第2話黄昏の詩人~涼風
「やっぱりネットで探すのが一番じゃない~?」
「いや!それよりも、ビートルズのアルバムに何か秘密が!」
「電話帳に『オノ・ヨーコ』さんのTEL番号とか載ってないのかなぁ……」
あの日以来、森永探偵事務所での話題はもっぱら、『いかにしてジョン・レノンの幻の楽譜を見つけ出すか?』という話で持ちきりであった。
「それじゃあ、とりあえずこの『ビートルズ初来日の記録』を頼りに、当時のレノンの足取りを追いかけてみるか……」
そう言ってシチローが手にした資料に、子豚とひろきも目を輝かせて飛びつく。
「あれ?ティダはあんまり興味が無さそうだけど?」
そんな三人の横で、てぃーだはシチロー達の方には目もくれず、何やら黙々と出掛ける準備をしていた。
「どこか出掛けるの?ティダ…」
「ええ……ちょっと書き貯めた詩があるものだから、
てぃーだは、趣味で詩を書いていた。その才能は、かなりのもので、定期的に更新するてぃーだのブログに載せる詩には、熱烈なファンの絶賛するコメントが数多く寄せられる程である。
「どころで、その涼風さんっていうのは誰なの?」
シチローにその質問をされると、てぃーだは憧れを滲ませた表情でその人物について語り出した。
「涼風さんというのは、アタシの詩の先生。…っていうか、アタシが勝手にそう思っているだけなんだけどね」
「へぇ~、ティダがそんな事を言う位だからその涼風さんって人の詩は、よっぽどスゴイ詩なんだろうな」
感心した顔でシチローが言うと、てぃーだはまるで自分が褒められているかの様に嬉しそうな顔で頷いた。
「そうよ。涼風さんは詩集も何冊か出しているプロの詩人でね、本業はベンチャー企業の社長さんなんだけど、『私は、旨い食い物と極上のワイン、そして好きな詩があればそれだけで最高に幸せなんだよ』なんて言って、全然成金めいたところが無い素敵な人なの」
涼風の事をそんな風に紹介した後に、てぃーだは自分の書いた詩の入ったバッグを持つと玄関先で靴を履き、シチロー達に「じゃあ、行ってくるわね」と挨拶をして、いそいそと事務所の外へ出ていった。
てぃーだが尊敬する涼風に会うのは、久しぶりの事であった。自分の詩に、彼はどんな評価をしてくれるだろう。そんな事を考えながら、てぃーだの足取りは軽く、その機嫌の良さから自然と鼻歌が流れてくる。
「♪~フフ~ン♪~~フン~♪……………」
しかし、てぃーだのそのご機嫌な鼻歌も、三十秒とはもたなかった。
「…ところでアンタ達、何で付いて来ているの?」
歩みを止め、眉をひそめた怪訝な顔つきで振り返ったてぃーだの眼前には、いつの間にかよそ行きの格好に着替えたシチロー達三人の姿があった。
「いやあ~オイラも、旨い食い物と極上のワインがあれば、最高に幸せなんだけど」
「私も、ベンチャー企業の社長さんと仲良くしておいた方が良いと思って」
「高級ワイン飲みた~い」
「・・あのね・・・・」
余計な事を言うんじゃなかったと、後悔したがもう遅い。コバンザメのように後をついて来る三人を引き連れて、憮然とした顔で、涼風宅へと向かうてぃーだであった。
♢♢♢
『黄昏の詩人 涼風 拓』
決して超豪邸という訳では無い……しかし、隅々に渡るデザインにはこだわりの見られるその家の表札には、そんな文字が刻まれていた。
「ここが涼風さんの家。…くれぐれも言っておくけれど、決して失礼の無いようにね!」
まるで、子供達を引率する先生のような口調で、シチロー達の方へと振り返り念を押すてぃーだ。
「は~~~い♪」
満面の笑顔で声を揃える三人を見ると、てぃーだは不安な表情のままに備え付けのインターホンに手を伸ばした。
♪ピンポーン
「こんにちは、涼風さ…」
「やあ!ティダじゃないか」
てぃーだがその言葉を言い終わらないうちに、玄関のドアが勢い良く開き、中から出て来たのは、三十代半ば位の細身の男性だった。
「今な、知り合いから頂いた魚を焼いているところだ。良いところに来た。さっ、入って、入って!」
涼風はそう言うと、てぃーだの背中を押しながらせわしなさそうにシチロー達にも家の中に入るように促す。
「あの…涼風さん…この三人は、アタシの……」
「紹介は後だ!魚が焦げてしまうっ!」
(なんともせっかちな人だな…)
初めて見たシチローの涼風に対する印象は、こんな感じだった。涼風に促され家の中に入った四人は、その部屋の光景を見て目を丸くした。
「何よ!この煙はっ!」
部屋の中は、まるでバルサンでも炊いているのではないかという程に、煙が充満していた。
その煙にむせながら、その出所をよく見れば、部屋の中央に有るのは火の点いた『七輪』であった。涼風は笑いながら言った。
「いやあ、やっぱり魚を焼くのは『七輪』に限る!それが風情というものだ。そう思わないか、君達?」
「これのどこが風情なんですかっ!こんな所で焼く事無いでしょ!ティダ!窓開けて窓!」
よくもこんなに息苦しい部屋に居られたものだと、感心しながら四人はパタパタと懸命に煙を家の外へと追い出した。
「そう言われれば、確かに少し煙いな……」
「少しどころじゃ無い!こんな所に居たら窒息死しますよ!」
詩人とか小説家とかいう人種は、変わり者が多いというが……そんな通説はこの涼風にも当てはまるのかもしれない。もうもうと立ち込める煙で一時騒然となったこの部屋が落ち着きを取り戻したのは、七輪の上の魚がすっかり焼きあがった後の事であった。その焼きあがった魚をテーブルの皿に並べ、涼風は満足そうに頷く。
「うん。実に旨そうだ!さあ、こいつをつまみにワインでも飲るとするか」
「いっただきま~す」
何はともあれ、食べ物と酒が目の前に並べば機嫌の良くなる子豚とひろき。そして涼風の言う通り、確かに七輪で焼いた魚は絶品であった。
「美味しい~~」
舌鼓を打ちながら、感激する子豚の様子を見て、涼風は嬉しそうに頷いた。
「そ~だろう、そ~だろう。……で、君は誰なんだ?」
「え…?」
魚を頬張ったまま、子豚の箸が一瞬止まる。
急にそんな質問を振られ、てぃーだが慌てて三人の紹介を始めた。
「あっ!ごめんなさい涼風さん。この三人はアタシが勤めている探偵事務所の仲間で、彼がシチロー。こっちの彼女が子豚ちゃんで、こっちがひろきっていうの」
「探偵?」
てぃーだが探偵をやっているなどと、涼風は今初めて聞いた。
「探偵というと、浮気調査とか、そんな事をやっているあの連中の事か?」
世の中の『探偵』に対する印象というのは、得てしてそんなものなのだろう。『難事件を、冴えた推理で見事に解決に導く』
そんな探偵はTVや小説の世界で、実際の探偵は浮気調査に身上調査が主な仕事。
涼風もまた、世間同様の見識からそんな事を言ったのだろう。
「浮気調査って……とんでもありませんよ!我が森永探偵事務所は、そんなチンケな探偵事務所とは違うんです!今日だって、時価数十億はしようっていう『ジョン・レノンの幻の楽譜』を見つけ出す計画を立てていたんですからっ!」
そう言って、シチローが箸を振り回しながら、涼風の見解に猛反発する。
「レノンの楽譜?……それは何やら面白そうな話だな。」
すると、シチローが口にしたその話に涼風が興味深そうに身を乗り出して来た。
「ジョン・レノンという人は、楽曲の才能は勿論の事だが、その楽曲に付ける詞の才能も実に素晴らしい。君達の言うその『幻の楽譜』とやらにも詞が付けられているのなら、是非とも見てみたいものだ」
ワイングラスをゆっくりと揺らしながら、涼風はそんな事を言った。
「だったら涼風さんオイラ達と一緒にその楽譜を探しましょう」
シチローは、半ば冗談。ほとんど社交辞令のつもりでそんな事を言ったのだが。
「そうかぁ~シチロー君がそこまで言うのなら仕方が無い!私も忙しい身だが、君達の為に一肌脱いでやるとするか」
涼風は、シチローの誘いにすっかり乗り気になってしまった。
『幻の楽譜』というミステリアスな言葉の魔力に、気分は映画『インディ・ジョーンズ』のジョーンズ教授といったところか。涼風はロマンに満ち溢れた顔で、手に持ったワイングラスを高々と挙げて、それをうっとりと眺める。
その傍らで行われているひろき達の暴挙にも気付かずに……
「涼風さ~~んこのワイン、もう無いの?」
「ん……?」
ふいに、ひろきから声をかけられ、視線をそっちの方へと移した涼風は、そのありえない光景に開けた口が塞がらなかった。
「そ!そのワインは、私が苦労して手に入れたロートシルトの45年!」
涼風のワインコレクションの中でも、特に貴重なそのワインを、こともあろうにひろきはまるでスポーツドリンクのようにグラスにも注がずにラッパ飲みをしていた。
「ワインおかわりぃ~」
「わああああああ~~っ!お前らバカかあああぁぁぁ~~~っ!」
「これ、おいしいね涼風さん」
「やかましいっこの女!そこへなおれ!たたっ斬ってくれる!」
キレまくる涼風の傍で、自分の詩を手にしていたてぃーだだったが、こうなってしまってはもう詩のアドバイスをしてもらうといった状況ではない。
「なんか、こうなる気がしていたのよね……アタシも……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます