第6話MI6の襲撃②
こんな風に、シチローが何かを思い付く時には、大抵ろくでもない事が起こるに決まっている。
「『地下鉄』の線路を走れば奴らのヘリも追っては来れないはずだ」
「やっぱり、ろくな事考えね~よ!」
荷台に居る全員が声を合わせて嘆いた。
「アイツ、地下鉄走ってて電車と鉢合わせになったらとか考えねぇのかな…?」
「とりあえず、ヘリから逃げる事しか考えてないんじゃ無いの?」
「誰か、何とか言ってやれよ……」
羽毛田とゆみが呆れていると、同じチャリパイの仲間である子豚がその前に立ち、胸を叩いて言った。
「任せて頂戴。私がシチローにビシッときつく言ってやるわ!」
「おう!言ってやれ、言ってやれ!」
「こらあ~!シチロー~!
アンタ、『切符』はどうすんのよ~!」
「そこじゃね~よっ!」
「そういえば、電車に乗る訳じゃないから切符要らないのよね…」
「いや…切符はどうでもいいんだけどね…」
間の抜けた台詞を呟く子豚に、サトとシンが呆れたような顔で額を人差し指でポリポリと掻いた。何とも呑気な連中である。しかし、そんな荷台の中の雰囲気とは正反対に、トラックの外は大騒ぎになっていた。何しろ、シチローの運転するトラックが、人のごった返す駅に突っ込んで行ったのだ。
改札をなぎ倒して地下へ向かう階段を走破する暴走トラック。
「うわああああ~~っ!トラックが突っ込んで来たぞ~~っ!」
「みんな逃げろぉぉぉ~~っ!」
逃げまどう大勢の駅の利用者達に呆然と立ち尽くす駅員達。
パニックと化す構内で、チャリパイとアルカイナ、涼風を乗せたトラックは、嵐のように地下鉄のホームを駆け抜け、路線の闇の中へと消えて行った。
「クソッ!見失ったか!」
MI6のヘリも、さすがに地下鉄の線路までは追っては行けない。
しばらく駅の周辺を旋回していたドボンだったが、予想外のシチロー達の行動にこれ以上の追跡を諦めざるを得なかった。
「まさか、あんな所に逃げ込むとは……これは別な手を考えなければならないネ……」
そんな捨て台詞を吐くと、ドボンはヘリを上昇させ、まだ騒ぎの収まらない駅を後にした。
♢♢♢
「これで奴らも諦めるだろう。いやぁ~良かった、良かった」
真っ暗な地下鉄線路の上、トラックの運転席で煙草を吹かしながらニカリと得意気な笑顔を見せるシチロー。しかし、ドボンの襲撃から逃れたと安心していたシチローに、隣に座っていた運転手は猛烈な剣幕で掴み掛かって来た。
「何が「良かった、良かった」だ!俺のトラック、ボロボロになっちまっただろ~が!」
「グェッ!苦しい!
悪かった、謝るよ…あの時はああするより他に仕方が無かったんだよ……」
運転手に首を絞められ、シチローは煙草の煙を咳と一緒に吐き出しながら謝罪をする。そんなシチローに運転手は、自分の腕時計を指差して配送の予定が大幅に遅れてしまった事へのクレームを言い出した。
「見ろ!図書館に運ぶ予定の荷物が間に合わね~じゃね~かっ!一体、どうしてくれるんだ!」
どうやら、この運転手は図書館に配送へ行く途中でシチロー達に捕まってしまったようである。
「わかった!わかった!……配達なら手伝うから、そんなに怒らないでくれよ……」
運転手を手伝う為に一緒に図書館へと向かう事になったシチロー達は、図書館に一番近い駅へと進路をとり、そのまま地下鉄の線路の上を走っていた。
「もうすぐ駅だ。
上を走っていたら、今頃渋滞で動きが取れなくなっていたところだよ……地下に潜ったのは、意外と正解だったかもね」
「まったく……コレじゃ、道路交通法もへったくれも無いな……」
そう言って、自分の行動を正当化しようとするシチローに呆れながらも、あの時、道に迷って襲撃現場で立ち往生していた運転手は密かに胸をなでおろしていた。
線路の上を走る事、約三十分。
やがて、それまで真っ暗だった線路上はトラックが駅に近づくにつれて、徐々に地上から漏れる光で明るさを増していった。
駅のホームに立つ乗客達は、大幅に遅れている地下鉄のダイヤに少し苛ついた様子で、次に到着する予定の電車を待っていた。
「まったく…いつになったら来るんだよ!次の電車は!」
そんな不満を呟きながら、電車が来る方向の線路を眉間に皺を寄せた顔で見つめるサラリーマン。丁度その時、線路の遥か向こうからは乗客達の待ち望んでいた二つの前照灯の光が近付いて来るのが見えた。
「やっと来たよ……」
安堵の表情で、ホッと溜め息をつきその光を見つめるサラリーマン。しかし……その光が近付くにつれて、サラリーマンの安堵の表情は驚愕のそれへと変わっていった
「なんだあぁ~!ありゃあ~!」
ホームに近付いて来たのは地下鉄では無く、ガタガタと車体を小刻みに揺らせながら線路の枕木の上を走る、どこぞの運送屋のトラックであった。ホームの前で止まったトラックの運転席からは、満面の笑みを浮かべたシチローがサラリーマンに話しかけてきた。
「乗りますか?あいにく荷台しか空いてませんけど」
「い…いえ…結構です…………」
そして……呆然とした顔で乗客達が見守る中、シチロー達を乗せたトラックは地上へ向かって走り去って行った。
「さあ~図書館が見えて来たぞ」
運転手が心配していた予定時刻ギリギリで、トラックは図書館に着く事が出来た。
「さあ~着いたよ。後ろの扉も開けてやらないと」
思えば、随分と無茶な運転をしてきたシチローは、荷台の中に居た連中の事が急に心配になってきた。
荷台の中には図書館に搬入する書籍もあるというのに、その他に10人もの人間を押し込めていたのだ……みんな、中でノビていなければ良いのだが……
「お~い!みんな大丈夫かぁ~?」
「ビールおかわりぃ~♪」
「まぁ~ボス、もう一杯♪」
「おい、メイ。もうアーリーはねぇのか?」
「つまみは無いの?つまみは?」
「お前らっ!中で宴会やってんじゃね~よ!」
まったく、この連中ときたら……余計な心配なんてするんじゃなかった…
♢♢♢
「おや?ここは朝俺達が来た図書館だな…」
車から降りた羽毛田が、開口一番そう呟いた。
アルカイナの連中がビートルズの情報を得る為に最初に向かったのが、この図書館だった。しかし、これといった有力な情報も得られずにただ大騒ぎをして、図書館の職員に睨まれながらこの場所を後にしたのである。
「ほら羽毛田。そんな所に突っ立ってないで運んで!運んで!」
書籍の束を載せた台車を押しながら、シチローが羽毛田を促すと、羽毛田はバツが悪そうに…
「なんだか入り辛いな……朝、ここに来た時には眼鏡を掛けた若い職員が迷惑そうな顔して睨んでたからなぁ~」
そんな羽毛田の話を聞いたシチローは、何かを思い出したように笑って言った。
「ハハハ。その、眼鏡の若い職員ってのはきっと『耕太君』だよ……確か、羽毛田もあの時一緒に居たんじゃなかったっけ?」
詳しい事は、チャリパイシリーズのepisode6『恋のエンゼルパイ』を読んで貰えれば解るが、この図書館の職員である『山口耕太』とチャリパイのメンバーとは顔見知りの関係なのであった。
「こんにちわ~~御注文の本を配達に参りましたぁ~~」
静粛な図書館には少し不釣り合いな、元気の良い挨拶で入って来シチロー達を見て、職員の山口耕太はちょっと驚いたような顔をしていた。
「あれっ?森永探偵事務所の皆さんじゃないですか!……どうしてあなた達が本の配達を?」
「やあ~久しぶり、耕太君。まぁ、これには色々訳があってね」
照れ笑いを浮かべながら本を運ぶシチローに続き、その他のメンバーも両手に本を抱えてゾロゾロと入って来た。
「これで最後よ…さすがにこれだけ大勢いると、あっという間に運び終わるわね」
注文の品を運び終わると運送屋の運転手が、耕太に受け取りのサインを貰う為に伝票を耕太に手渡そうとした。その時だった……
「そうそう!この間運んで頂いた本で『落丁』している本があったみたいなんですよ…」
思い出したように切り出す耕太の言葉に、運転手は顔を歪めた。
「落丁?」
「整理してたら、ページが一部落ちてきて…これなんですけど…」
耕太は、その時の紙を見せた。
運転手は、その紙を受け取るとそれをじっと眺めてこう言った。
「これは『譜面』みたいだな…変だな…前回は音楽の本は持ってきてない筈だが…」
それを聞いて、用事が済んだ図書館をあとにしようとしていたシチロー達の耳がピクリと動く。
「何、譜面だって?」
「ちょっと耕太君!よかったら、それ見せてもらっていいかな?」
興奮した様子で耕太のもとへ駆け寄るシチローを不思議そうな顔で眺めながら、耕太はその譜面のページをシチローに手渡した。
「一体どうしたんです?そんなに慌てて…この紙がどうかしたんですか?」
「どうです?涼風さん?」
レノンのノートの抜けた部分にこの図書館にあった譜面のページを合わせる涼風の作業を、チャリパイもアルカイナの連中も固唾を飲んで見守っていた。
「フム……なるほど、なるほど……」
「ねぇ~!どうなのよ!その譜面がそうなの?」
「うん、間違いない!これがレノンの楽譜の完成版だ」
ノートから顔を上げた涼風が、満足そうに笑顔を浮かべそう呟いた。
「ィヤッホ~~~ッ!ついにレノンの楽譜が完成したぞ~~」
迷惑そうな図書館の利用者をよそに、大声を上げて喜びを表現するチャリパイとアルカイナの面々。といっても、大騒ぎするのも無理は無い。
なにせ、その価値数十億と云われるレノンの楽譜が今、その手にあるのだから。
もはや、彼等の順風満帆な明るい未来は約束されたと言っても過言では無い。
「じゃあ~揃った楽譜は、あたし達がしっかりと保管を」
満面の笑顔でアルカイナのゆみが提案するが…
「いや…また逃げようとするからな~やっぱり涼風さんにでも預かって貰うか…」
その提案はあえなく却下され、完成版レノンの楽譜は涼風の手に渡された。
「チッ!」
「あれ?今、なんか舌打ちとかしなかった?ゆみちゃん……」
「…えっ?……いや…そんな事してないって、気のせいよ気のせい」
一瞬見せたテロリストの本性を慌てて誤魔化すゆみだった。
「まぁ、ヤマ分けでも相当な額になるだろうからいいか」
互いに顔を見合わせ、ニッコリと微笑むサトとシン。既に『横取り作戦』の事は諦めているようである。
「これで私達も、セレブの仲間入りね」
「じゃあ~今夜は、お祝いの宴会だぁ~」
子豚とひろきは、早くも打ち上げモードになっている。
「じゃあ、シチローとりあえず『特上寿司十人前』事務所に届けてもらって……お代はシチロー持ちでね」
「え~~~~っ!なんでオイラが出すんだよ!」
「ケチケチしないの!もうすぐ大金持ちになるんだから」
分け前は均等の筈なのに、訳の分からない理由を言ってシチローに奢らせようとする子豚であった。
それからおよそ二時間後には、森永探偵事務所でチャリパイ、アルカイナ、そして涼風を含めた全員が戦利品のレノンの楽譜を囲んで打ち上げの宴会が行われていた。
「カンパ~~~イ」
「いやぁ~めでたい。実にめでたい」
「『チャリパイ』で、こんなに上手く事が進むとは思わなかったわ…」
「さっそく明日にでも、オークションに申し込んでみよう」
「ヤッホ~大金持ちだぁ~」
振り返れば、真実なのかも怪しかったゆみの都市伝説まがいの話から始まったレノンの『伝説の幻の楽譜』探し。あのMI6でさえも手をこまねいていたお宝を、持ち前の強運を味方にして見事探し当ててしまったのだから、あっぱれというより他にない。
「ねぇ~お金入ったら何に使う?」
「オイラは新車でも買おうかな~…GT‐Rにしようか、いや…いっそのことフェラーリにしようか…しかしポルシェも捨てがたいな」
「私は詩集の五、六冊も出版しようかな」
「ねぇ、羽毛田は何に使うの?」
「う~ん、そうだなぁ……核ミサイル買うにはちょっと足らんか……」
…それはダメだろ……………
そんな、喜びの宴もたけなわの頃だった。夜も遅い時間に森永探偵事務所へと、思いがけない一人の来客がやって来た。
「ん?誰か来たみたいよ……」
「一体誰だろう、こんな時間に……新しい依頼だろうか?」
首を傾げながらシチローが玄関先のドアを開けると、そこには……夕方、少しの間あのチビちゃんを預かってあげた母親の朧 月夜が、蒼い顔をして事務所の中に駆け込んできた!
「皆さん!どうか助けて下さい!ウチの娘が…」
「どうしたの?お母さん…」
「さっき、数人の外国人が娘をさらって…こんなメモを!」
尋常ではない取り乱し様で、朧はそのメモをシチローへと手渡す。
シチローが受け取ったそのメモには、日本語でこう書かれてあった。
【貴方の娘は、我々『MI6』が預かっている。返して欲しくば、森永探偵事務所に行き『レノンの楽譜』を下記の場所に持参のうえ、ひきかえに応ずる旨を伝えよ。
日時 12月25日 PM12:00
場所 〇〇埠頭 】
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