第4話 源次郎とかくれんぼ
「へぇ、仲良くなった女の子と一緒の委員会に入ったんだ」
「あぁそうだけど…って、夜見は何の委員会を選んだんだ? 図書委員じゃないよな?」
「勿論私は浮気性な源次郎君と違って、図書委員を選んだけどね! ミステリーの風上にも置けない! 密室殺人にでも巻き込まれれば良いさ」
「それ、俺が被害者じゃね…? いや、図書委員て力が要るだろ? 大丈夫なのか、それ選んで」
もしかしたら源次郎が知らないだけで格闘技とかを習っている可能性が浮上する。大企業の娘だし護身術とか習ってそうだなぁ、と思う。
彼女の言葉は源次郎の想像通りでは無かったが。
「だから源次郎君と一緒なら武力は任せようかなぁー、て。ほら、力担当。私知能担当」
「夜見がブレインは不安しかないけど…」
「い、言うじゃないか…因みに朝のテストは合計何点だったのかい? 私は七百九十点だったよ」
合計九教科のテストである。そうなると夜見のテスト平均は八十九程になるので相当な高点数である。確か学年平均は七十台だったので、それを加味すると頭は相当良いのだろう。言動は変だが。
自信満々に胸を張る夜見を見て嘲笑う。鞄から答案用紙を取り出し、彼女の前に広げる。
「九十、八十八、九十六…え、国語百点…?」
「合計点数八百七十三点。これでもブレインの座は譲らないのか?」
「う…ブレイン源次郎の名を授けようじゃないか」
伊達にインドアではないのだ。
そしてミステリーへの見解を深める為に勉学は最重要と言っても過言では無い。どんなトリックも人間が考えている以上は同じ読者でも想像は付く。幼少期から本に慣れ親しんだ源次郎からして見れば世の中は文学で回っていると言っても過言では無い。
「頭も良くて見た目も良い。何が私には勝てるんだ…」
「ほら、小説」
「笑止」
人間、学業だけが全てでは無いのだ。人間性が優れていれば他に勝るものはない。と、そこまで考え「別に人間性も夜見に負けているとこはないな」と自覚する。
「まぁ、でも図書委員って俺も気になってたし後で先生に言ってどうにか変えてもらうよ」
「え、良いのかい…?」
「良いも何も夜見が自分から変えて下さいって言えないだろうし、何なら夜見と図書委員で作業出来たら楽しそうだしな」
と言うより一人にさせるのは何かと不味そうだからだである。他のクラスメイトも居るだろうが、それでも肉食獣の居る檻に飛び込む様なモノである。守護らないけない。
「もう…何でこれで彼女が居ないんだろうな。本当に不思議でならないよ」
「…一緒に作業出来るかな、俺」
取り敢えず香奈へ「ごめん、図書委員になるから一緒には出来ない! 本当にごめん!」とメッセージを送る。そんな文言を覗き込んでいた夜見と目が合う。
「いや、流石に人のスマホは見るなよ。デリカシーのカケラもないぞ」
「ミステリーだね」
「お前の行動がな」
それは別に良いのだけど、と話を変える夜見。良くはないだろ。
「もしかして、その女性と電話番号交換したのかい? 私を差し置いて」
「差し置いてって…夜見が携帯持ってんのか知らないし。だって、万年筆を買う為にPCを売ったくらいだろ? スマホ持ってない確率の方が高くないか」
「今時のJKはスマホが無いと息が出来ないと言っても過言では無いのだよ。あんまり私を見縊らないで欲しいね! 二日に一回はスマホを無くすけど!」
「死活問題レベルで息出来なくなってるじゃねぇか」
「セルフデジタルデトックスだよ」
「モノは言いようだな」
「兎に角スマホを貸したまえ。嫌とは言わせないぞ! 何故なら嫌と言われたら寝込むからな! 一週間は学校に来ない自信がある!」
「嫌な自信だなぁ。別に良いけどさ」
そう言って夜見にスマホを渡す。
…香奈が愛おしく思えて来た。そうだよな、夜見って普通じゃ無いよな。既にサイコウの生徒としてキャラが立ってるよな。
半日振りの彼女に疲弊しながら、爛々の表情で友達追加する夜見を見る。
「(見た目だけはクソ程美人なんだけどなぁ。天は二物を与えないってか。与えるどころか奪ってる気さえ思うが)」
やはり神は存在しているのかもなぁ、と思っているとスマホの通知が鳴る。
「源次郎君」
「おー」
香奈からの返信であった。
『ううん! 気にしないで! 本が好きって言ってたもんね、お互いに頑張ろ!』
可愛い絵文字と目の前の夜見を見比べる。
「うん」
「何を理解したのか分からないけど、完全に馬鹿にされたって事だけは分かるよ。私には先見の予知があるからね!」
「先見じゃなくて只の事実確認だけどな」
「…取り敢えずそれは置いておいて」
「置いておくのか」
「捨て置いて」
もうそれで良いと思います。
諦めた源次郎の前に一つのノートパソコンが置かれる。夜見の私物か? と思ったがどうやら違うようで天板に『ミステリー部 ①』とテプラが貼られていた。
「実は源次郎君が来る前に暇過ぎてこの部室を散策していたんだけど」
「別に待ち合わせとかしてないだろ」
「…本棚の隙間にこれが挟まっていたのだよ。ご丁寧に充電がされたままで」
「へぇ。充電がされたままか。先輩方が忘れた…ってのも違うか。部活名が書かれてるって事は備品だろうしな」
「そう。私もそう考えてね、気になって電源を付けてみたのだよ。ほら」
電源ボタンを押し、少しのラグがあってパソコンが立ち上がる。ロック画面が表示された。
「因みにこの暗証番号は解読終わっているのだけどね」
と言っても0515と入力する。
「…あー、部室の位置か」
「もう察しの良さには何も言わないよ。で、一応開く事は出来るんだけど…」
源次郎は立ち上がり、夜見の隣に椅子をズラす。良い匂いがする。
カーソルを動かし、画面に一つだけ表示されているファイルをクリックする。そこにもロックが掛かっている様だった。
「恐らく、私の見立てでは先輩方がこの部活が廃部になる事を嘆いて、未来の後輩達に託した最後のミステリーだと予想しているんだよね」
「その心は」
「純粋にその方が面白そうじゃない? 私が先輩の立場だったら絶対にするね。確証があるよ。どんな心情だったかは分からないけど、体験入部の時はあんなに笑顔だった先輩方が残したモノなんだ。最後位は茶目っ気があっても良いと思うのだよね」
夜見が懐かしんでいる光景を源次郎は容易に想像出来る。
彼女と一緒にその場に居なかったが、だが本気でミステリーが好きで、好きだから集まっている先輩方は本気で楽しんでいたし、真剣に向き合っていた。
確かにどんな心境で廃部を受け入れたのか分からないが、それでもミステリー部として何かを残したかったのだろう。そんな心は源次郎にも理解が出来る。
そんな先輩方を想ってこのミステリーを解き明かしたいと思った。
「夜見は何かアテがあるのか?」
「うーん。正直に言えば心当たりは無いけど…でも、ミステリー好きと言えば欠かせないモノがある」
「伏線か」
「そう」
ミステリーとはある程度決まったルールがあるのだ。
例えばトリックに使用される道具は絶対に描写しないといけない、動機が不明瞭ではいけないだとか。挙げるとキリが無いが、ミステリーには金型がある。
「としたら…体験入部の時に話した内容とか、小道具の説明か」
「うん。私もそう考えていてね、ある程度思い出せる範囲で書き起こしてみた」
原稿用紙を机の上に置く。そこには
◯ミステリーには絶対伏線が必要。必ず文中の中に説明が入る。
◯私達は斎賀高校の七十期生だから大きな事をやりたい。
◯ミステリー小説の中で私は『懐中時計』が一番好き。
◯吉崎さんって小説書くんだ? あ、え? 書かない? うーん、書いてみると良いよ。ほら部室には原稿用紙も鉛筆も、パソコンもあるから。
◯え、楽しかった事? 一年の時にやった宿泊学習かなぁ。確か有名な小説の舞台になった所で、凄く綺麗な所だったよ。
と書かれていた。言い方は若干違うが源次郎も同じ様な事を言われたのでこれが全てだろう。
「最初の一文は絶対にこの会話の中に手掛かりがあるって事だな。えー、俺が分かるのは『懐中時計』の内容位だな。あれは凄腕の時計職人の遺作である『呪われた懐中時計』を所持している人が館に集められ、刻印された番号と、作られた素材に添った殺し方をされていくって話だったな」
「だね。ドアや窓は固く閉ざされた密室。電波も通らない山奥の館。恐怖から徐々に狂乱状態に陥っていく様は読んでいるだけでも恐怖感がヒシヒシと伝わって来る名作だね。一人の案で懐中時計を交換するって展開も、どんな風に広がるか楽しみだったね」
「もしも、その作品がヒントになるのだとしたらパッと似た様なモノは掛け時計、か」
「かも知れないね。そしてこの部室に沢山あった原稿用紙にはね」
夜見は何も書かれていない、白紙の原稿用紙を取り出す。
天井の照明に透かすようにして掲げると
「…地図だな」
何処か見覚えのある道が描かれている。源次郎は必死に記憶を辿り…あ、と声を上げた。
「旧校舎五階、この階層の地図だな。確か屋上のプールは封鎖されていて、実際に通っただけでは分からないが体験入学の時に貰った校内案内図と一致している気がする」
「気がするって…いや、調べてみようじゃないか」
手元にあるノートパソコンの検索アイコンをクリックし、斎賀高校と調べる。クソ程良い回線を繋いでいるのか一瞬で目的の情報まで辿り着けた。
カラフルな色合いの校内案内図だ。記憶が曖昧だったが実際に見てみると、何と言うか、こう、身体に悪そうな配色をしている。毒を持った生物がカラフルな体色でアピールするかの様な感じだ。あながち間違ってない気がする。
原稿用紙とweb上での地図を見比べ、一致している事を確認する。
「うん、完全にこの階の地図で合ってるね」
「って事は…取り敢えず他の教室の掛け時計を見てみるか? 他のヒントは全く思い当たらないしな」
そんな事を言ってみるが、源次郎の内心は「全ての原稿用紙に同じ透かしが入ってて良かったな。一歩間違えたら迷宮入りになるとこだったぞ」であるが、言わぬが花だろう。恐らく夜見も内心ヒヤヒヤしていただろうし。
源次郎の言葉に納得し、早速行動に移そうと席を立った時、教室の外。廊下から人の足音が聞こえた。清掃員か? と考えたが、こんな昼過ぎから清掃するか? と、一瞬悩み二人は直様行動に移した。
源次郎は教室の後ろに乱雑に置かれている机の下。夜見は裾の長いカーテンの内側である。
小学生のかくれんぼでももう少しまともな隠れ方をすると思うが、案外人間は切羽詰まった時に冷静な判断は出来なくなるモノである。足音が近付き、この教室で立ち止まった時にようやっと気付いた程である。
「(…頭隠して尻隠さず、だな)」
「(うん。バチバチに外から見えてるね、私)」
そんな冷静な心で入室を待つ。扉が開き、入って来たのはーーー
「…えっと、坂下と吉崎か? 居るのは分かってるから出てこーい」
気怠げな表情を隠そうともしない、自ら汚れに行っている宝石の原石。菟道先生である。
避難訓練の様な低い姿勢で、彼女らの足元しか見えない視界の中、源次郎はジッと息を潜める。夜見は既にカーテンと同化し始めていた。源次郎の視界からは夜見の足だけ見え、完全に傘お化けである。
菟道は深いため息を吐き、もう一度呼び掛ける。
「別に今の時間は忙しくないからかくれんぼに付き合っても良いが、内申点はガクッと下がるのを覚悟しておけよ」
いや、まだフェイクの可能性がある。カマを掛けている可能性も…と、目の前にぶら下げられた「内申点」に心を揺さぶられながら源次郎は息を必死に押し殺す。夜見は心が揺れているのか若干フラフラとしていた。
もう一度深いため息を溢した菟道はゆっくりと源次郎の方に近付き、
「…幼稚園児でももっとまともな隠れ方するぞ?」
腰を落とし、残念そうな顔で源次郎に目を合わせる。
「か、かくれんぼは見つけて貰ってこそ、じゃないですか」
「隠れてすらいないって私は言ってんの」
言葉を溢し、夜見の方に近付く。
数秒その場で立ち止まり…
「よし。この教室には源次郎だけしかいない様だな」
と、あからさまな嘘を吐いた。
若干安堵している様な気がする傘お化け(夜見)と、それを見詰める二人の姿。直ぐに見つけてくれるより、心が苦しくなる所業であった。
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