第5話MI6の襲撃①
「ま…まさしくこれは………」
間一髪で子豚から取り上げたノートの1ページ目を広げ、シチローが震える声で叫んだ。
「間違いない!これ、レノンの楽譜だよ!!」
五線譜に、少し乱暴な手書きの音符が羅列してあるその楽譜の一番上には、ビートルズのアルバムには入っていない未発表曲のタイトル。そしてその横には、音楽雑誌で見た覚えのある『John Lennon』のサインが書き連ねてあった。
「どれどれ……なる程、確かにこれは未発表の曲のようだな。…音楽の方は専門では無いので音符は読めないが、この下に書いてある詞は初めて見たよ」
シチローからノートを渡されると、涼風が感慨深い顔でそんな事を呟いた。
ついに、あの幻の楽譜がシチロー達の目の前に現れた瞬間だった!
「おねぇちゃあん~アンパンマンはぁ~?」
ほっぺたを膨らませて、女の子が子豚の袖を引っ張った。
「あっ…そうだったわ……アンパンマン描くんだったわね……」
困った表情で涼風の持つ楽譜を見つめる子豚。まさか、ジョンレノンの幻の楽譜にアンパンマンを描く訳にはいかないだろう。
「ねぇ、それ、チビちゃんのお絵描き帳なんだけど……どうするの?」
困惑した表情で呟く子豚の前に、こんな時こそ自分の出番だと得意顔のゆみが身を乗り出した。
「交渉事なら、あたしに任せなさい」
ここは、アルカイナの敏腕ネゴシエーターであるゆみの出番である。
「ねぇ~チビちゃん、お姉さん達がもっとかわいい新しいお絵描き帳買ってあげるから、これと取り替えっこしようよ」
「ええ~~っ!もっとかわいいお絵描き帳なの~~?」
「そう。おまけでクレヨンも付けちゃう」
「やったあぁ~~!」
ものの30秒で話をまとめると、子豚に向かってニッコリと笑ってVサインをするゆみ。
「わたし、新しいお絵描き帳、買って来ますにゃ♪」
すかさず、めいが新しいお絵描き帳を買いに走る。このあたりのチームワークは、さすが尊南アルカイナの精鋭部隊である。
それにしても、イギリス諜報部MI6でさえ見つける事が出来なかったあの幻の楽譜を、こうも簡単に見つけてしまうとは……やはりこの連中の強運、ハンパではない!
女の子の母親、朧 月夜が家に財布を取りに行ってシチロー達の所へ戻って来たのは、それから数十分経ってからの事だった。朧は、シチロー達に深々と頭を下げると、娘の手を引き、買い物へと向かった。
「お母さん~見て~おねぇちゃん達に買ってもらった新しいお絵描き帳だよ~」
「まぁ、よかったわね~お姉さん達と、何のお話したの?」
「あのね~今シーズンの中日は、中田翔の加入で、Aクラス入り間違い無しなんだって」
「何の話???」
去って行く母娘のそんな会話を聞いて、シチローが呆れたように呟く。
「誰だよ……子供相手にそんな話してんのは……」
「いやぁ~つい熱くなっちゃって」
屈託の無い笑顔でそんな事を言うのはもちろん、名古屋出身『熱狂的中日ドラゴンズファン』のゆみに決まっていた。
「でも、思ったより早く楽譜が見つかってよかったね」
奇跡的なこの展開に、チャリパイもアルカイナも喜びを隠せない。
「ふっふっふっ」
シチローと羽毛田が、顔を見合わせて笑い声を漏らす。
「いやあ~これで、オイラ達は一躍大金持ちだな~羽毛田」
「いや、大金持ちになるのは俺達尊南アルカイナだけだ」
「何?」
いつの間にか、レノンの楽譜は涼風の手から、ゆみの手へと渡っていた。
「甘いわね森永探偵事務所!レノンの楽譜は尊南アルカイナが頂いたわ」
「何言ってんだよ!分け前は折半の筈だったろ!」
「そんなのズルイわ!私が最初に見つけたのに~!」
「アンタは最後まで、アンパンマン描こうとしてただろっ!」
そこはアルカイナの全員が子豚にツッコミを入れる。
「これぞ名付けて『お宝横取り大作戦』とにかく楽譜は今、こっちの手にあるのよ!全て作戦通りだわ…さぁ~みんな逃げるわよ~」
「おおぉ~~」
楽譜を手にしたゆみの号令のもと、一塊になった尊南アルカイナのメンバーが拳を高々と挙げて雄叫びを上げた。
「それじゃあ~チャリパイの皆さん、楽譜探しお疲れ様でした~あとはあたし達が、しっかり換金しておきますから~~」
そんな憎まれ口を叩きながら、シチロー達に背を向け走り出そうとするアルカイナのメンバー達。
「おいっコラ待て!」
アルカイナの裏切りに、慌ててその後を追いかけようとするシチロー達。
そんな中、涼風だけは落ち着いた表情でポツリとこんな事を呟いた。
「…そういえば、さっき楽譜をチラッと見た時気が付いたんだが…途中のページが抜けてたな……あれじゃ曲が完成しない…」
「え……?」
その言葉を聞いて、逃亡しようとしていたアルカイナの足がピタリと止まった。
「…な~んてね~。冗談よ、~冗談に決まってるじゃないの」
「さあ~残りのページを探すとするか~シチロー」
なんとも、しらじらしい連中である……
「やだな~本当に冗談なんだってば~」
怪訝そうに眉をしかめるシチロー達を必死に宥めすかして、なんとかその場を取り繕うアルカイナのメンバー達。
手に入れたジョンレノンの楽譜は、まだ不完全な物だ。『横取り大作戦』の発動は、残りの譜面が見つかり楽譜が完成された時でなければならない。
「まぁ、とにかく!その楽譜は涼風さんに預かっておいてもらうから、こっちに返して!」
「わかったわよ……」
シチローに命令され、ゆみは渋々手に持っていた楽譜を再び涼風の手へと戻す。
「よし!とにかく、残りの譜面を探そう。ゴールは目の前だ!」
「おおぉぉ~~っ!」
時価数十億のお宝気獲得を目の前にして、意気揚々のチャリパイとアルカイナ、そして涼風。…と、その彼等の頭上を突然巨大な影が覆った。
バラバラバラバラ…
「何だ?ありゃあ~!」
彼等の頭上には、不自然な低空飛行でホバリングをしている一機のヘリが浮かんでいた。
「どこのヘリだよ!こんな所でホバリングなんてしてるのはっ!」
そのヘリのプロペラの撒き散らす風に、皆は乱れる髪を思わず押さえる。(羽毛田は例外だが)
「機体に『MI6』って書いてありますにゃ♪」
メイの言う通り、ヘリの機体にはイギリスの国旗と共に『MI6』と大きく書かれていた。
「げっ!MI6って、まさかアイツか?」
シチローと涼風が、驚いたように顔を見合わせる。
「さっき、念の為に仕掛けた盗聴器が役に立ったネ」
大事な身分証をチャリパイに拾われ、情報提供と引き換えにその身分証を返してもらったジェームズ・ドボンだったが、その際にドボンは、しがみついたシチローの服に密かに盗聴器を仕掛けていたのだ。
DA DA DA DA DA!!!
「うわあ!撃って来たぞ~!」
シチロー達の足元に、ドボンの撃ったマシンガンの弾丸が一直線に走る。
「あの野郎~!ところ構わずぶっ放しやがって!これだから外国人は困るよ」
「ヘリ相手じゃ分が悪い!逃げるぞ!」
「異議なし!」
MI6の奇襲を受けた、チャリパイと尊南アルカイナと涼風は、脱兎のごとく逃げだした。
「ところでシチロー、何でMI6が俺達を追っかけて来るんだ?」
羽毛田が走りながらシチローに質問すると、シチローは先程のドボンとのやり取りを羽毛田に話した。
「……なる程な、つまり奴らは俺達が楽譜を探している事を知ってる訳だ!」
「そういう事!…でもまぁ、ドボンもさすがにオイラ達がすでに楽譜を手に入れているとは思って無いだろうけどね」
しかし、得意気なシチローのすぐ後ろを走っていたセイが、襟元に付いていた盗聴器を剥がし、ため息を付いた。
「案外、そうでも無いみたいよ……」
DA DA DA DA DA!!!
まるで、シューティングゲームでも楽しんでいるように、ドボンは遠慮なくマシンガンを撃ちまくってくる。ヘリと丸腰という圧倒的な力の差を見せつけて、シチロー達の戦意を喪失させようとしているのかもしれない。
「こんな事ならRPG(対戦車砲)でも持ってくるんだったわ…」
さらりと物騒な事を呟くセイ。
「バカッ!そんな目立つモン持って街歩けるかよ!」
「武器が無いから、逃げるしかないわね」
しかし、逃げるといってもヘリを相手に走って逃げていたのではとても逃げ切れるものではない。
「このままじゃ『ハチの巣』にされるだけだ!車を拝借しよう…」
走って逃げるのにもそろそろ疲れてきたシチローは、手頃な車は無いかと周りを物色していた。
「この人数が乗れる車っていうと…」
「それじゃあ『バスジャック』でもする?(笑)」
そんなゆみの冗談はスルーして、シチローは道路脇にエンジンをかけたまま停車していた、荷台がアルミの箱になっているトラックに目を付けた。
「あのトラックにしよう!」
「え~と……この道がこれだから、次の信号を左折して……」
トラックの運転席には、まだ運転手が乗っていた。その運転手、配送の途中で道に迷い、その場に停車して地図を見ていたのが運の尽きだった。
ガチャッ!
「ちょっと、そこどいて!オイラが運転するから!」
「うおっ!なんだ!アンタ誰なんだよ?」
突然ドアを開けられ、助手席に追いやられる運転手。
更に、トラックにはヘリからの容赦ない銃弾の嵐が浴びせられる。
DA DA DA DA DA DA!!!
「ぎゃああああ~っ!なんだこりゃああ~っ!」
「ねっ、そういう訳だから!」
「何がそういう訳なんだよ!さっぱり訳わかんね~だろっ!」
有無を言わせず運転席を占領し、荷台に他の連中を乗せるシチロー。
「みんな早く乗って!奴ら遠慮なくぶっ放してきやがる!」
白昼堂々のヘリによる襲撃に、事情を知らない運転手は青ざめた顔で喚き出す。
「テロだああっ!テロリストの東京襲撃だああ~~っ!!」
……いや…テロリストは、アンタのトラックの荷台に乗ってる奴らなんですけど……
「楽譜があるから、奴らもあれ以上の武器は使えない…この車なら逃げ切れるかも」
そんな事を呟きながら、シチローはトラックのギヤを入れてアクセルを勢い良く踏み込んだ。
回るローターが、ビルにかする程にスレスレの低空飛行でトラックに襲いかかるMI6のヘリ。逃げるシチロー達は、周りの車を縫うように右へ左へとタイヤを軋ませながら銃弾を交わして走る。まるで映画のアクションシーンさながらの逃走劇である。可哀想なのは、そんな逃走劇に付き合わされている運転手だ。
「おいっ!俺のトラックでそんな無茶な運転するんじゃねぇ~っ!
会社クビになっちまうだろ~がっ!」
「文句があるならMI6に言ってくれよ!アイツら、ここが日本だって事すっかり忘れてやがる!」
逃げても逃げてもヘリは追ってくる…いくら飛ばしても車のスピードでヘリを振り切る事は不可能だった…
「しつこい奴らだなぁ…どこか隠れる場所があればいいんだけど…」
まるでカースタントのような危険な走りを、このまま続けるのは、あまりにもリスクが高すぎる。これでは、ヘリの銃弾にやられる前に対向車に衝突する方が早いのではないかと思う位だ。
「それなら、この先にトンネルが、あるけど」
運転手が地図を見ながら、交差点の先を指差すが……
「トンネルじゃ、出口で待ち伏せにあうだけだ…もっと長い…そうだ!」
ふいに何かを思い付いたらしいシチローは、ニヤリと口角を上げて、トンネルとは別方向へとハンドルを切り始めた。
「シチローが何か思いついたみたいだよ。ティダ」
トラックの荷台の中では、シチローと運転手の会話をひろきと一緒に聞いていたてぃーだが不安そうに眉をひそめた。
「何か嫌な予感がするわ…」
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