それぞれの進み方
第12話 それぞれの進み方①
俺は栗毛の馬の上でうずくまりながら、アブセンスへの帰路に付いている。
早く帰りたいと思うのだが、傷の痛みが酷く、スピードを出してしまうと落馬してしまうかもしれなかった。
だから、少しペースを落として進んでいる。
あの後、黒髪の転生者が倒れた時に、強敵だった黄金の鎧を着たスケルトンも、残存していたゾンビたちも一斉に動かなくなり、やがて地面に倒れた。
あの転生者のなんらかの魔法によって動かされていたのだろう。
それからの処理は、基本的にほとんどケティルが行っていた。
ヨハンもシモンも、一言もしゃべらない。痛みのせいで蹲って何もできない俺に、時折視線を向けてくるが、俺には笑顔を返す余裕もなかった。
穴を掘ってゾンビの遺体を埋めていく、言葉にすると簡単そうに見えるが、かなりの重労働だ。この少ない人数ではまず無理だろう。だけれど、ケティルは穴を掘って埋めていき、ヨハンとシモンは魔法で焼いてと、ある程度の処理をしてから帰る算段だ。
だが、重苦しい空気に耐えられなくなったケティルが、こちらに声を掛けてくる。
「あー、なんだ。これは俺たちの村の問題だ。その……こんなことになって、本当に悪い」
言われて、痛みに耐えながら、彼の方を向く。
今の俺はさぞひどい顔をしている事だろう。脂汗は嫌な粘り気をもって顔中を濡らし、痛みに耐える為に顔中の筋肉が引きつり、歪んだ表情になっているのが自分でもわかる。
そんな様子を見て、ケティルは続けた。
「ここは俺一人でいい。ペトロ、お前は子供たちと先に帰っていてくれないか」
ヨハンとシモンに視線を向ける。すると、一瞬だけビクリと身震いする二人。俺の姿は、二人の罪悪感を大きくしてしまうだろう。
それになにより、本当は痛いと大声を上げてのたうち回りたいところを、そんな姿を子供たちに見せる分けにいかず、ただ耐えているのだ。
だから、提案した。
「……といっても、ここの処理を急ぐんだろう。俺は、一人で帰るさ」
「いや、でもなペトロ……」
そんなやりとりをしている最中、少し離れたところに居た筈の栗毛の馬が、いつの間にか俺の近くまで寄ってきて、顔を寄せてくる。
その様子を見て、ケティルは、何かを感じたように言った。
「わかった。……死ぬんじゃねえぞ」
「ああ、わかってるさ」
そして、ケティルに手伝ってもらい栗毛の馬に乗り、一時間ほど進んでいる。
来るときは一時間程度の道だったが、今はゆっくりと進んでいるため、まだ道の三分の一くらいに差し掛かったところだ。
不思議なもので、この馬はこちらの様子を察してくれる。
失った腕や左目はもとより、下腹部や足も貫かれた傷があり、右の肩口にも傷がある。
挙句炎に焼かれたので所々焼けどを負っており、自分でも意識を保っているのが不思議な状況だ。
正直に言うと、ずっと痛くて辛くてしょうがないのだが、定期的に痛みが酷くなる事がある。
そういう時は馬の走る振動がとても煩わしく感じてしまうのだが、この馬はそういう時に、こちらの様子を察して歩調を緩めてくれるのだ。
早く帰りたいのに、中々進むことができない煩わしいこの時間の中で、俺の心には様々な感情が渦巻いていた。
失った利き腕。見えなくなった左目。確かに、命が助かってよかったとは思う。
だけれど、これからはこの失ったものを引きずって生きていかなくてはならないのだ。
どうしてこうなってしまうのだろう。
思えば、生まれてからここまで思い通りにいったことなんてない。
何をやっても上手くいかない、どれだけ努力しても何も手に入らない。
そんな43年の人生を生きてきて、ただ子供を守りたいという願いをかなえる為に腕と目を奪われなくてはならなかった。
ギリギリと噛みしめた奥歯が耳障りな音を上げる。
ああ、もう全てが嫌だ。人生も、世界も。
ヨハンとシモンはどうか。彼らは容姿も整っていて、才能もあって、頭もいい。
財産はあるとは言えないが、彼らならこの先いくらでも手に入れられるような気がする。
対して俺は? この差は何なんだ?
どこに向けていいかわからない憎しみに、俺の喉からはひゅーひゅーと荒い息が漏れる。
痛い! 嫌だ! なんでだ! 苦しい! 辛い! なんで俺ばかりなんだ! なんで俺はこんなにも不幸なんだ!
ふと、馬が歩みを止めている事に気付いた。
栗毛の馬は、こちらを見つめる様に、ジッと顔の半分を向けている。
俺は一時、痛みも忘れてその顔に見入っていた。
色々な顔がその横顔に重なる。
5歳の時、木登りに失敗して落ちたシモン。ヨハンはその下敷きになってしまい、不条理だとシモンに言いたいが、わざとじゃない事がわかっているので責める事もできず、感情が溢れて泣きだしてしまったヨハンの顔。それを見て、自分が悪い事がわかっているのに失敗した事が恥ずかしいし、格好悪くて謝れず、自責の念から涙がこぼれ、最終的に大泣きになるシモンの顔。
初めて魔法が成功して、褒めてやった時の嬉しそうな二人の顔。
料理に失敗したシモンの気まずそうな顔。それを食べて、まずいのを我慢して笑うヨハンのひきつった顔。
あの戦いのときの、情けないヨハンの顔。呆然と立つシモンの顔。
俺は、なんて弱くて小さくて、頼りないんだ。
俺の弱さの根本は、才能でも身体能力でもなんでもない。心だ、心が弱いんだ。
すぐに何かを憎もうとする。すぐに「もしもこうだったなら」とありもしない妄想に逃げようとしてしまう。
こんな事で、あの子たちの誇れる親でいられるものか。
そんなこちらの考えの決着が伝わったのか、馬は止めていた足を動かし、ゆっくりと進みだす。
「なあ」
独り言、に近いだろうか、俺は馬に向かって話しかけていた。
「ありがとう。さっきまでの俺は、お前にこんなに助けられているのに、感謝すら忘れていた。だから、その、すまなかったな」
すると、馬はまた歩を止めてこちらを振り向いた。まるでこちらの言葉を理解しているかのようだ。
だから、続けてしまう。
「俺は、弱い人間なんだ。きっと、ヨハンとシモンが居なかったら、人生もっとひどい事になっていたと思う。俺は、ずっと不安なんだ。不安だから何かを憎んだり、何かのせいにしたりしてしまう。俺はもっと強くならなくちゃならならい。お前は、それを気付かせてくれた」
馬は、じっとこちらを見ている。それは肯定なのか、それとも他の何かなのか。
「すまんな、痛みに我慢するから、少し急いで村に向かってくれるか? 痛み止めがあるんだ。それがあれば、少しはマシになる」
そう告げると、馬はわかった、と返すように一泊おき、競走馬もかくやという速さで駆けだしたのだった。
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