第11話 遺跡と死者の群れ③
嫌な予感がした。
その予感を信じて注意深く周囲を見回すと、教会の影に見知らぬ男が立っているのが見える。
その男は、娘に、シモンに視線を向けていて、手を掲げ──。
「シモン!!」
「アイスブレッド」
その男から発せられた知らぬ声に続いて氷の散弾がシモンに襲い掛かる。
最大に筋力強化した俺は、その氷がシモンに到達する前に、シモンの体ごと蹴り飛ばしていた。
刹那、頭の奥に激痛が走る。
「父上!!」
「……ぐぁあああぁ!」
熱い、とにかく目の奥に激痛が走り、頭が沸騰しそうに熱い。
相手の攻撃を受けた事はわかるが、負傷ヵ所がわからない。強く頭を打った時のように視界が白くなっている。
「そ……んな……お父様……」
左側からシモンの情けない声が聞こえる。
その姿を視界に入れようとするが、左半分に何か黒いものが被さっていてよく見えない。
それを煩わしく感じて手を伸ばす。
「やめろ! 脳が傷付くぞ!」
ケティルの必死の叫びが聞こえる。
脳? 何を言ってるんだ?
「畜生! 坊主! 嬢ちゃん! そこから離れろ!」
「おっと、弓使いの癖に接近とか常識ねえんだよチート野郎が」
先ほど陰から魔法を放った男が、言いながらケティルを指さす。
すると、黄金の鎧を着たスケルトンの剣士がケティルに向かって疾走する。
「ちぃ! なんだこいつは!」
明らかに今までのゾンビとは格の違うそのスケルトンに、ケティルは苦戦しているようだ。
そのやり取りを聞いている内に、激痛は収まらないが、幾分か冷静になった俺は相手を観察する。
黒髪、黒目で高級そうなローブを羽織ったその男は、恐らく──。
「転生者か」
「へえ、よくわかったね、おっさん。おっさんも転生者……なわけないか、弱そうだもんなおっさん」
その言葉に一瞬反応するヨハンとシモンだが、残念な事に俺の姿を見て戦意を喪失してしまっているのか、二人とも相手ではなくこちらを向いてしまっている。
武器を構えてもいない。いや、しょうがない、彼らはまだ13歳なのだ。
俺は相手から目をそらさず、自分の状態を自己診断する。
恐らく、左目は潰れているか、何かが突き刺さっているだろう。視界が半分になるのは恐ろしく不利だ。
そして、左脚と右下腹部の感覚がない。恐らく、先ほどの氷柱のうようなものを飛ばす魔法で貫かれたのかもしれない。
ずきりと右肩に痛みを感じた。ここもやられているか、剣が振るえるかどうか。
俺は一つ深呼吸して、この後の結果を予想する。
どうやら、俺の人生はここまでの様だ。だが、その前にやる事がある。
「ヨハン、シモン」
いっそ静かな俺の声が、二人に聞こえていることを確信して、言う。
「逃げろ」
その言葉を聞いた刹那、ヨハンとシモンは叫び声を上げながら黒髪の相手に向かっていった。
恐らく、俺が死ぬつもりなのが分かってしまったのだろう。
シモンの目には涙さえ浮かんでいる。
彼らは驚くべき才能と魔力の持ち主だ。烈火のごとく責め立てるシモンと、その隙を縫うように斬撃を打ち込むヨハン。
しかし。
「パーフェクトガード」
黒髪の男が作り出す魔法の障壁によってことごとく弾かれてしまう。
だが、二人は諦めなかった。
角度を変えて切りつけ、同じ個所を何度も突き、力を溜めて叩く。
だが、黒髪の男はやる気なく右手を前に出し、へらへらとした笑顔のまま障壁を維持し続けた。
やがて──。
鉄の折れる甲高い音が響き、ヨハンとシモンの剣が同時に折れた。
彼らの魔力は尋常ではない。だが、魔力伝導率の低い鉄の剣ではその力を十分には発揮できないのだ。
俺の持っている剣や杖は、魔力伝導率のいいミスリルが少し使われている、それなら或いは……。
そう思って視線を這わせていたその刹那、黒髪の男が嫌な目線をこちらに寄越す。
「あとはお前だけだ。ライトニングボルト」
「
杖に魔法をかけ、地面に突き刺す。
すると、相手が放った電撃の魔法は吸い込まれるように杖に収束していく。
「へえ?」
俺は力の入らない右腕ではなく、左手で剣を構え、一歩踏み出す。
だが、相手はそれを許さなかった。
「ファイアボール」
相手の手のひらから、火の玉が飛んできた。俺は即座に「アリア」と魔法を唱え、二酸化炭素で炎を覆う。
幾分か炎の弱まった火球だが、それでも俺の体にぶつかって小さな爆発を起こす。
倒れこんだ俺の前に、盾を構えたヨハンが立ちふさがった。
その後ろ姿は、少し震えているようだ。
「アハハハハ! なんだよその金髪の方がおっさんより強いとか。なに? お前もしかしてこの世界の勇者? やべ、俺魔王になっちゃうなあ」
嫌な顔で笑う黒髪の男。そして、こちらに向けてゆっくりと右手を向けてくる。
魔法だ。魔法が来る。だめだ、このままではだめだ。
俺には力がない。この転生者のように力を与えられていない。
それに、そもそも俺には才能がない。どうすればいい。どうすればいいんだ。
頭の中では答えのない問いがぐるぐると駆け回るが、体は一向に動いてくれなかった。
だが。
「……お父様……」
やや後方から聞こえたその頼りない声に、俺は奥歯を噛みしめて自分を叱咤する。
(その程度の覚悟で、この子達と生きる選択をしたのか! 違うはずだ! 何があっても絶対に守る、それが、それが約束だっただろう!)
胸中で自分を奮い起こし、現実でも体を起こす、そして、黒髪の男は無慈悲にも魔法を言葉にした。
「エナジービーム!」
その瞬間黒髪の男の手のひらからまばゆい閃光と共に光のエネルギーが一本の線となって向かってくる。
はっと息を飲む声が聞こえた。それはきっと、ヨハンのものだろう。覚悟を決めたのかもしれない。だが、まだ早い。
俺はヨハンを後ろから左手で腰抱きにし、右手を突き出して叫ぶ。
「
ヨハンの体よりも前に突き出された俺の右手の先には、透明の盾が張られていた。
それは辛うじて相手の光線を凌いでいる。
「ち、父上……」
あのヨハンが。あの何をやっても優等生で、今まで失敗らしい失敗をしてこなかったヨハンが、こんなにも情けない声を出している。
いや寧ろ、挫折をしたことがないからこういう時に弱いのかもしれない。
けれど、それではいけない。ヨハンも、シモンも、こういう時にこそ普段以上の実力を出せるようにならなければならない。
前世の世界に比べて明らかに危険なこの世界を生き残る為に。
だから、俺は心を鬼にして息子に叱咤する。
「なにをしているヨハン! 魔力を体に循環させろ! この盾はもうじき破られるぞ! 体を硬化させろ! わかるだろう!」
言われて、ヨハンは深呼吸のような呼吸をする。
(そうだ、それでいい)
「ヨハン! 盾にもちゃんと意識を向けろ! 体だけで耐えられると思うな!」
「は、はい!」
(ああ、そうだ。いい子だ。本当にいい子だ。お前たちの母親に、成長した姿を何度見せてやりたいと思った事か)
バリ、バリ、と魔法で作り出した盾から嫌な音がする。
その音に反応してヨハンがまた情けない声をあげた。
「ち、父上、魔法が……」
「大丈夫だ。ヨハン。大丈夫。お前は体中に魔力を巡らせる事に集中しなさい」
ヨハンは、静かにうなずいた。
俺は、ヨハンへの指示とは逆に、右手だけに魔力を集中させていく。
そろそろこちらのシールドも割れる。ここからが最後の賭けだ。
ジワリと、首筋から脂汗がにじみ出るのを感じた。
その刹那、ガラスが割れるような破裂音と共に魔法の盾が砕け散り、同時に俺は、相手の魔法の芯に向かって右手を伸ばした。
「アアアアアアアアアアアアアァ!!」
「父上!! 父上ぇ!!!」
痛いなんてもんじゃない。意識が飛びそうになる。
右手からは何かがはじけ飛ぶような感覚が伝わってくる度、頭がおかしくなりそうだ。
「グギアアアアアアアアアアアアア!!」
いつまでも続く拷問のような時間、しかし、それは唐突に終わった。
まばゆい光は消え失せ、灼熱のように熱い右腕と、左腕の中で震えるヨハンの体が、俺の意識を繋ぎとめていた。
「父上ぇ」
ヨハンの涙声が聞こえてくる。
俺の右腕は、肘から先が無くなっていた。
幸運、かどうかはわからないが、ぷすぷすと音を立てる肘のあたりは焦げていて出血しておらず、失血で気を失う事はなさそうだ。
ニヤニヤと笑う黒髪の男を睨みつけながら、俺はヨハンに言う。
「ヨハン、すまん。父さんはもう戦えそうにない。俺の剣を使え」
言いながら、背後にある剣を血まみれの左手で手繰り寄せ、ヨハンに渡す。
だが、ヨハンは首を横に振ってそれを受け取ろうとしなかった。
後方に居たはずのシモンに視線を向ける。シモンも呆然と立っている。
ケティルは、こちらに度々視線を向けるが、まだスケルトンと戦闘中だった。
俺は、歯を食いしばった。伝えなくてはならない。子供たちに嫌われたっていい。だから、今までにないほど、二人に怒鳴り声をあげた。
「ヨハン! シモン! 俺のいう事を聞け!!」
はっと息を飲む気配は後方、シモンからか。ヨハンはまだ泣いている。
(ああ、俺はひどい親だな。自分に出来ない事を子供に押し付けなければならない。最低な親だ)
そう自虐しつつも、二人に向かって怒鳴り声をあげる。
「お前らには見損なったぞ! いいのかそれで! 泣いて立ってれば誰かが助けてくれるのか!? それとも諦めたのか!? 俺の子供は、この世界を生き抜くこともできない弱者なのか!? 俺を超えろ! 俺が死んでも、その屍を超えて生きろ! これで死んだら、お前たちの母親になんて言い訳するつもりだ!」
駆ける足音がする。シモンだろう。
いつの間にか俺の長杖を長剣のように構え、突きの姿勢で黒髪の男に向かっていた。
「はは! ばーか、杖で接近戦とか素人かよ!」
「うるさい!」
シモンは駆けた。膨大な魔力をその身に宿し、走るその後ろに赤い残像が見えるようだ。
「神からもらったこの壁は絶対ぬけねえよ! パーフェクトシールド!」
黒髪の男はまたも右手を突き出し、魔法の壁で防ぐつもりだ。
対して、シモンは長杖の石突を突き出して、全力の突きでぶつかってゆく。
俺の長杖は鉄の剣とは違い、多少は魔力伝導率のいいミスリルを使用している。だからなのか、シモンの魔力に反応して、淡い赤に発光して相手の障壁にぶつかって火花を上げている。
「砕けろおおおおおおおおおおお!!」
シモンの絶叫が響く。
そして、俺はヨハンに再度剣を手渡した。
俺の血でぬめったその柄をヨハンに無理矢理握らせ、言う。
「いってこいヨハン。お前なら、絶対に出来る」
黒髪の男の悲鳴が聞こえてくる。
「な、なんだ!? なんで俺のパーフェクトガードにひびが!? ありえねえだろ! 完璧な防御だぞ!?」
見ると、黒髪の男はへっぴり腰になって両手を突き出し、そのパーフェクトガードとやらを維持していた。
だけれど。
びし、びし、とその魔法の壁にひびが入りだし、やがて──。
「貫けええええええええ!!」
シモンの裂帛の気合と共についに壁が砕け、黒髪の男の腹部を杖が貫いた。
「……がっはっ、ま、まだ、回復の魔法、が」
だが、その言葉の途中で黒髪の男は見てしまった。
ヨハンが、弾丸のようなスピードで迫っていたことに。
そして──。
黒髪の男はヨハンの剣によって首を切り落とされたのだった。
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