第17話 それぞれの進み方⑥
ペトロとの別れの後、彼女、ピュズリ・ハルビャルナルソンはさっさと調理場に入り、早めの昼食の準備に取り掛かった。
意外に思われる事が多いが、面倒見のよい彼女は料理が趣味であり、自分で食べるよりは、誰かに食べてもらう事に楽しみを見出しているのである。
だから、かつて勇者一行の仲間に加わっていた時代に、ペトロが作った料理は全てレシピを書いてもらい自分で作れるようにもなっている。
ただ、彼の料理は独特なものが多く、食材や調味料などの一部は定期的にペトロから送ってもらっている。もちろん、金銭を支払って購入しているという形だ。
今作っているのは、ペトロから送ってもらったジャガイモという毒性の低い芋と、ニンジンという変わった根野菜を使ったシチューだ。
芋なんてものは毒だとエルフ圏では教わるし、人間の生活圏でも、そんな危険なものを好んで食べようとするものはいない。
だが、彼は野生の芋でも水にさらせば食べられると言って実際に食して見せたり、今調理している芋のように、品種改良というものを行って食べられる品種を作り出す事もやってのけるのだ。
そして、それら彼の産みだす食べ物は全て美味しいのだから、彼の才能の異常さを物語っている。
勇者一行の中でも浮いていた彼だが、今となってはそれも当然だと思う。彼は、世界を一変するに足る人物なのだ。だからこそ、彼は排除されてしまった。
そんな事を考えていると、シチューも出来上がりの様だ。ポルルを呼んで食卓に並べて貰う。
夫のケティルが「お、今日も美味そうだな」と声を掛けてくるが、弁当を渡し、「あんたはさっさと狩りにでも行っておいで」と追い出しておいた。
今日の主役は自分の家族ではない。行儀よく椅子に腰かけながら「本日はお招きありがとうございます」と、まるで貴族の子のような振る舞いをする見目麗しい少年と、同じく「ご相伴に預からせていただきます」などと言いながら、優雅に座るこれも美しい少女。この子供たちが主役なのだ。
自分の息子、ポルルはというと、二人の礼儀正しさをみて、どうしていいかわからないようだ。きょろきょろと視線を右往左往させ、時折こちらに視線を投げてくる。
だから、安心させるように言ってやる。
「堅苦しいのは抜きにして、手づかみでもいいから礼儀なんて忘れて味わいな」
そう言うと、息子のポルルが何やら恥ずかしそうに眼を伏せてしまう。
親の心子知らずというやつかとピュズリは一つ頷き、食事を始める。
すると、ピュズリが食事を始めたのを見てからヨハンとシモンが食事をはじめたのが見える。
(なんとまあ、よく躾けられたガキ共だねえ)
ピュズリにとって、子供は礼儀も作法も知らないくらいでいいと思っていた。
そんなもの、大人になれば強要されるものだから、親がいるうちは親が法となって、その窮屈な社会から守ってやるんだと思っていた。
だが、この子達の家は、トリスメギストス家は違うのだろう。
恐らく、その窮屈な社会を許容して、それが普通だと感じられるように教育しているのかもしれない。
といっても、貴族になるのでもなければ、例えば村で生活するのであれば礼儀なんてほとんど必要ない。つまり、貴族と相対しても恥ずかしくない作法を常識として備えているのだ。
本当に、考え方はそれぞれだ。いや、ペトロが独特過ぎるというのも理由か。
そう思いながら食事を進めていると、ヨハンが眩しいばかりの笑顔で料理を褒めたたえる。
「素晴らしい味付けです、濃厚でいてしつこくない、美味しいです、ピュズリさん」
シモンも、それに倣った。
「本当に! ジャガイモが口の中で溶けていくよう。お父様はジャガイモの芯を少し残す歯ざわりが好きでしたけど、この噛まなくても溶けていくようなジャガイモの方が私は好き」
本当に、優等生のような感想だと思われた。だから、ピュズリは少し意地悪な顔をして言葉を発する。
「へえ、ペトロの息子とは思えないくらい優等生だねえ。あいつがもっとあんたたちみたいな性格だったら、勇者の取り巻きに疎まれる事も無かったんだろうねえ」
その言葉を聞いて、ヨハンとシモンは少し考える顔をする。
そして、ヨハンがおずおず、といった態度で質問をした。
「……父上は、誰かに疎まれていたんでしょうか」
「おや? 聞いてないかい?」
二人は首を横に振る。
「まあ、あんまり話して楽しいもんじゃないしね。でも、勇者達との魔王討伐であたしらは出会って、色々やってさ、楽しい事も沢山あったんだよ」
今度はシモンが口を開く。
「私たちも、勇者一行に加わる事ができるでしょうか」
「そういや、勇者一行に加わる予定なんだってね。そんなの決まってるじゃないか、向こうから頭を下げてくるに決まってるさね」
「でも、僕たちは父上に一太刀も当てる事ができませんでした」
昨日の突然行われた模擬戦闘の事を言っているのだろう。
ピュズリの目測では、あれはペトロの実力だけではないようにも思われた。
ヨハンやシモンの癖を全て知っているからこそ可能な勝ち方ではないかと思っている。
だけれど、それを口にするほど彼女は無粋ではない。
だから、話を変える事にした。
「ま、あいつもあれで、勇者一行に入れた実力者ってことさね。でも、昨日の話だとまだ強くなるつもりらしいじゃないか」
「はい。あのような体になってもまだ前を向いている。本当に父は凄い人だと思います」
そう言うヨハン、隣ではシモンが頷いている。
ピュズリは、心の中で二人をファザコンに認定しつつ、けれど、そういう間柄も羨ましいという思いもあった。
少しの沈黙。ポルルは気にせず食事を続けており、その音が妙に大きく聞こえてくるようだ。
ヨハンとシモンは、食事の手を止めてちらちらとこちらを見ている。
その様子に、少し気付いた事があったので聞いてみる事にした。
「あんたたち、父親に土産として杖を送ってやるつもりはないかい?」
その問いに、二人は一瞬視線を見合わせ、ヨハンが答えた。
「杖、ですか」
「そうさ。あいつは強がっているけど、腕もまずいがあの足じゃあ剣士としてやってくのは難しいだろ。でも、あいつには魔法がある。普段は歩行を補助するステッキとして使えるような短杖を贈ってやれば、イシスみたいな化け物魔法使いになるかもしれないじゃないか」
「イシス、さん、ですか」
首をかしげながら言うヨハンに、驚きを隠せずピュズリは大声を上げた。
「まさか! あいつはイシスの事も話した事ないって事かい!?」
ヨハンはシモンと顔を見合わせ、「はい」と答える。
これにはピュズリも驚きを隠せない。恐らくペトロは勇者一行との出来事のその一切を子供たちに話していないのだ。
辛酸をなめる事も多々あったろうが、誇らしい事も沢山してきたはずなのに。
何故なのか理由まではわからないが、そんな偏屈なところに、ペトロらしさのようなものを感じるのは、彼との付き合いが長いからだろうか。
「あいつは……。徹底してるねえ全く。いいさ! 話してやる。イシスって女はね、いや、勇者一行の中でペトロの周りに居た奴は化け物揃いだったのさ。ペトロはそういう意味では運が無かったね、十分強いのに、それが霞むほどの化け物が傍に寄ってくるんだからさ!」
話始めると、キラキラとした目でこちらに視線を向けてくるヨハンとシモン。ポルルもそれに加わって、興に乗ってきたピュズリは、声高に話し始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます