第4話偶然、それとも奇跡?

「ボス…こんな事するよりは、森永探偵事務所に協力するフリをして、楽譜が見つかってから『横取り』した方が得策だと思いますよ」


綺麗な顔をして、まるで鬼畜のような姑息な作戦を提案するゆみ。


「おおっ!その手があったか~」


羽毛田も「そんな卑怯な事を…」なんて事を言う訳が無く、目的の為には手段を選ばない。まさにテロリストの思考回路である。


「ゆみ~オヌシもなかなかワルよのぉ~」

「いえいえ~お代官様ほどでは~」

「フハハハハハ」


まるで練習でもしたかのように息ぴったりだし……


「よし!それでは我が尊南アルカイナはこれより森永探偵事務所と行動を共にする!

奴らにこっちの計画を悟られないようになっ!」

「お~~~~っ!」


そんな失礼な台詞を吐きながら図書館を出て行くアルカイナを目で追いながら、受付をしていた山口耕太やまぐちこうたは、ほっと胸を撫で下ろした。


「まったく……何なんだ、あの連中は。図書館を居酒屋かなんかと間違えてるんじゃないのか!……しかし、あのスキンヘッドの人……以前どこかで会った事のあるような気が……」


耕太は羽毛田とかつて一度接触しているのだが、すっかり忘れてしまっているらしい。


「まぁ~いいか……さっ、そろそろ本の整理でもしようかな」


気を取り直して、今日搬入された書籍をダンボールから取り出し、机の上に積み上げ、古い本との入れ替え作業を始める耕太。その時だった。


一枚の紙が、耕太の持ち上げた本の束からひらひらと舞い落ちた。


「ん?何だろこれ…譜面みたいだけど?どれかの古い本のページが取れたのかな……」


持ち上げた本の間から床に落ちた紙を拾い上げ、まじまじと眺める耕太だったが、それがどの本から落ちた物なのかは解らなかった。



♢♢♢



時刻は午後4時……ちょうど今頃は、夕飯のおかずを買いに出かける主婦の姿がちらほらと見受けられる時間だ。ここにも、夕日を背にして小さな娘の手を引きながら近所のスーパーへと向かって歩く母親の姿があった。

母親の名前は、朧月夜おぼろつきよ。まだ幼い娘の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩く仲の良さそうな母娘は、楽しそうに歌を歌っている。


「♪波平くわえたノラネコ~追~っかけて~買い物~忘れた~ゆかいなサザ~エさん♪」


「あら…ちょっと違ったかしら?」


正しくは、ノラネコがくわえたのは『波平』ではなく『お魚』で、サザエさんが忘れたのは『買い物』でなく『財布』である。


「お母さん~お腹空いたね~」


「そうね~。今日の晩ごはんは何がいいかな~……あれ?チビちゃん、その手に持っている物はなぁに?」


娘が見覚えの無いノートのような物を持っている事に気が付いた朧は、首を傾げて娘に尋ねる。


「これはね~お絵描き帳だよ」

「こんなの家にあったかしら…ちょっと見せて」


娘から受け取ったそのノートを開いてみると、そこには、五線紙に様々な音符が書き連ねてあった…


「???…」



MI6のエージェント『ジェームズ・ドボン』から、幻の楽譜の情報を聞き出そうとしたシチロー達だったが、その情報はほとんど役に立たない物であった。

そのドボンは、情報と引き換えに返して貰ったIDを大事そうに胸のポケットにしまうと、逃げるように人混みの中へと消えて行ってしまった。


「結局、楽譜の在処は解らずじまいね……」

「手がかりも無しか……」


さて、これからどうしようかと周りをキョロキョロと見渡したシチローの目に、ある数人の人影が映った。


「ん?あれは羽毛田じゃないのか?」

「ホントだわ……ゆみちゃんと、あと知らない連中が四人程居るわね……」


羽毛田率いる尊南アルカイナのメンバーは、シチロー達の方へと近付いて来た。


「どうだシチロー。ビートルズの楽譜、見つかったか?」

「そんな簡単に見つかるかよ!」

「さっき聞いた話によると、どうもレノンの泊まった部屋から風でどこかに飛ばされてしまったらしいのよ…」

「ところで羽毛田、オイラ達に何か用か?」


突然現れた羽毛田にシチローがそんな質問をすると、羽毛田はシチロー達に向かってこう切り出した。


「いや…俺達も独自にその楽譜ってヤツを探してみたんだが、如何せん手がかりが無さ過ぎる。こうなったら、変な対抗意識は捨てて、お互いに協力して探した方が可能性が高いんじゃねぇかと思ってな!」

「つまり、しばし休戦って事か?」


尊南アルカイナが『横取り作戦』を企てているなどと知らないシチローは、羽毛田の前に顔をぐいっと近付ける。


「そういう事だ。分け前は『折半』!それなら文句はあるまい!」


レノンの楽譜は数十億の価値があると云われる。それを折半にしたところで、破格な価値になる事には変わりない。


「ま、いいか~じゃあ、チャリパイ&アルカイナの強力タッグでお宝をゲットするとしますか~」

「おいおい、私の存在を忘れてもらっては困るな」


そう言ってシチローと羽毛田の間に割って入る涼風。


「この男は誰だ?」


「私は、黄昏の詩人~涼風だ!」

「詩人…?……何故詩人がこの件に出て来るんだ?」

「あのね……色々あって…彼には今回の件を手伝って貰ってるの…ところで、そっちの四人はアルカイナのメンバーなの?」



てぃーだの問いにセイ、サト、シン、そしてメイ。チャリパイと初対面の四人も、それぞれに自己紹介を始めた。そして、気持ちも新たに総勢十一人でのレノンの楽譜探しが始まった。


「それで、これからどうするんだ?シチロー!」

「そうだな……まず、レノンが来日した時に泊まったというホテルの場所を調べる。それから、当時の天候及び風向きと風力を気象庁に問い合わせ、楽譜が飛んだ可能性のある場所を計算によりはじき出すってのはどうかな?」

「しかしまぁ、60年以上も前の話だからな……その場所をつきとめたところで、今もその場所にあるとは限らないがな……」

「要するに、どこにあるのか見当もつかないって事ね…」


シチロー、羽毛田、涼風にてぃーだ……それぞれが真剣な顔つきで今後の行動について、話し合っているその横で、子豚とひろき、そしてゆみは、まるっきり別な方向を見ていた。


「ねぇ~コブちゃんあそこに立ってる親子のチビちゃんの方、チョ~可愛いね」

「ホントだわお母さんの周り、グルグル回って楽しそうね」

「女の子みたいねこの時間だと、きっとお母さんと晩ごはんの買い物かな~」


そんな三人の視線の先には、先程の朧母娘が映っていた。


「♪大阪くわえたノラネコ~追~っかけ~て~♪セリフを~忘れた~ゆかい~なサザ~エさん~♪」

「やっぱり歌詞が変ね…」

「セリフじゃなくてサイフだよお母さん」

「そうそう~サイフだったわ…って、いけない!私、買い物に寄って行こうと思ってたのに財布忘れてきちゃったわ!」

「ゆかい~なお母さん」


娘を保育園に迎えに行った後に、そのままその足でスーパーに寄り買い物を済ませようと考えていた朧だったが、肝心の財布を忘れて来た事に今、気が付いた。


「え~と…娘を家に送って、財布を持って出掛け…でも娘一人家に置いていけないし…どうしようかしら……」


朧は、女手ひとつで娘を育てている。誰も居ない家に、大切な娘一人を残して、もし何かの事故が起きたらと思うと、とてもそんな気になれない。かといって、まだ幼い娘にあまり長い道のりを歩かせるのも可哀想である。


困り果てた朧の目に、ふと、にこやかな顔でずっとこちらを見ている子豚達の姿が映った。


「あそこの人達、少しの間娘を預かってくれないかしら…」


そんな朧と、子豚達の目が合った。


「ん?あの親子、何かこっちに来るみたいよ…」


子豚達の所までやって来た朧は、申し訳無さそうな顔で子豚達に事のいきさつを話し始めた。


「あの…実は…………………………………………という訳で、少しの間娘を見ていて頂けませんでしょうか!」


朧の話を聞いたゆみが、その申し出に対し快く応じた。


「お安いご用ですよ。どうか御遠慮なさらずに」

「ありがとうございます。…でもやっぱり、初対面の方にこんな事を頼むのも……いえ、ごめんなさい。決してあなた達を疑っている訳ではなくて……」


知らない相手に娘を預ける事は、母親なら躊躇するのが当然であろう。


ゆみだけならともかく、朧にはゆみ達の後ろで何やら怪しい話をしているスキンヘッドで強面の羽毛田の存在が気になっていた。そんな朧の様子に気が付き、ゆみはにっこりと微笑んでこう言った。


「安心して下さい。あたし達は決して怪しい者ではありませんよ…これ、あたしの名刺です」


『国際テロ組織

尊南アルカイナ傭兵部隊・ドラゴンゆみ』


「・・・テロ…組織………ですか………」

「ちょっと!ゆみちゃん!でしょ!」


子豚が慌ててゆみの名刺を引ったくると、代わりに自分の名刺を朧に差し出した。


「お母さん!今のは無し!私は、こういう者です」



『森永探偵事務所

ボケキャラ課課長・子豚ちゃん』


「『ボケキャラ課』って何ですか?…」


続いて、ひろきが自分の名刺を差し出す。


『森永探偵事務所

酒キャラ課課長・ひろき』


すると、いつの間にかその輪に加わっていた涼風が、続けて名刺を差し出した。


「私は、こういう者だ!」


『黄昏の詩人~涼風 拓』


「皆さん、一体どういう関係なんですか……とにかく、すぐ戻って来ますから少しの間お願いしますね!」


朧はそう言って子豚達に娘を預けると、急いで家に戻って行った。


「チビちゃん~ヨロシクネ」


女の子の背丈に合わせて小さくしゃがんだゆみが、にっこりと微笑んで挨拶する。

その様子を話を中断して横目で見ていたシチロー達だったが、再び真剣な表情で話を再開させた。


「ところで、楽譜の話だが…これからどうする?」

「チビちゃん~何して遊ぼうか~?」

「はっきり言って、探すのは至難のワザね…」

「お絵描きしようよ」

「もう少し、手掛かりがないと難しいよね…」

「よ~し、じゃあお姉さんとお絵描きしよ~か……何か描く物ないかしら?」

「東京中を探して廻る訳にもいかないしね…」

「ひろき!何かノートとか持ってない?」

「ないよ…コブちゃん…」

「諦めた方がいいって事かな…」

「俺は諦めね~ぞ!」

「諦めないですにゃ♪」

「クソッ!絶対、誰かが楽譜持ってるはずなんだよ!」

「ちょっと、ねぇ!誰かノート持ってないの!」

「誰かが持ってるって、いったい誰が持ってるのよ!」


「あたち持ってるよ」

「えっ………?」

楽譜の話をしていたシチロー達の目が、驚いたように女の子に集中した。


「お絵描き帳~あたち持ってるよ~~」

「な~んだ、チビちゃん持ってたの」


そう言って子豚が女の子の頭を優しく撫でる。


「なんだ……お絵描き帳の事か……びっくりした~」


女の子の『持ってる』という言葉に異常な反応をした事に、揃って苦笑いをする、シチロー達。


「ハハハハハハ……」


しかし、次の瞬間……

女の子からお絵描き帳を受け取った子豚が、何とも奇妙な事を言い出した。


「変わった『お絵描き帳』ね…これ……まるで、楽譜みたいじゃない…」

「それね~保育園の外でひろったんだよ~」


「ん?外で…?」

「拾った…?」

「楽譜みたいな…?」

「ノート…?」

「まさか…!」


「じゃあ~チビちゃん、お姉ちゃんが『アンパンマン』を描いてあげる」


「わああああぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ!それ、ちょっと待って!コブちゃぁ~~~ん!」


得意顔でマジックのキャップを外し、挙げた子豚の右手に、まるで運動会の『棒倒し』のような勢いで全員が飛びついた!





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る