第16話 それぞれの進み方⑤

 俺は体を支えていた杖を構えて二人と向き合う。

 その様子を子供たちは戸惑いながら見ている状況だ。

 少し離れて、ピュズリがにやにやしながら見ているが、まあいいだろう。

 ケティルは心配そうにこちらに視線を向けているし、ポルルは怯えたような視線をこちらとヨハン達との間で往復させている。

 

 静寂が訪れた。ヨハン達は躊躇いからか、軽く木剣を握ったり開いたりしながら様子を見ている。

 俺から仕掛けたいところだが、左脚があまりいう事を聞いてくれない。後の先で戦う方がいいだろう。

 俺は不敵な笑みを浮かべて、挑発する。


「来ないのか?」


 その声を受けて、反応したのはヨハンだ。少し躊躇いの表情を浮かべた後、意を決して弾丸のように駆けてくる。


(流石に……早い!)


 袈裟切りに振り下ろしてきた木剣を、すんでのところで受け、魔力を込めて一度押し返すふりをした後あっさりと受け流す。

 すると、ヨハンは勢い余って、たたらを踏む形でこちらを通りすぎる。

 その無防備な頭に、こつんと杖を当ててやる。


「踏み込みや速度は十分だ。だが、素直過ぎる。もう一度だ」


「っ! はい!」


 それから、ヨハンとシモン、交互に俺に挑んできた。

 正直言って、ギリギリだ。俺はあの子たちの練習をずっと見てきたから剣筋や癖を知っていて、だからこそ何とか対処できているが、初見でこの速度、この膂力で切り付けられたなら、堪らず降参せざるを得なかっただろう。

 初手は必ず相手が向かってくるという条件も俺には有利だ。この足で攻めるとなると、かなり難しい。

 父親の意地で勝利を保っているが、左手一本で、片足が不自由の状態では限界はすぐに訪れると思われた。

 そろそろ難しいか、と思い始めたその時。 


「そこまで! ペトロ、あんたも気が済んだかい?」


「……ああ。ありがとう、ピュズリ」


 ピュズリは審判役を務めてくれた。何かあったらすぐに駆け寄ってくる気配を時々感じていたから、実際俺の事を心配してくれていたのだろう。

 正直、倒れこみたいくらいに体が限界を訴えている。息も上がっていて、頭が呆っとする。

 だが、ここは父親として恰好を付けなくてはならない。

 無理やり息を整えて、ヨハンとシモンに向かって口を開く。


「ヨハン、シモン。お前たちはまだまだ強くなる。そして当然、俺もだ。だから、俺の事は心配するな。今は、自分達の将来へ向けて全力になってくれ。いいな」


 その言葉を聞いて、ヨハンは何かを覚悟した様な顔をした。


「わかりました父上。僕は、必ず父上より強くなってみせます」


 シモンも、同じような表情だ。


「お父様。お兄様だけでは敵わないかもしれないけど、私もいるから」


 その言葉に、少し自嘲的な笑みが顔に浮かんでしまう。


「馬鹿いうな。お前たちは十分強い、さっきだってピュズリが止めてくれなかったらもう倒れていたと思う」


 言って笑いかけるが、ヨハンとシモンは変な顔をして視線を交わし合い、そのあと苦笑交じりの笑いを浮かべていた。

 なんだろう、結構本気だったのだが、冗談だと勘違いされたのだろうか。

 ともあれ、そんな俺たちのやり取りが終わったとみるや、ピュズリが手を叩いて注目させ、声を上げた。


「はいはい! 話は中でやってちょうだいよ。メシが冷めちまうだろ? ポルル、ペトロを支えてやんな」


 言われて、ポルルは「はい」という小気味いい返事をしながらこちらに向かってくる。

 ここは好意に甘えて、ポルルに支えられながら家に入り、みんなと夕餉を楽しんだ。


〇〇〇


 翌朝、彼、ヨハンは父親とのひと時の別れをするべく、ケティル邸の玄関先に居た。

 勿論、妹のシモンも隣に居る。

 この場に居るのは、馬車に乗ったペトロと、それを見送るヨハン、シモン、ケティル、ピュズリ、ポルルの6人だ。

 何故か馬小屋でゾンビ討伐に参加した栗毛の馬がペトロに会いたがって鳴いていたらしいが、流石は尊敬する父だ。馬すらもその魅力で惹き込んでしまうのだろう。

 これから一年間、別れて暮らす。それは初めての経験だったが、思ったより不安はなかった。

 不安だったのは、怪我をした父を一人帰してしまう事だったが、昨日その不安はなくなった。

 怪我をした体で、あそこまでしてくれたのだ、心配する方が失礼にあたると思われた。

 その思いは、恐らく妹も同じだろう。言葉を交わさなくても、なんとなくわかるのだ。

 この気持ちを、どういう言葉にしよう。そう考えれば考えるほど、別れの言葉が重くなっていく。

 見やると、父も何か言いたそうだが、何も言わずにこちらを見ている様だった。

 先に口を開いたのは、ピュズリだった。


「道中、魔物に食われんじゃないよ!」


 その言葉に、父は苦笑で返し、ケティルが咎めるように口を開く。


「おい、縁起でもねえこと言うんじゃねえよ。ペトロ、今回はありがとな。お前の子供たちの面倒は俺が責任もって見るから、安心してくれ」


「ああ、ありがとう。だが、面倒を見過ぎないようにしてくれ。二人だけで生活できるようになるのが目的だからな」


「それでも、だ。何かあったら絶対に守ってみせる。だから、お前は安心して養生してくれ」


「わかった」


 父はこれで会話は終わりだ、とでもいうようにケティルと笑顔を交わした。

 ポルルも、ケティルの隣で別れの挨拶をする。


「あ、あの。道中お気をつけて!」


「ありがとう、ポルル。良ければウチの子供たちとも仲良くしてやってくれ」


「は、はい! ぜひ!」


 その答えに父は満足したのか、満面の笑みだった。

 今度は自分達の番だ。ヨハンはそう思い、何を言葉にするか考えた。

 だが、沢山の想いが頭をめぐり、何も思いつかないていると、父の方から声を発した。


「じゃあ。またな」


 それだけの一言。けれど、その言葉と、様々の想いが込められた視線。

 そうだ、重要なのは言葉の数じゃない。それを父は気付かせてくれたのだ。

 

「はい! 一年後!」


 ヨハンの口から出たのも、その言葉だけだった。

 けれど、それで十分なのだ。いつも気持ちは伝わっている。いや、こちらの気持ちを常に理解しようと努めてくれる。

 だから、自分も常に父の気持ちを理解しようと努めている。それがお互いに伝わるだけで、十分なのだ。

 隣で妹が、元気に声を上げた。


「お父様! お土産沢山持って帰るからね!」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 その短い別れの言葉と共に、父は馬車を走らせたのだった。

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