第13話 それぞれの進み方②

 都合2時間ほどでアブセンスに戻った俺は、駆け付けた村人たちに支えられ、村長宅、つまりケティルの家の客室に案内された。

 村人たちは俺の容体を見るや、目を見開いて驚愕し、誰か治療できるものをと騒然となっている。

 だが、腕が無くなって眼も潰れた人間を治療できる存在などいるはずもなく、ただただ騒ぎ立てるだけだ。

 この世界の医療レベルはとても低い。

 よくある異世界を題材にした物語のような回復魔法も存在しない。昔はそういう外科的な治療を行う魔法も存在したらしいが、奇形になったり、腕や足の数が増えたりしてしまう失敗が多数発生し、ほとんどの国で禁止され廃れていったそうだ。

 この世界の医療は薬草による投薬治療が主となっている。

 俺も流石に腕を生やす魔法は使えない。

 ひとしきり騒いで心配していた村人たちが居なくなったあと、俺は自分の荷物にいれていた金属製の注射器を左手で握り、首筋あたりに刺して中身を体内に入れていく。

 この世界の植物から抽出した麻酔だ。この麻酔薬の凄い所は、絶妙に部分麻酔ではないというところ。

 体中の痛みが消えるのだが、意識を失う事がない。不都合があるとしたら、痛みを感じている箇所の感覚が全くなくなるという事くらいか。とはいえ、とんでもなく便利な品物である。

 痛みが無くなると、道中マイナス思考に陥ったのがウソのように感じる程、前向きな気分になれた。

 今はただ、子供たちが無事かどうかが心配で仕方ない。

 だけれど、その前にやる事がある。俺は肘から先のない腕に視線をやった。

 傷口が焼かれているのが幸いして、殺菌されているように思う。だが最低限、傷口を洗って清潔な布などで巻いておかないと、肘より手前の部分も失う事になるかもしれない。

 眼球のあたりもそうだ。姿見で確認すると、未だに目から氷柱が生えている様相だ。魔法の産物だからなのか、どういう理屈かはわからないが溶ける様子が見られない。

 氷柱という低温の物が刺さっているおかげで、恐らく菌は繁殖しないのかもしれないが、あまり良い状態ではないだろう。

 

 その時、客室のドアがノックされ、二人の人間が入室してきた。

 一人は今年12歳になる少年。緑の髪に赤い目をしたその少年は、おずおずと部屋に入ってくる。

 もう一人は、人間の視点では18歳前後に見える女性だった。金色の髪を腰まで伸ばし、やや目じりの下がった目にあるのは、茶色がかった瞳。優しさと儚さが様子から見てとれる。黙っていれば、いや、動かなければ深窓の令嬢といって差し支えない様相だった。

 動かなければ、だが。

 彼女はずかずかと部屋に入って来るや、ニコッと笑い、無神経にも怪我をしている右腕をペシペシと叩きながら笑って言う。


「アッハハハハハ! かつては勇者一行だった二人がゾンビ相手にこのザマかい! 情けないねぇ!」


 この女の名前はピュズリ・ハルビャルナルソン。黙っていれば気弱で儚い印象の若い女性といった様相だが、話してみるとガサツな姉御肌という、神が肉体と魂を入れ間違えたんじゃないかと疑うような性格である。

 ちなみに、容姿と年齢については、これはエルフ独特の理由で若い姿となっている。ピュズリは俺と同じ歳だから、43歳だ。

 エルフの成長と老化は、メカニズムがまったくわからない。これぞファンタジーだなと思うようなものだった。

 まず成長だ。これは個人差がある。ある者は12歳くらいで外見上の成長が止まり、あるものは30歳くらいまで成長と老化をしてから外見上の変化が止まる。

 そしてそのまま一生外見の変化しないのかというと、そうではない。

 ハイエルフは60歳前後くらいから、エルフは70歳前後くらいから、突然皺が濃くなり、人間で言う老化とも言える変化が活発になる。

 だが、人間のそれとは実際には少し違う。

 だんだん肌も茶色くなってゆき、睡眠する時間が少なくなり、ただ呆っと立っている時間が増えていくそうだ。

 そして最終的には、木になる。

 思わず「は?」と口から洩れるだろ? 俺もそうだった。

 だけれど、このピュズリの実家に行った時に、半分木になっているエルフ達を実際目にして愕然としたものだ。

 そして、このガサツな女、ピュズリ・ハルビャルナルソンは、ケティルの奥さんだ。まあ、お似合いと言えばお似合いの二人ではある。

 その二人から生まれた子が、俺の傷を見て顔を青くし、視線をきょろきょろとしている気弱そうな少年、ポルル・ハルビャルナルソンだった。

 そうして、考えに耽り何も言わないこちらをジッと見たピュズリは、無神経にもこちらの頭を引っ掴み、ガシガシと撫でまわしながら言う。


「なんだよ、落ち込んでんのかい? 似合わないねえ。アンタにゃそういうんじゃなくて、どっしり構えてた方がいいんだよ。子供らが帰ってくるまでに取り戻しな」


「あんまり頭を揺らすな。傷に障るだろ」


「あ? そうかいそうかいハッハッハ!」


 言いながら、ひと際力を込めて頭を大きく前後に揺らす勢いで撫でてくる。

 怪我人が辞めて欲しいと言っている事をここまで出来るのは、いじめっ子かこいつくらいだと思う。

 だというのに、俺は自然と顔の表情が緩んでいくのがわかった。

 なぜか、ピュズリの図々しさ、ガサツさは嫌じゃないのだ。

 しかし、図らずもはたから見ると、おじさんが、18~19歳くらいの女性に頭を撫でられてニヤニヤしているという構図になっている。

 それを止めようとして、なのかどうなのかはわからないが、ポルルが声を上げた。


「あ、あの、治療、しなくちゃいけないと思います」

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