第2話 私は2番でいいから
魔法少女のマルルとキリエは、とっておきの切り札である使い魔のフクロウ――自称トリを従え、悪の根源である特異空間を破壊するために大阪に向かって進んでいた。
魔法少女達は行く手を阻む異世界生物モンスターを倒しつつ、まずは岡山を抜けて兵庫へと向かう。
「それじゃあ2人共、後は任せたホ」
「は?」
突然のマスコットの職場放棄に、キリエがツッコミを入れる。
「俺様は復活したばかりだホ。この世界に馴染むまでは一日10分くらいしか活動出来ないホ」
「一体何を……」
キリエがトリを両手で掴んだ瞬間、使い魔は本物のマスコット、ぬいぐるみに変化した。ふわふわのもこもこもで、抱きしめたら優しく癒やされる癒し系のぬいぐるみ。
こうなってしまうと、自力で飛ぶ事も出来ないただのお荷物だ。命懸けで手に入れた切り札がこんなポンコツだと知って、キリエはガクリと落胆する。
「うっそだろおい……」
「あはは、可愛いからいいじゃない」
「や、お前、今は戦力が欲しいんだぞ? ぬいぐるみなんて……」
「でも癒やしもあった方がいいよ」
1人で激高する彼女を相棒のマルルが慰める。トリは起きている間はチート級に強い。だから一日10分しか役に立たなくても捨てる訳にはいかない。なので、やっぱり切り札には違いなかった。
「今度起きた時、トリさんにはいろいろ聞かなくちゃだね」
「いつ起きるのか、こっちが任意の時間に起こせるのか。最低限それだけは聞き出さないとな」
「それに、この世界に慣れたらずっと起きていられるようになるのか、とかもね」
「だな」
その後も2人は協力して大阪を目指す。遠距離からマルルが足止めして、至近距離まで接近したキリエがブレードでぶった斬る。もはや阿吽の呼吸で、普通に現れる雑魚モンスターなら彼女達の障害にすらならなかった。
無人の高速道路を、2人は魔法で強化された脚力で力強く駆け抜けていく。
その日の夜、無人になったパーキングエリア。魔法少女達はそこで夜を過ごす事になった。勝手に拝借したレトルトな食事で胃袋を満たしていたその時、ふわっと静かな気配が2人の前に現れる。
休憩中などは魔法結界を張ってモンスターに気付かれないようにしていたのに、それを安々と破って現れた存在に2人は戦慄した。
「ああ、そこまで警戒しないでください。私は挨拶に来ただけですから」
「お、お前は誰だ……」
「私はフェリルと申します、以後お見知りおきを。キリエさん」
フェリルと名乗るそのモンスターはよく見かける雑魚とは違い、死神のような姿をしていた。そもそも、喋るモンスターに会う事自体が2人にとっては初めての体験だ。
「な、何が目的……ッ?!」
「あはは。マルルさん、その銃を下ろして頂けますか? 私はちょーっと気になる事があったので、それを聞きに来ただけです」
「え……っ?」
「あなた達御2人。さて、戦ったらどちらが強いのでしょうか?」
フェリルはそう言うと、ギラリと邪悪な目を紅く光らせる。ここまでの会話の流れでモンスターの狙いを読んたキリエが、ここで会話に参加する。
「生憎、そう言う手には乗らないんだ」
「ほう、キリエさんは気にならないと」
「当然だ! 戦う気がないなら去れ! でなければ斬る!」
「おお怖い。では、今夜は退散する事に致しましょう。いい夜を……」
フェリルは少しキザったらしく頭を下げると、そのまま闇の中に沈んでいった。敵意も見せず、攻撃もせず、ただ素直に引き下がったこのモンスターの存在を2人はただただ不気味に感じ、魔法結界を更に強力に張り直す。
3重に結界を張ったところで、やっと2人は落ち着きを取り戻した。
「でも実際に戦った事もあったじゃない」
「訓練の時だろ、それは」
「結局私、キリエには一度も勝てなかったなぁ」
「昔の話だ。今はお互いに経験を積んで実力差も埋まってるだろ」
キリエは昔話をするマルルの話を強引に断ち切る。そうして先に横になった。この話を続ける気のない事を感じ取ったマルルも、明日のために横になる事にする。
その夜はあれ以降何もおかしな事が起こる事もなく更けていき、朝日が静かに2人を出迎えた。
「じゃ、行くか」
「今日こそ兵庫を抜けよう!」
そうして2人がまた高速道路を走っていると、2人の魔法感覚が近くに動く生命反応を感知する。森とかならともかく、モンスターに蹂躙された街中で生命反応があるのはおかしい。
2人はすぐにうなずき合うと、その反応のあった場所に向かう事にした。
「一体何がそこにあるんだろ?」
「罠かも知れない。十分に気をつけろ」
反応のあった場所に着いた時、2人は信じられない光景を目撃する。とっくに退避して、いないはずの住民がそこにいたのだ。生命反応はそのおっさんのものだった。
見た目アラフォーのおっさんは、魔法少女を目にして恐る恐る右手を上げる。
「や、やあ……」
「な、何故ここに?」
「思い出の品を取りに戻ってきただけだよ。すぐに行くから」
「早く逃げろ!」
ゆっくりと歩いてくるおっさんに、キリエはキレ気味に声を荒げる。こんな場面を見られたら……。
「うん。これはいい人質です」
昨夜2人の前に現れたフェリルがいつの間にか2人の前に現れ、その手から放たれた触手で素早くおっさんを束縛する。
「うわああ~」
「お、お前っ!」
「一度こう言うのやってみたかったんですよねぇ。さて」
「な、何を……」
おっさんを人質にとったフェリルの目が、またしても邪悪に怪しく光る。キリエは次に来るセリフを先読みして、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「2人には今から殺し合ってもらいましょうか……」
「ば、バカな」
「いいんですよ~。人質を気にしないなら。どうせあなた達には縁もゆかりもない人ですものねぇ?」
「くっ……」
定番の展開とは言え、人質を取られてしまっては魔法少女もうかつには動けない。おっさんは敵の意思ひとつで簡単に殺されてしまうだろう。
キリエはこの究極の選択を前に、蛇ににらまれたカエルのように動けなくなってしまった。
「やろう、キリエ!」
「は、何言ってん……」
「このままじゃ無関係な人が犠牲になっちゃう!」
マルルの気迫のこもった叫びにキリエは動揺する。彼女が決断を躊躇している間に、マルルは魔法の銃を構えていた。その銃が光弾を放ち、すぐにキリエは射線から体をずらす。
「おま、本気か!」
「今はこれが最善手でしょ! 戦って!」
「何か考えがあるんだろうーなっ!」
こうして、なし崩し的に2人は戦う流れになる。マルルの銃撃をかわしながら、キリエは攻撃のタイミングを見計らった。彼女の銃撃には一定のパターンがあって、それを見極めるのはキリエにとってさほど難しい事ではない。ただ、本気で攻撃するのをためらってしまい、肝心の一歩が踏み出せずにいた。
攻撃を避け、距離を保ち続ける相棒の様子を見たマルルはここで悲痛な叫び声を上げる。
「本気で来てよ! でないと……」
「敵の思惑に乗る事なんてない! 2人ならっ!」
「私は2番でいいの! だから……」
その叫びからわざと負けようとしている事を読んだキリエは、一瞬で間合いを詰めてマルルに耳打ちした。
「一体何を狙ってる?」
「とにかく時間を稼ぐの。隙を見つけたらそこで反撃を!」
「分かった!」
こうして敵モンスターを
簡単に決着がつきそうでいて中々終わらないその攻防は、まるで洗練された舞踏のようにも見え、客観的に見ればとても美しいものだった。
この戦いを目にしたおっさんは、2人のアクションに感動で胸を熱くする。
「すんげぇ……俺こんなすげえのタダで見ていいんかな?」
「ちょっとうるさいですよ、人質君……」
「ヒィィィ!」
人間が見ると美しいその演舞も、異世界モンスターから見たら本気で戦っていないただのデモンストレーションにしか見えない。2人は本気で戦う
「私を馬鹿にするのも……いい加減にしてください!」
「うるさいホー!」
モンスターの叫び声が気に障ったのか、ここでトリが復活。魔法少女達に襲いかかろうとしたフェリルを一瞬で焼き尽くした。
このあまりに呆気ないオチに、キリエは気の抜けた声を漏らす。
「えぇ……」
「トリさん、グッジョブ!」
マルルはこのマスコットに向けて右手を差し出した。するとそこ目掛けてトリが飛びつき、可愛い翼でハイタッチ。
この息の合ったやり取りに、キリエは何も言えないでいた。
その後、2人はおっさんを避難先である四国まで護衛して送り届け、事件は無事に解決する。
「あ、有難うございました。この御恩は……」
「や、そう言うのいいから。もう安全になるまで二度と四国を出ないで、頼むから」
「わ、分かりました。その、道中お気をつけて……」
おっさんに見送られながら、2人は本州に戻っていく。瀬戸大橋経由だったのでまた岡山から仕切り直しだ。魔法少女達の旅は続く。モンスターを完全にこの世界から駆逐するまで。
頑張れ魔法少女マルル! 頑張れ魔法少女キリエ! マスコットのトリも可愛いぞっ。
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