第15話 それぞれの進み方④

 ヨハン達が帰ってきたのは、日も暮れた頃だった。

 夕餉の支度をしていたピュズリが息子のポルルを伴って俺が寝ている部屋にやってくる。

 その後ろには、まるで大きな罪でも犯したように暗い表情をしたヨハンとシモン、そして居心地悪そうな顔をしたケティルも居た。

 ピュズリが「ほら、入んな」と声をかけてヨハンとシモンを部屋に入れる。

 一緒に入室しようとしたケティルには「あんたは邪魔だよ」と言いながら手で制し、扉を閉める。


 俺とヨハン、シモンの三人となった部屋は、葬式のように空気が重かった。

 ヨハンとシモンは暗い表情のままベッドサイドに椅子を持ってきて腰掛けたようだ。

 俺はベッドに横になっていて、どうしたもんかな、と思いながら頭を掻く。

 この空気を何とかしなくてはならないとは思うが、何をすればいいのか俺にはわからなかった。

 正直、今は痛みも引いたし、子供たちの五体満足な姿を見る事ができて、気持ちはそこまで暗澹としたものではない。

 だけれど、子供たちの方は自分の身に起きた事ではないからこそ、罪の意識に苛まれているのかもしれない。

 何かを言おうとしても、頭のなかでは片目が無くなるのも、違った景色が見れて悪くないぞ。利き腕がないからこそ、左腕を意識せず鍛える事が出来てお得じゃないか。そんな不謹慎な冗談ばかりが浮かんできては消える。

 だが、先に口を開いたのはヨハンだった。


「父上、僕たちが小さい頃、一緒にお風呂に入っていたのを覚えていますか」


「……ああ、昨日の事のように覚えてるよ」


 この子達が6歳になるころくらいまでは、一緒にお風呂に入っていた。

 この世界の入浴は、お湯で体を拭くくらいのものだったのだが、我が家は竈に火をくべて、温水に浸かるようにしていた。


「父上は男も美しいに越したことがないといって、お風呂から上がるとすぐに美容にいい水を僕の顔に塗りつけましたよね」


「ああ、風呂上りは油分が落ちてしまうからな」


 俺は思わず苦笑した。そんな俺に一瞬視線を向けたヨハンは、その後俺の肘から先の無い右腕にそっと手を添えて続ける。


「僕は、父上が乱暴に顔に美容の水をこすりつけるのが痛くて、暴れて嫌がって、いつも逃げ回ってました」


「そうだったな。捕まえるのが大変だった」


「でも……でも、嬉しかったんです」


 いつの間にか、ヨハンの目には涙が浮かんでいる。シモンも、何かに耐えるような顔をしている。

 在りし日の、俺の右腕で抑えられた感覚を思い出しているのかもしれない。


「父上は自分が思っているより腕力があるんですよ、無理やり捕まえられて、叩くように水を顔に付けてきて、痛くてしょうがなかった。でも、嬉しかったんだ」


 今は麻酔が効いているので感覚なんてないはずなのに、右腕に添えられたヨハンの手のひらから体温を感じる気がする。

 そしてついに、ヨハンは泣き崩れてしまった。


「父上……! ごめんなさい……!」


 俺の腕に顔を埋めて泣きじゃくるヨハンと、その隣で流れる涙を止めようと必死に拭うシモン。

 この子たちは優しいのだ。優しすぎると言ってもいい。

 そして、挫折をしらないこの子達は、どうやって前を向くのかがわからないのだ。

 だからこそ、俺が背中をみせなくてはならない。


「ヨハン、シモン、表へ出ろ。試したいことがある」


 ヨハンとシモンは口々に「え?」と疑問符を浮かべているが、俺はそれをあえて無視して外に向かう。

 部屋からでると、心配そうにケティルとポルルが部屋の外で待っていた。


「なんだ? 聞き耳でも立ててたのか?」


「い、いえ、そんなことはないですけど。心配で」


 答えたのはポルルだ。そのポルルに向かって一つお願いをする。


「木剣を二振り用意してくれないか。少し体を動かしたい」


「え!?」


 驚く様子のポルルに、俺は重ねて言う。


「頼む」


「ポルル、倉庫に沢山あったろ、持ってきてやれ」


 ケティルが指示し、ポルルに用意してもらった木剣を子供たちに渡し、庭先に向かった。


〇〇〇


 外は、夜風が少し寒いくらいだった。

 ヨハンとシモンは、俺と対峙する形で立たせてある。


「そういえば、練習でも打ち合いはしたことがなかったな」


「はい。お父様は対人戦は14歳になってからと言ってました」


 答えたのはシモンだった。ヨハンは不安げにこちらを見て、言う。


「シモンと打ち合いをするのでしょうか」


 嘗められたものだ。片目が無いから、片腕が無いから、片足が不自由だから。

 だから戦えないと思われている。


「いや、お前たちの相手は俺だ」

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