も無ければ、眩しく輝くスポットライトも無い。そんな静寂の中、やがてラノンは静かにギターをつま弾き始めた。
~♪~~♪♪~♪~
それは、マイナー調の静かなイントロだった……
「素敵な曲ね」
セイが穏やかに呟いた。
♢♢♢
静かなイントロに乗せて、ラノンの囁くような細い歌声が合わさる。
全身に鳥肌が立つ程の見頃な臨場感。切ない…それでいて、何故か心の中に響いてくるような力強さを感じさせるメロディー。やがて、段々とストロークの強くなるギターサウンドに合わせ、ラノンの声も絞り出すように強くなっていく。
「あの英語、どんな詞なんだろ?」
うっとりとした表情で、ひろきが呟いた。
「平和を願う歌詞ね…」
大学院英文科に通っているゆみがそう答えると、優しい微笑みと共にその歌詞の内容を翻訳して聞かせてくれた。
†††††††††††
どれだけ命を奪えばその戦争は終わるんだい
どれだけ街を焼き尽くせば君の気は収まるんだ
その国の大義は
命より大切な物なのか
いい加減に気がつくがいいだろう
積み重なってゆく恨みと悲しみに
もうその重い銃を下ろしておくれ
憎しみ合うのを止めておくれ
さあ手を繋ごう
抱き合おう
許し合おう
そして歌おう
愛と平和の名のもとに
さあ歌おう
愛と平和の名のもとに
†††††††††††
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