第2話 源次郎と不思議な夜見さん
源次郎は現在、片手に『新規部活動申請用紙』を携えて旧校舎へと向かっていた。
タダで諦める彼ではないのだ。
『斎賀高校 ミステリー』 とネットで検索した結果出た唯一の検索結果が『カラスの異常発生』しかない事に落胆しながらも入学を決意しただけの根性はある。
個人的に詳しく調べた結果『生ゴミの不法投棄』が原因であったとしても落胆はしても諦めはしなかった。引けないところまで来ている面もある。
無ければ新しく作れば良いじゃない、と新時代のマリーアントワネットとして気持ちを入れ替えたのだ。
申請用紙を受け取る際、菟道先生に可哀想な人を見る目で見られた事は恐らく末代まで覚えている事だろう。
ミステリー部が廃部になったからと言って活動していた場所までは無くなっていないだろうと判断した訳である。
入学一日目との事もあり入学式と、クラスでの自己紹介で終了した新入生としての幕開けは、意外にも心晴れやかなものであった。
入学前に見学したから場所は覚えている。取り敢えず心を奮い立たせる為に跡地に向かおう。そう考えたのだ。
後ろ髪を引かれるようにクラスでは『親睦会』や『二次会』、『ダーツ』や『ボウリング』などの楽しそうな声が聞こえていた。何なら誘われたが、現在の源次郎にはそれ以上に大切な事があるのだ。申し訳なさそうに納得したクラスメイトの顔は一生忘れないだろう。心の中で誘ってくれた感謝と、断ってしまった申し訳なさが入り混じる。
ミステリー部の場所は旧校舎の五階、一番奥の場所にある。
そこまで向かう為に結構な距離を歩くのだ。
道中、二年や三年の上級生とすれ違うがその誰もが「こんなデカい奴居たっけ?」と訝しげに思うだけで下級生であるとは認識していなかった。
各学年毎に違う色の校章が与えられるので胸元を見れば学年は一発で分かるのだが、そうそう道行く人の胸元なんて見ないのだ。そして相手が男なら尚更の事である。
斎賀高校には部活動に参加しなければならない、との校則があり、新入生は毎年上級生の猛烈な部活動勧誘を受けるのが定説なのだが幸か不幸か源次郎にはその熱烈なアプローチはなかった様である。色々と青春イベントを放り捨てているのだがそれに気付くのはいつになるのか。恐らく卒業まで気が付かないだろう。そんな男である。
時間にして十分弱であろうか。
廊下を進み、階段を上った先でようやっと目的に場所に辿り着いた。
中学時代、体験入学で夢を見させてくれた憧れの場所である。何故旧校舎の奥にあるのか、何故体験入学の時他の在学生に「あそこだけはやめておけ・・・」と、懇願するような表情を向けられていたのかは最早今の源次郎には関係のない事である。喉元過ぎれば何とやらって話だ。
使っていない空き教室。防犯上の意味では恐らく鍵が掛かっているのだろうが扉に手を掛ける。懐かしむように、そして微かに期待を込めて。
だが、そんな源次郎の心とは裏腹に、意外とあっさりミステリー部室跡地の扉が開いた。
窓が開かれ、カーテンが靡く教室。パラパラと何らかの用紙が風で揺れる音。グラウンドから聞こえる熱心な勧誘の声。
淡い青春の一ページがそこにあった。
「・・・きょ、許可は取っているよ!」
そんな焦りながら絞り出した言葉を向けた生徒は教室の真ん中に万年筆を片手に佇んでいた。椅子に座り机に向かっている。卓上には何やら書いていたのか作文の用紙が散らばっていた。
許可・・・? と、言われた言葉を反芻し、飲み込む。恐らく彼女も自分と同じ人間なのだろうと理解する。
「あ、いえ、こちらこそ突然開けてしまって申し訳ないです。えっと、ここはミステリー部でよろしいでしょうか?」
そう言って一歩近付き手に持った申請用紙を彼女に見せる。
怪しむように覗き込んだ彼女は書いてあった文字を見て安堵の表情を見せた。
ふぅ、と緊張を解いた彼女は椅子の背もたれに体重を預ける。
「いやぁ、君も入部希望なのだね? 残念だ。全く、体験入部の時に夢を見させるだけ見せて現実はこれだもの。非情だよ、全く!」
「ははっ。確かにそうですね。自分もあの楽しそうな空気に惚れて入部しようと来たのですが・・・て、その、何故先輩はここに?」
微かに抱いた『菟道先生が嘘を言っていた』可能性が彼女の言葉で破られた。
そして今更ながら彼女の事を源次郎は知っている。
日本有数の大企業。公共施設から金融、レジャー施設まで多くの事業を抱えるビックネーム。吉崎グループの令嬢、
記憶は定かではなく、いつ頃見たかまでは分からないがSNSで社長が「ウチの娘が斎賀高校に入学する事が決まったぞ!」と発信していたのは記憶に残っていた。
そんな彼女が・・・
疑問を投げ付けた訳だが、どうやら吉崎の表情が曇る。何か失言をしてしまったか・・・? そんな危機感を覚える。
「いや、その『先輩』は辞めないか? 別に私達同学年だろう。いやぁ、誕生日で先輩後輩を決める稀有な人間であるなら無理強いはしないけど・・・」
「そこまで稀有な人間じゃないですよ・・・て、同学年って」
自己紹介すらしてないぞ? と、疑問に抱いていると吉崎の目が爛々と光った。ように思えた。
勢いよく立ち上がり、口上を述べ始める。
「私の名前は吉崎夜見! このミステリー研究会の長にして、ミステリーの申し子! 新たに生まれたミステリーの種、この私が解決してやろうじゃないか!!」
一呼吸置いて、
「この場のミステリーとは、何故私が君の事を同学年だと認識して、君が私の事を先輩だと思ったか、だね。ふっふっふ、腕が鳴るね」
それは果たしてミステリーなのか・・・? と首を傾げる源次郎であるが、ここまでノリにノっている相手に対して水をさせる程心臓は強くない。言いたいようにさせておく。
嬉々として推理を披露している彼女を改めて見る。
源次郎として、彼女を見たのはこれで二回目である。一回目はSNSでの写真。二回目は実物である。
ネットで見た時は美少女だなぁ、と何となく思っていたが実物はその比ではなかった。
まるでアニメキャラかのような理想が詰まった顔。長いまつ毛と温かみを与える瞳。BB弾すら入らないような小さな口。腰まで伸びた艶やかな黒髪に、華奢な体を覆うセーター。絶対領域を保つ完璧なタイツとスカート。と、ここまで観察し、一つの答えが導き出された。
「あー、校章か」
「ちょ、早くないかな!?」
意気揚々と説明していた吉崎を遮る。
「俺は学校指定のブレザーを着ている。そこには勿論校則で指定されている校章を取り付けている。一方吉崎さんはセーターである。一々セーターにまで校章を付け替えなければいけない程校則は厳しいものではない」
「・・・もしかして校則全て読み込んでいるのかい?」
「まぁ・・・入学式暇だったから」
「うへぇ、凄いのかキモいのか」
「そこは素直に褒めてくれよ。っと、そんな理由で吉崎さんは俺の学年が分かり、俺は吉崎さんの学年が分からない。これが答えだな」
蓋を開けてみれば至って簡単な答えである。
「最早ミステリーと言っていいか定かじゃないけどな」
「ふっふっふ、ミステリーとは感じる人によって変わる、一種の状態異常のようなものなのだよ。君がミステリーではなく、只の認識の違いだと思っても私はこの出来事をミステリーだと断言する。だって、その方が面白いでしょ?」
まぁ、確かに。
その方が面白いな。
和かな表情の吉崎夜見にあの日見た、ミステリー部の先輩方を重ねてしまう。
教室の扉を閉め、吉崎の近くに椅子を持ってくる。廃部であり、空き教室である事は間違いないのか綺麗に片付けられている黒板側と違って後ろ側は本棚と乱雑に置かれた机と椅子が散乱している。適度な距離を測って座る。ニコニコしている吉崎にちょっと不気味さを覚えながら、
「初めまして、坂下源次郎です。ミステリー部の入部希望です。これからよろしくお願いします」
と、自己紹介する。吉崎の表情が曇る。曇るというよりかは唇を尖らせて不満げな表情になる。子供か。
「源次郎君、私達は同学年なんだよ? そして、同じ部活動の仲間ということになる。敬語じゃなくてタメで行こう! タメ!」
「そ、そうか・・・」
「そして」
彼女は一呼吸置いて、
「許可されていない教室の無断使用と言う禁忌を犯している仲間でもあるのだ! 仲良く行こうじゃないか源次郎君!」
「無断使用なのかよ!?」
そんな源次郎に対し、夜見は
「『無断』と言う言い方が悪かったね、有効活用だよ有効活用。ほら、日本家屋だって人が住んでいないと駄目になってしまうと言うじゃないか。私達は法を犯しているじゃなく、慈善活動を行なっているのだよ源次郎君」
さも正義かのように語る。
どんなに良いように解釈しても無断使用である。校則には空き教室の無断使用について言及していないが発覚したら大問題だろう。折角の高校生活、そんな事で内申点を下げたくない。
下げたくないのだが、源次郎の頭と心は別であった。通称心の中の天使と悪魔だ。
別にバレなきゃ良いんじゃね? 旧校舎の一番奥の部屋なんて誰も来ないだろ。そんな考えが混じる。
買ってきた缶コーヒーを飲み干し、真剣な眼差しで夜見を見る。
整った顔立ち。男らしい見た目。口から発せられるイケボ。一切の恋心が無くたって、そんな彼から真剣な視線を向けられたらドキッと来るものがあるだろう。それは大企業のご令嬢、吉崎夜見も同じであった。
「な、何だねそんな眼差しでこちらを見て…い、意見は変わらないよ! もうこの教室は私の王国なのだから!」
「王国なのかは別にどうでも良いけど…いや、そうじゃ無くて。無断じゃ無くて公認にしようぜって話だよ」
言葉を受け夜見は考える。意図を理解したのか口を開いた。
「公認って部員を勧誘しようって話だろ? 自慢じゃないが私は人見知りなのだよ。その関係で友達もいないね! 因みに中学校では「吉崎さんって変な喋り方だね」とか「ちょっと、うん。クラスメイトじゃ駄目、かな?」と、避けられ続けた人生だからね! 高校に入ったくらいじゃ何も変わらないんだよ、人生って」
「ミステリーだな」
「人の人生をミステリーの一言で片付けないで貰っていいかなぁ!? って、別にミステリーでもないけどね!!」
存在がミステリーだろ。そう思ったが口には出さなかった。
変な口調だな、とは思ったが十五年間も一貫してるのであればそれは立派な個性である。黒歴史も一周回って共存しているまである。
若干心に来ている夜見であるが、言葉を飲み込む。自分自身もある程度理解しているのだろう。
「で、その公認って話なのだけど一体どうするつもりなの? さっきも言ったけど部員誘致は…もしかしてアテがあるのかい?」
期待を胸に向けられた言葉に笑顔で返す。
「アテはないよ。俺も残念ながらミステリー部の為に親睦会を断った人間だからね。話せば入部してくれる人もいるかもしれないけど、この時間になったらもう上級生に粗方取られてると思うしなぁ」
「ぼっちなのだね」
「別にぼっちではないだろ。まぁ、そんな理由で部員を増やすって考えではない」
「じゃあどうやって…?」
不思議そうにする夜見。
源次郎は少し迷ったが、意を決し夜見の手元にある原稿用紙に手を伸ばした。入った時、隠すようにして鞄を机の上に置いた姿を源次郎は見逃さなかった。そして会話をする中、チラチラと微かに覗かせるそれを見ていたのだ。
「…小説、だよな? 実績を作っちゃえば良いんだよ。確か、生物部だったかな。学会に論文を出した功績を称えて個人の為だけに部活動として設立させたって話を聞いた気がするんだ。だからーーー
「源次郎君」
ーーーはい」
有無を言わさないような夜見の視線に姿勢が正される。言動で忘れそうになるが夜見は相当な美少女である。源次郎が乙女ゲーから出て来たイケメンであるなら、夜見はラノベから出て来た美少女である。
そして、こんな言葉がある。
『美人を怒らせたら怖い』、と。
蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった源次郎。意外にも表情は和らげな夜見は和かに問い掛ける。
「人の物を勝手に取って、意見する事は正しい事なのかい? 私がいつそれを話の種にして良いって言ったかい?」
「すいません…」
「いや、私もね? 目に付くような場所に置いていたのはまぁ悪かったとは思うけどね。けど、それはそれとしてやって良い事とやっちゃいけない事ってあると思わないかい?」
「はい。確かにその通りです」
「そして私のこれは小説ではない、自伝小説だよ」
何と言うか、調子に乗ってしまった。仲良くなって、気が緩んでしまったのだろう。親しき仲にも礼儀ありである。出会って一時間弱しか経ってないが、それこそ礼儀ありである。
まぁ、もうやってしまった事なのでこれ以上はない。反省の意を込めて彼女の自伝を見る。
「ちょ、源次郎君!? 話聞いてた!? 見られたら恥ずかしいから見ないでって話なんだけど!!」
一言で言い表すなら異世界ファンタジーの序盤である。
突如として異世界の上空に転移した少女が天使の輪っかを付けた少年に助けられる場面がそこには書かれていた。
…自伝?
「…うん。自伝だな。空から落ちる経験なんて良くあるもんな、珍しくないよ。うん。天使も良く居るしな。俺も会った事あるし」
「だから見せたくなかったんだよ、もう! そんな訳だから私の小説の件は無かった事にしてくれ! 君は何も見なかった、良いね!?」
「はい。俺は何も見ませんでした」
何を言われても結局のところ勝手に見た源次郎が悪いので誰かに言いふらすとかは無い。そもそも言い振らせる友達が居ないってところが寂しいところなのだが、同じミステリー研究会(未設立)の仲である。既に源次郎の脳内フォルダから削除された。
「もう…で、他に何か考えとかあるのかい? 本気で私頼りで発言した訳じゃ無いだろう」
「それが一番良い考えだと思ったんだが」
「馬鹿だ。ここに本物の馬鹿がいる…」
本物の馬鹿に失礼だろ、それ。
源次郎は必死に考える。考えるが…部員募集の為に今から勧誘した方が時間も、効率も確率も上がる気がするのだ。最早考えるだけ時間の無駄だろう。
だが、そこで一つ考える。
「(もし、俺と夜見が勧誘したとしよう。幾ら斎賀高校が優秀な生徒の集まりだとしても、この圧倒的な美少女を前に正気を保てるのか? 私利私欲の為に入部され、サークルクラッシャー的な感じになったとしたら最悪だ。夜見的にも俺的にも)」
基本的に源次郎の脳内は『ミステリー』一色に染まっているので色恋沙汰には無縁な存在である。今どき珍しい悟り系男子高校生なのだ。悟っては無いが。
そんな彼でも分かる。普通の方法では彼女目当ての有象無象が入部するに違いない、と。
夜見は自身のコミュ力で部員募集を諦め、源次郎は部活クラッシャーを懸念して諦める。理由は別だが考えは一致した二人である。
ミステリーに特化した源次郎の頭では考えることが出来ない、と諦め息を吐く。
「うん。バレなきゃ犯罪じゃ無いもんな」
「ようやっとそこの境地まで辿り着いたんだね! そう、そうなのだよ! 教師の目は怖いが監視カメラが設置されている訳ではないのだ。変に目立つ事をしなければバレるはずは無いのだよ。ようこそ共犯者」
「主犯は夜見だけどね」
結局最初の夜見の発言に戻ってきてしまった訳である。問題はないので問題はないのだ。
問題は先送り、と言う訳で源次郎の視線は夜見の手元に行く。
「そう言えば夜見って小説を万年筆で書くんだな。今時珍しいな」
今時、と言っても現実では万年筆で書いている作家が多いのかも知れないがこの場では知り得ない情報である。源次郎は別として、夜見は一物書きである。ならば相対的にこの場では万年筆派閥が多い事になる。
また掘り返して、と嫌そうな視線を向ける夜見。
「いや、小説じゃなくて万年筆な? すっげぇカッコ良いじゃん。なんか作家みたいだぞ」
「何でそう的確に地雷を踏みに行くのか…まぁ、カッコ良いって褒め言葉は受け取っておくよ。…何事も形から入る、なのだよ小童」
「小童!?」
「風邪も気から、と良く言うだろう? 人の思い込みの力は凄いものなんだよ。風邪だと思い込めば風邪を引くし、嫌な日だと思いながら生活していたら嫌な事が起こる。つまり、日常的に『私は小説家である。万年筆も持ってるし』と思い、立ち回る事によって結果的に小説家足り得る、と私は考えてるのだよ。起きたら小説家になってないかな、とは毎晩想ってるからね」
「思い込みの力を過信し過ぎだろ…でも何で万年筆なんだ? いや、字は滅茶滅茶綺麗なんだけどさ、今時携帯小説って言葉があるくらいだぜ? PCとかスマホでも書けるよな。それも形から入るって事なのか?」
「いや、純粋にそれはカッコ良いからだね。たまたま入った文具店で一目惚れした万年筆なんだけどね、これ。金額が高くて持ってたPCを売ってギリ買える位の値段だったから売っちゃった」
「売っちゃったって…不便してないのか?」
「大いに不便してるね。後悔先に立たずだね。でも後悔し続けたらこの万年筆に憎悪が芽生えてきそうだから忘れるようにしてるのだよ。うん。何でPC売っちゃったんだようね、私」
そう言って机に置いた万年筆を手に取り、先端を布で拭ってケースに仕舞う。眼鏡屋で絶対オススメされるゾウが踏んでも壊れないっぽいケースである。何でゾウに踏まれる想定なんだよとは常々思う。
売ったPCの事を思っているのか明後日の方向を向いていた夜見が唐突に口を開いた。
「小説家とは今では高貴な職業だと思われるが昔ではそうじゃ無かったらしいよ」
「へぇ。昔…昭和とか?」
「江戸時代」
「遡るなぁ」
「江戸時代と言っても中期頃なんだけどね。人口が爆発して人手が余っていた江戸では手に職を付け過ぎる時代と言われていてね。右を向けて草鞋を作っていて、左を見れば傘を作っている。外を見れば手作りの風車を売っている。そんな自由が服を着て歩いているような時代。その中でも小説家、物書きと言われる人達だね。自身の物語を版元に掛け合えば意外と簡単に出版できる本は見栄の場所でもあったらしい。その中でもミステリーと言うジャンルは『俺はこんな殺し方出来るんだぜ?』『俺はこんな密室殺人を思い付いた』『正体は作者であるこの俺だ』的な感じで頭一つ飛び抜けたジャンルだったのだよ、源次郎君」
「ほぉー。江戸川乱歩みたいな作者もそうだったんかな」
「それは名前がそれっぽいだけで、別に江戸時代の作家って訳じゃないよ…」
良い雑学を披露する時があるんだな、とゲームのロード中に出て来るミニキャラ的存在感を覚える。
と、感心してるとぷっ、と夜見が吹き出した。何事だろうか。何か言葉を掛けようかと迷っているとネタバラシされた。
「因みに今の話は私の戯言だよ。頭から爪先まで全てが嘘と言っても過言ではないね!」
「唐突に嘘を垂れ流すなよ…普通に信じちゃってたよ、俺」
純情な心を返してほしい。
「まぁ、でも識字率は高かったみたいだし、意外と本に触れてそうだよね、知らないのだけどさ」
「知らないじゃん」
「ふっふっふ! これでも中学時代は虚言の吉崎として名が知れ渡っていた程だからね! カッコ良くない? 虚言って」
「辞めてくれよ、唐突に悲しい話すの。俺、夜見が怖いよ。情緒的な意味で」
ほぼ人間ジェットコースターである。自身のテンションの寒暖差で風邪引かないか心配になってしまう程である。
これが友達出来ない所以か…と、片鱗を感じた次第だ。
「因みに続きはないのか? アーリー・フォン・ローレライさん」
「憤死」
彼女の小説に出て来る主人公の名前で夜見を憤死させる。
ここまでおちょくった源次郎であるが、どこか懐かしい気持ちになっていた。ミステリー好きだけに留まらず、大概のサブカル好きは一度は小説や漫画を書いたりするのだ。源次郎の場合はちょっと訳が違うが。
そんな過去の自分を見ているような気持ちになっていたずら心が働いた訳である。
夜見は頭を掻きむしって喚く。
泣きっ面に蜂どころか怒り顔に蜂である。恐らく死後は地獄確定だろう。
猛獣のようにガルガルと威嚇をしている夜見であったが、徐々に気を落ち着かせる。不本意ながら自作品を見られた訳である。もう恐れるものは何もない
割り切った様な心持ちになる。顔は菩薩の様に悟った顔付きになっていた。
「続きと言ってもね…正直、普通に考えて空から落ちてきた主人公から始まるストーリーなんてSFでしょ? 良いアイデアだと思ったんだけど出オチだね。既に私のインスピレーションは出涸らし状態だよ。豆腐と言っても過言じゃないね」
「豆腐状態ならより美味しくなりそうだけどな。でもそうか、続きは無いのか。面白そうな始まりだったんだけどな」
ミステリー部(人数不足)なのにSFジャンルはどうなのかとは思うが、面白い作品に所属している部活動は関係無いのだ。
そもそもの教養が高いのか。読み易く、原稿用紙一枚しかないのに伏線が張られた彼女の作品は既に良作の気配がプンプンしている。唯一の難点は彼女がそれを「自伝」と自称している事だろう。摩訶不思議である。
源次郎に褒められた夜見は悪い気はしていない様で、見て分かるレベルで嬉しさが込み上げている様であった。
「ふふふ、そうかい。君にはこの作品の良さが分かるんだね! 源次郎君、君は見る目があるよ! 花丸をあげよう」
「やったぁ」
と、ガチで赤ペンを取り出し始めた夜見を宥める。心象が良くなるとかじゃなくて、物理的に花丸を貰えると思っていなかったのだ。と言うか普通に考えて日常的に同級生から花丸を貰えることなんて皆無と言っても良いだろう。奇怪である。
これがミステリーか、と戦々恐々としていると夜見が
「ここまで私の恥ずかしい所を勝手に見られた訳なのだけど、源次郎君には無いのかい? 小説を書いてるだとか、漫画を書いてるとか。声優になろうとしてるでも良いのだけどさ」
「別にそう言うのは無いけど…いきなりどうした? 道連れ?」
「道連れって…いや、私だけってのはなんか不公平て言うか不平等って言うか。男女平等? 的じゃないと言うかね。言って仕舞えば道連れだね。うん」
腕を組みながらうんうん、と頷く夜見。
理由が理由なので、それっぽい秘密でも共有してやるかと考える。
と、言っても…
「別に誰かに俺の人生を語っても恥じない生き方をしてるからなぁ」
「うわ、結構ウザいね源次郎君。世が世なら市中引き回しの刑だよ」
「結構な重罪じゃないか…」
「私彼氏いないよぉ〜、って良いながら実は学校一のイケメンと付き合ってたみたいな」
「それはウザいのか…?」
「ずっと付き合ってた彼女がヤンキーに寝取られたみたいな感じ?」
「それはウザさのベクトルが違うだろ」
「再婚した新しい母親の美人娘が実は父親と肉体関係を持ってたとか」
「お前NTR好きだろ、絶対」
何で源次郎の秘密を聞こう! の状況なのに新たな夜見の秘密を聞かされなきゃいけないのか。しかも結構エグい性癖。美人な同級生の性癖はNTRとか、最早源次郎に対する尊厳破壊であるとも言えるだろう。
言動も残念なのにそこも残念なのか…と、気分が落ち込んでしまうが
「別にそのジャンルは好きじゃないけどね。と言うかそれが好きと言っている人間は人じゃないとまで私は思っている程だから」
「じゃあ何で例えで出したんだよ」
「それ程までにウザいって話だよ。自覚した方が良いと思うよ。高校一年生、自分の人生に一片の曇りなしって」
「だってなぁ…あー、まぁ、強いて言うなら彼女が出来たことないって事ぐらいか?」
そう言えば、と思い出して発言した訳であるが、その言葉を聞いた瞬間夜見の目が光った様な気がする。
「君、彼女いた事ないんだぁ?」
「な、何だよその目…別に彼女が居ないくらい可笑しな事じゃないだろ」
彼女が居ないからって別に生きて行けない訳ではない。何なら少子高齢化である。日本全体で独身が多くなって来ている程だ。と言うかそれに関しては高校に出来る事は何も無いのだが。
一般高校男児としては学業に専念していると捉えられ、評価が上がるかもしれない状態だ。まぁ、居ないより居る方が断然良いのには変わりは無いのだが。
そんな口に出す訳でも無い、苦し紛れの言い訳を脳内で宣う。
「可笑しくない、可笑しくは無いんだけどね…いやぁ、源次郎君って年齢=彼女居ない歴なのだねって思うと、こう、感慨深いものがね。涙が出て来るまであるよ」
「親かよ」
「うん、良いと思うよ。うん。将来的に相続税掛からないしね」
「別に税金の面で相手作ってない訳じゃないよ…って、そう言う夜見はどうなんだよ。お前も出来た事ないだろ」
「私の場合は純潔を守っているとも言えるからね。いやぁ、難儀なものだよ」
今更ながら初対面とも言っても良い女性と、こんな話をしているのは如何なものか? 純潔以上に守らないといけないモノがあるんじゃないか? とは思ってしまうが楽しければ良いのだ。別に誰かに話を聞かれている訳でもない。言わばハーフル青春コメディである。ラブの要素は皆無だ。
「彼女が居ないって言うか、今まで本気で二次元を好きになっていたからなぁ」
「って言うと…比企◯谷小町ちゃんとかエ◯マンガ先生とか羽瀬◯小鳩ちゃんとか?」
「人選に悪意を感じるが…いや、◯菓の千反◯えるさんだな。中学一年ぐらいはガチで進学先に古典部がある学校を探してたし、私気になりますが口癖になりかけた程だもんな」
「おぉ…好き過ぎて成ろうとしてるね」
「だな。何なら俺は夜見に千反田味を感じ始めてーーー」
夜見と視線が合う。逡巡し、思わず口に出し開けていた言葉を引き戻す。
「…はないな。千反田さんに失礼だ」
「それは私に対して失礼だと思うけど…でも、やっぱり源次郎君はミステリーが好きなんだね。やはり我がミステリー研究会(未設立)に相応しい人材だ!」
「好きだからこの学校に進学した程だからな」
人の好きと言う感情程原動力になる感情は無いのだ。それが不純かどうかは置いといて。
小説を書いている吉崎夜見と二次元キャラクターにガチ恋している坂下源次郎。お互いに交換した秘密の違いはあれど、秘密を共有した仲である。
入りたかった部活動が人員不足で廃部になっていたり、跡地を勝手に占領しミステリー研究会と自称していたり、前途多難な高校生活初日であるが意外と、二人とも充実した始まりを迎えられた様子である。
日が暮れ始めたのを皮切りに二人は部室を後にする。残ったのは微かに温もりが感じられる二つの椅子と、新しい青春の息吹である。
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