第3話 源次郎と委員会決め

 高校生活二日目である。


 最寄りの駅から四つ程駅を越えれば斎賀高校に着く源次郎にとって朝の準備はのんびりとしたモノである。暖かい朝日を浴び、鳥達の囀りを聞きながら桜並木の下を通る。これぞ朝。これぞ高校生。これぞ通学。

 真新しい制服に身を包まれながら他の生徒達と共に斎賀高校の門を潜る。


 潜った先は地獄であった。


 鳥の囀りではなく上級生の恫喝とも言える声出しによって運動部の新入生が扱かれながらグラウンドを走る様はさながら脱獄がバレた囚人であり、時々聞こえる爆発音は機械工学部であろう。校内放送で全校生徒に避難誘導を呼び掛けている。鼻腔をくすぐる香りは何だろうか、甘い様で嗅いだ事のないような匂いは…と、そこまで考えガスマスクを被った生徒を発見し直ぐに鼻と口を制服の袖で覆う。


 最早テロである。


 恐らく上級生であろう生徒達は感覚が麻痺してしまっているのだろうか、慣れている様子で避難誘導を自主的に行なってたり、ガスマスクを配ってたりする。遠くから聞こえるバイクの音が近付き、白装束の珍走団みたいな輩がやってくると、彼らは自警団の様なモノなのだろうか。徐々に騒ぎが小さくなっていく。

 源次郎は徐々にこの学校の異質さに気付き始めていた。


「…入学する高校間違えたな」


 そう呟く源次郎であるが、既に斎賀高校に入学出来た身である。十分斎賀高校ーーー通称サイコウの生徒としての素質がある事に彼はまだ気付いていない。



 朝のホームルームが終わり、各分野の小テストが行われた。問題としてはそこまで難しいものは無く、担任ーーー菟道先生が言った様に完全な『鈍重な脳の為の朝トレ』であった。

 テスト返しの際、源次郎の顔と点数を何度も確認していた事は恐らく卒業まで忘れないだろう。言われなくても顔で分かった。


「お前勉強出来るんだ」


 そんな表情であった。


 ともあれ二日目である。まだ本格的な学業に入る訳で無く、クラス内での役割を決める事となった。詰まる所、クラス委員決めである。

 他の学校では押し付け合いが始まるのが通説だが、この学校では違う。真逆の事が起こるのだ。


「俺の名前は西条隼人さいじょうはやと中学では三年間サッカー部で、一応全国まで行ってます! クラス委員とかやった事ないけどリーダーシップだけは自信あります!」


「私の名前は佐々木華ささきはなです。幼稚園の頃から花道を習っていて、毎週新しい花をクラスに届けたいと思っております。小学生の時からクラス委員を務めていて、そのリーダーシップをこのクラスでも活かしたいと考えております」


東條近衛とうじょうこのえ! 俺を選べぇええぇえ!!!」


 だとかのアピールがクラス総人数、三十名中二十七名と、立候補してない側が逆に目立つ形になっている。

 

 立候補していないのは源次郎。隣の席の遠藤香奈えんどうかな。丁度対角線上、右下の席に座っている添田友久そえだともひさの三人である。

 ただ座っているだけの源次郎と香奈と違い、後ろの席の彼はバチバチに溶接作業しているので目立つと言っても悪目立ちの方だが気にしている生徒は殆んど居ない。優秀な生徒を集めた学校と言うよりかは変な奴を収容する施設なのかも知れないと思い始めた源次郎である。


 そんな彼を見ていたら、ふと香奈と視線が合う。


「えっと、坂下君だよね? クラス委員に立候補とかしなくて良いの? ここのクラス委員を経験すると就活とか大学進学とかに有利って言うけど」


 見た目はショートカットな活発系女子である。肌は日焼けし、中学校までは運動系の部活に入っていた事が容易に想像出来る。

 少し気まずそうに問い掛けた彼女の言葉に、同じ様に気まずそうに返す。


「えっと、俺って委員長とか、リーダーとかって向いてないからさ。ほら、文学少年じゃん俺って」


「文学少年って。ふふ。どちらかと言うと運動系な見た目だけどね、坂下君って」


「体格だけはあるけど、デカいだけだよ。そう言う遠藤さんも立候補しなくて良いの? 凄く向いてそうな感じするけど」


「ありがと。でも私も坂下君と一緒でリーダーとか向いてないからなぁ。どちらかと言うと引っ張って欲しいタイプだからさ」


 頬を掻きながら照れ臭そうに笑う。

 夜見と大違いだ、これが女子高生と言うものなのか…と、何処か太陽の様な眩しさを覚える。何なら直視できない程まで光ってるまである。原因は溶接の火花が原因であるが。


「確かに。話してみたらそんなイメージがあるね」


「イメージって…もう! まぁ、そんな感じだからさ。やりたい人に任せよっかなぁーって感じだね」


「だな。やりたい人にやって貰うのが一番良いよな。…えっと、遠藤さんが良かったら俺の事源次郎って呼んでくれないかな? 仲良くなりたいしさ」


「そう言われちゃったらそう呼ぶしかないじゃん」


 照れながら言う。

 本当に夜見とは大違いだ。


 香奈は少し照れ臭そうに


「じゃあ、私の事も香奈って呼んで欲しいな。折角お隣さんになれたんだから」


「うん。これからよろしくね香奈」


「う、うん。これからよろしく源次郎君…て、照れるね」


 そんな青春の一コマが誕生している合間にクラス委員を巡る争いは佳境を迎える。二十七人同士でディベートバトルを行っていた様である。実に知性的だ。立候補者の方が多い現状では多数決も意味を持たないので合理的とも言える。

 超人高校生達が繰り広げるディベートはクラスメイトとの会話のBGMとしては丁度良いくらいで、話している内容が高度なのでそっちに割く脳のリソースが無くて楽である。海外の音楽と似たモノ的なそれである。言っている内容は理解出来ないが、なんか良いのだ。


 結果として勝ち上がったのは小学生からバスケを続け、優勝に何度も導いた経験のある気持ちの良い笑顔を見せる豊田康生とよだこうせいである。そして源次郎を懇親会に誘った気の良い男子生徒でもある。

 やっぱりこう言うのは性格の良い人間が選ばれるんだなぁ、と何処か報われた様な気持ちになりながらその後の委員決めが順調にスタートする。


 体育委員だったり図書委員。委員長のサポートをする書記だったり。聞いた事の無い生徒会助手だったりの数多の委員会が黒板に羅列される。

 体格の良い生徒が体育委員に立候補し、大人しそうな子が図書委員会を選ぶ。あの機械弄りが上手そうな友久が保健委員を選んだのは意外だが、案外向いてそうな気さえ思えてくる。ドリルアームとか取り付けてくれそうだ。


 優秀な人間が集まるとこうも簡単に委員会は決まるんだなぁ、と心地良さすら覚えながら康生のイケメンボイスを聞きながらどれにしようか迷っていると香奈が話し掛けて来た。


「源次郎君ってどの委員会に入るか決まってるの?」


「いやぁ…本が好きだから図書委員かなって思ってたんだけど作業の内容を聞くとさぁ」


「あー、確かに。新刊の争奪戦を制止する為に武力を行使する必要があるって言われたら選び難いもんね。武力って何? って思うし」


「本当にそう。図書委員の範疇じゃ無いだろって思うしな」


「じゃあどうするの? 残ったのって…えっと、教職補助委員と環境維持委員と校内治安維持委員しか残ってないみたいだけど」


「今改めて見るとどれも聞いた事の無いやつしか無いよなぁ。でも、内容的に教職補助かなぁ。他の二つも完全に武力だし」


「確かに」


 何処まで治安が悪いのか、朝の登校の時点で粗方察しが付く。源次郎は力がある方だと自覚はしているが、争い事は苦手なのだ。小学生の時に同級生を投げ飛ばした事が今でも若干のトラウマになっている。

 優しい巨人と化している源次郎から見れば選択肢はあってない様なモノである。


 そうだよね、と笑う香奈を見ながら「決まってないのは同じじゃん」と心の中で思う。彼女も話した感じ武力系の委員会を選ぶとは到底思えないし、唯一っぽいなと思った体育委員には立候補しなかった。

 もしかして、と言い辛そうに問う。


「えっと、環境維持委員とか校内治安維持委員会とかに入るつもりなのか…?」


 聞くと少し怒った様子で


「違うよ! 源次郎君は私の事そう言う目で見てたの!?」


「いや! そう言う理由じゃ無いんだけどさ。ほら、どの委員会も立候補する気が無かったからもしかして、と思っただけだよ。って事は香奈も?」


「うん。教職補助かなって。ほら、源次郎君もそれ選びそうだから折角なら一緒にやれたらなぁって思ってさ」


「おー。良いね」


 源次郎の女耐性が無い為か、危うく初恋を奪われそうになったが脳内をミステリーモードに変えて理性を保つ。クラスメイトが、友人として仲良くなる為に近付いてくれてるのに変に勘違いしてしまうのはマジでストーカーの第一歩であるのだ。

 折角の友人である。友情を深めるぜ! と、気を確かに持つ。因みにミステリーアイで彼女を観察すると、過去に運動部系の活動で何らかのいざこざが発生し、満足に活動出来なくなった悲しい過去を持つ。その結果、楽しそうに部活をする元部活仲間を見て、心を軽くしようと小さな悪戯を思い付き決行した結果ーーーと、そんな背景が想像出来た。


 源次郎の脳内想像能力は夜見とタメを張る程である。


 勝手に悲しい気持ちになった源次郎は定員二人である教職補助委員の順番に勢い良く手を上げる。


「俺と香奈の二人で立候補します」


 源次郎を見て、何かを思ったのか康生は真っ白な歯を見せて微笑む。そして「俺はお前を応援するぜ」と、そんな表情を向ける。源次郎は疑問符である。


「…じゃあ、立候補者が居ないから坂下と遠藤さんの二人で決定だな。よし、じゃあ次はーーー」


 無事、委員が決まった事で胸を撫で下ろす。


「これから委員会でもよろしくな」


「う、うん! よろしくね、源次郎君!」


 この後、源次郎と香奈の二人の青春ラブストーリーは当然起こる事はなく、帰りのホームルームが終わった後、やるべき事を終わらせた源次郎はミステリー部跡地へ向かうのだった。

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