第14話 それぞれの進み方③
言われて、俺は治療道具を取り出して準備にかかる。
消毒液に包帯くらいしかないが、取り敢えずはこれでいいだろう。
問題は目に刺さった氷である、ここまで常温では溶けなかったのだ、どうすれば溶けるのか。
その疑問を口にしたところ、ピュズリはこう言った。
「多分、こいつは氷であって氷じゃない。精霊魔法も似たような事するんだ。あんたが昔よく言ってた融点? って奴が普通の氷と違うってことさね」
「つまり、こいつは氷というより金属に近いという事か?」
「あたしにそんなの分かる訳ねえだろ、んな事はいいんだよ、溶かすよ?」
言いながら、こちらを椅子に座らせ、顎を掴んで強引に上を向かせてくるピュズリ。
何か文句の一つでも言いたいが、彼女はそのまま右手をかざし、「精霊よ」とつぶやいて集中している。
手のひらに輝く赤い光に照らされる彼女の顔は、素直に美しかった。
こちらが静かにその顔をじっと見ている事に気付いたピュズリは、ニヤニヤしながら言う。
「あたしは浮気に興味がないんだ。あんたもそろそろ昔の女引きずってないで、再婚でもしたらどうだい?」
「からかうなよ。そういうのには縁がなくてな」
「あんたはいっつもそうだねぇ、ゼノビアもイシスも、まだあんたの事を待ってると思うけどねえ」
「それこそ冗談だろ。あの二人に釣り合う男なんかこの世に存在するのか?」
それを聞いてピュズリは小さくため息をついた。
それにしても、懐かしい名前だ。二人とも勇者一行に加わっていた頃の戦友で、ゼノビアは燃えるような赤い髪をなびかせ、全てを一刀の元に切り捨てる凄腕の剣士だ。
すこし、いや、かなり暴力的な人物で、気に入らないことがあるとすぐに殴って解決しようとする嫌いはあったが。
イシスは天才的な魔術師で、俺の魔法理論を理解してくれた数少ない理解者だった。ただ、彼女は爆発しない魔法は魔法とは言わないと豪語するほどの広域破壊魔法が大好きで、少々難のある人物だった。
よく考えると、目の前のエルフもそうだが性格に問題を抱えた人物ばかりだな。
「あんた、今ちょっと失礼な事考えなかったか?」
「……いや、全く」
俺が内心冷や汗している間にも、ポルルは献身的に傷口に消毒液を塗り、包帯を丁寧に巻いてくれている。
目の方も無事氷を溶かし、傷口を熱で焼き、出血を止めてから包帯でぐるぐる巻きにした。
一通り処置が終わった後、ピュズリが難しい顔で言う。
「目や腕もよくないけど、その左脚もまずいかもしれないねえ。治った後リハビリしても、普通には歩けないかもしれないね」
言われて、氷柱に筋肉をずたずたにされた左脚を少し見やる。
膝近くの太ももあたりに巻かれた包帯からは、そこまでの凄惨さを感じないが、実際この包帯をとるとグロテスクな事になっているはずだ。
「ちょっと待ってな。ポルル、去年使ったあれ持ってきな」
「はい、お母さん」
言って、小走りにポルルが去っていく。
「いい息子だろ」
そう口にしたピュズリの横顔は、先ほどとはまた違った美しさがあった。
このまま凝視すると、またからかわれると思って苦笑が漏れる。
その様子を見たピュズリは変な顔をして口を開いた。
「ほんとに、昔と変わったよねあんたは。どっちがいいとかあたしにはわからないけど、男親ってのは子供ができるとそんなにナヨナヨしちまうのかねえ」
「ケティルもそうなのか?」
「あの人は昔から弱くてナヨナヨしてるんだよ、それがあの人のいい所さね」
「そうは見えないが?」
「あんたから貰った弓を後生大事に今も使ってんだ。いつまでもしがみついちまう、そういう弱さがまた可愛いんだよ、ケティルはさ」
「……そうか。俺も似たようなものかもな」
「そいつぁ違うよペトロ。あんたは命をかけて守ったものであっても、必要なら捨てる事ができてしまう人間さ。あたしはそんなあんたが怖いと思った事もあった。同時に危なっかしくて見てられないときがあるんだ。あんたが勇者の所をクビになった時、付いていこうとした人間はみんな同じ気持ちさね。ちったぁ自覚しろ?」
「……肝に銘じるよ」
難しい顔になって答える俺に、ピュズリはいたずらっ子のような笑みを見せて言う。
「あたしたちは、あんたに捨てられたようなもんだしなぁ?」
「いや、そんな事は──」
その刹那、ドアが開く音がする。
「お母さん、持ってきました」
「よし、いい子だね。ほらペトロ、こいつを使いな」
この話は終わりだ、とばかりに杖を投げてよこす。
それは、俺がよく使う魔法用の長杖とは違い、歩行を助けるステッキの様だった。
受け取ったステッキに体重を預け、立ち上がってみる。
なるほど、これは確かに今後必要かもしれない。
「ケティルやあんたの子供たちが帰ってくるまで散歩でもして、そのシケタ面をなんとかしときな!」
そう言って、ピュズリは部屋を出て行った。
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