第3話楽譜を狙う者達
一方、ライバルである尊南アルカイナも負けてはいられない。羽毛田は、全国に散り散りになっているあの精鋭部隊をこのジョン・レノンの楽譜捜索の為に緊急召集したのだ。
「ホントにあるんですか?ビートルズの楽譜なんて…」
そんなシンの質問に、言い出しっぺのゆみは…
「さぁ~?何たって『都市伝説』ですから~(笑)」
と、何とも頼りない返事を返した。しかしそれでは来た意味が無いと、サトとセイは楽譜の存在を願うべく、その可能性について語り出す。
「でも、確かに『ジョン・レノン』は親日家で有名だったし、奥さんは日本人の
『オノ・ヨーコ』だしね」
「日本にある可能性が無いとも言えないわね…」
お茶汲みめいも、話に加わろうと懸命だ。
「今日は、イギリスにちなんで紅茶にしてみましたにゃ」
「楽譜はある!絶対にある!誰が何と言おうとある!」
羽毛田はあくまで断言するが。
「でも、確証は無い(笑)」
情報源のゆみは、何とも微妙だ。
楽譜の存在が真実か嘘かという話はひとまず置いておいて……まずは情報の収集である。
「何か手がかりがあればいいんだけど…」
「それじゃ、同じように楽譜を探しているっていう『MI6』から辿ってみるってのはどう?」
サトがそんな提案を投げかけるが、それはそんなに簡単な事では無い。
「そうは言っても『MI6』って、イギリスの諜報部の事だろ?簡単にシッポ掴ませるようなヘマはしないよ…」
「う~~ん……」
楽譜を探すにしても、今は手がかりも何も無い状況に、アルカイナのメンバーは難しい顔で羽毛田の方を見やった。
「どうします?ボス?」
「とりあえず!
…ビートルズのレコードでも聴くか……」
「曲は『Help』でお願いします(笑)」
「助けてほしいにゃ♪」
♢♢♢
その頃、シチロー達と詩人の涼風はあてもなく新宿の街中を歩いていた…
「こんなあてもなく歩いたって、何も見つからないとは思わないか?シチロー君…」
「そうですよね…どこかその辺に『MI6』でも歩いていないかな」
アルカイナのサトと同じような事を言うシチローの台詞に、てぃーだが呆れた顔で呟いた。
「イギリスの諜報部員が、そんなに簡単に見つかる訳ないでしょ!」
と、その時。
シチロー達の前を歩いていた外国人がポケットから何かを落とし、そのすぐ後ろを歩いていた子豚が、それを拾い上げた。
「ン?何かしらこれ…」
一瞬、財布かと思われたその落とし物はよくみるとその外国人の身分証らしかった。
それを隣から覗き込んだひろきが、その名前を読み上げる。
「え~と……MI6エージェントジェームズ・ボンドだって……」
「なんだって!!」
ひろきの発した名前に、一同は驚愕した!
「ジェームズ・ボンドだってぇ!?」
「日本に来ているMI6の諜報部員って、あのジェームズ・ボンドだったの?」
「女王陛下から『殺しのライセンス』を受けているという、あの男か!」
「どんな女性もメロメロにしちゃう、ナイスガイの!」
「あの、コードネーム『007』が!」
やはり、レノンの楽譜は存在したのだ。
そして、その楽譜を手に入れる為にMI6が東京に送り込んでいたのがあの『007』だったとは!
「あ…違った…
ジェームズ・ボンドじゃなくてジェームズ・ドボンだった…」
「ドボン・・・・・・」
一同が冷めた視線で前を歩く外国人を見ると、その時ようやくIDを落とした事に気付いたドボンが大声をあげながら慌てた様子でポケットを探っていた。
「あ~っ!シマッタ!IDを落とした~!」
「よく考えたら『007』が、あんなにマヌケな訳ないわよね……」
運よく、イギリスからレノン直筆の楽譜を探しにやって来たジェームズを見つけたシチロー達!突破口は開けるのか…
「どこいったんだぁ!私の『ID』(身分証)はぁ~~!」
人混みの中で、頭を抱えて喚き散らすジェームズ・ドボンの肩をシチローが苦笑いしながら、ポンポンと叩いた。
「君の探しているそのIDっていうのは、コレの事かな?」
「Oh!それ、私のネ!」
ドボンは、まるで神様を見るような表情でシチローにすがりつくと、嬉しそうにIDの方へと手を伸ばす。
「おっと!……これを返す前に、ちょっとオイラ達の質問に答えてくれないかな?」
ちょうど、ドボンの手が届かない距離までIDを引っ込めると、シチローは勝ち誇ったような口調でそう言った。
「質問だと?一体お前達はナニモノナンダ?」
「オイラ達は探偵だ!」
「探偵?……ワタシは浮気なんてしてないぞ?」
「テメェ~!探偵をナメてんのかっ!」
やはり、世の中の探偵に対する印象というのは、得てしてこんなものであるようだ。
「ジョン・レノンの幻の楽譜はどこにあるのよ!」
子豚が話の核心に触れると、ドボンは目を丸くして驚いていた。
「何でその事を!……それは国家機密だ。ワタシが日本の探偵なんかにその機密事項を教える訳が無いだろう。たとえ拷問されたとしてもな!」
ドボンは仮にもMI6のエージェントである。その位の事は心得ているのが常識であろう。しかし、涼風が口にした次の言葉に、MI6の常識も脆く崩れ去った。
「なるほど、そうきたか……では、この身分証は各国の諜報部にインターネットで……」
「わあぁ!そんな事したらクビになってしまう!」
「じゃあ取引ね」
何しろ、顔や名前はもちろんその他の様々な個人情報を敵国の諜報部に流されてしまっては、諜報部員の商売上がったりである。そもそも、そんな大事な物を道端に落とす事自体がとんでもない事なのだが…ドボンは、渋々取引に応じ、苦々しい表情で重い口を開いた。
「仕方ない…知っている事を話そう…話は今から60年以上遡った1960年代の事だ…」
「その日、来日中のレノンはホテルの自室のベッドでひとり、寝転がってくつろいでいた。そんな時にふと、彼の頭の中に思いがけないメロディーが浮かんできたのだ。レノンは急いでギターと楽譜を用意して、頭に浮かんだメロディーを音符にして忘れないうちに五線紙に書き連ねた。その曲は、大ヒット曲~『Let it be』や『yesterday』と比べても劣らぬ素晴らしい出来栄えだったらしい。切ないようで、それでいてどこか勇気の湧き上がるようなその旋律に、
それこそ、翌日のライブでも演奏可能な程の完成度でその楽曲は出来上がった。
と、そこまでは良かった。
問題はその後だった……大喜びしたレノンは、その楽譜をテーブルの上に置きっぱなしにしたままルームサービスで『スコッチ』を注文し、上機嫌で飲み始めたのだ!
そして、いつの間にか酔いつぶれて眠ってしまい、朝になると…開けっ放しの窓から風に飛ばされてしまったのか、曲を書いた楽譜は無くなっていて、レノンがそのメロディーを再び思い出す事は無かったという……」
「それで、どうなったの?」
「それだけですが…ナニカ…?」
「それじゃあ~何もわかんねえだろ!」
「だから私も苦労しているネ……」
レノンの楽譜が存在していた事は解ったものの、その所在はMI6でも解明出来ずにいた。
「その60年前に、風に飛ばされて何処へいったかわからない譜面を探し出せっていうの?」
てぃーだが呆れた顔で両手の掌を肩の横で広げる。
「燃えるゴミに出されて、燃やされちゃったかもしれないわよ…」
あまりに絶望的なこの状況に、子豚も投げやりになっているようだ。
シチローは、辛辣な表情で腕組みをして唸っていた。
「う~~ん…何か良い方法はないもんだろうか……」
その時。
「そうだ!楽譜といえば!」
横にいた涼風が突然、突拍子もない声を上げた。
「えっ!もしかして何か思いついたの?涼風さん!」
「『いい詩』が浮かんだ…」
「・・・・・・・・」
†五線紙†
くるりくるりと
音符が走る
縦横無尽に五線紙の枠だけでは飽き足らず
部屋に街に大空に
くるりくるりと
音符が走る
五線紙の枠では飽き足らず
耳へ肌へ心の中へ
『拓』
「涼風さん、詩の後に書いてある、『拓』って何ですか?」
シチローの素朴な質問に、涼風が答えた。
「あれか…私の名前が『涼風 拓』だからな。まぁ『私の作品』という意味だな…いわゆるサインのような物だ」
「なるほど。やっぱり、プロの詩人はひとつひとつの作品を大事に扱っているんですねぇ。なんだかカッコイイな~」
そんな詩人の心遣いに感心するシチローの様子を見て、子豚とひろきも真似をし始めた。
†空腹†
お腹空いたわ
トンコツラーメン
食べたいわ
『豚』
「それじゃ、詩になって無いわよ…コブちゃん」
†とりあえず飲ませろ
『酒』
「ひろきは意味わかってんのか……」
「レビューは無しだな…」
♢♢♢
MI6との接触に成功したチャリパイだったが、肝心の楽譜の在処はわからずじまいであった。
その一方で、精鋭部隊が集結した尊南アルカイナの方は、情報の宝庫である図書館でビートルズに関する書物を読み漁る作戦に移っていた。
「これから図書館に行って、ビートルズに関する本を徹底的に読み漁るぞ!」
某図書館…
普段は滅多に来る事の無い図書館で、尊南アルカイナのメンバーはいつになく真剣な眼差しでそれぞれ本棚から選び出した本を一列に並んで読んでいた。
羽毛田の本…
『ビートルズにおけるジョン・レノンの主張』
サトの本…
『上司と上手く付き合う方法』
めいの本…
『上手なお茶の淹れかた』
セイの本…
『機動戦士ガンダム~ノベライズ版』
ゆみの本…
『月刊中日ドラゴンズ』
「だああぁ~っ!ビートルズの本だっつってんだろ~が!!…シンを見ろ!ちゃんとビートルズの本読んで…」
「zzz……」
「彼、寝落ちしてますけど……」
「何……?」
シンの隣に座っていたセイが言うように、シンはまるで出来損ないの高校生のように、本を盾にしながら、気持ち良さそうに机にヨダレを垂らして居眠りをしていた。
「しかも……彼が持っている本は、ビートルズはビートルズでも……」
『Beatles of the world(世界のカブトムシ)』
「単なるカブトムシ図鑑ですけど~(笑)」
「・・・・・・・・」
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