第10話 遺跡と死者の群れ②
「見えてきたぞ! あれだ!」
後方からケティルの声が聞こえてくる。
言われた方向に目をやると、確かに目的地である遺跡が見えてきているようだ。
しっかりとした石造りのその遺跡は、過去の文明の大きな教会との事だった。
「ヨハン! シモン! 馬は戦えない! 少し離れた場所で降りてから向かうぞ!」
ヨハンやシモンにそう伝えた俺は、馬の速度を落としながら進み、やがて降りた。
ケティルはもとより、ヨハンやシモンも同じように行動する。
時刻はまだ朝だ。一時間程度馬を走らせたが、日が落ちるまではまだまだ時間があるだろう。
「ケティル、この辺で朝食をとっておこう。長くなりそうだ」
「へえ? それは何か? 気配で敵の数がわかるのか?」
「死臭だよ。風下とはいえ、ここまで死臭が漂っている場合、数体のアンデッドだけとは考えにくい。数十、下手したら百を超えるかもしれないな」
「骨野郎を折りに来たのに、こっちの骨が折れるって奴だなぁ?」
言って、ケティルはどや顔をこちらに見せてくる。
その顔には、うまい事言っただろと書いてあるようだ。
そんな彼を無視して、てきぱきとシートを敷き、食料を並べている子供たちに視線を向ける。
すると、待ちきれないのか、シモンが素早く用意した食料の前に座り、こちらに視線を向けてくる。その顔にはお腹すいた、と書いてあるようだ。
この一行は分かり易い奴がそろってるな、と思わず苦笑してしまう。
そんな俺にヨハンが「準備できました」と声をかけてくれたので、みんなで朝食を始めたのだった。
〇〇〇
十分に離れても死臭漂うその場所は、近寄ると思わず顔をしかめたくなる程の死臭と、おびただしい数の動く死体で溢れていた。
かつては神聖な建物だったろう教会の遺跡は、優に100は超えるゾンビに占拠されてしまっている。
未だ荘厳さを感じさせる建物を汚す存在は、慣れたものでなければ胃の中をひっくり返しそうな見た目と匂いだ。
心配になってヨハンとシモンを見やるが、彼らは意外と吐きそうな素振りや、緊張し過ぎているような素振りは見せなかった。
ヨハンのその真剣な表情は、どう殲滅するかをシミュレーションしているように見える。まさに熟練の傭兵のそれだ。
シモンは暴れるのが楽しみなのか、少し獰猛にも見える笑みを顔に貼り付けていた。この表情もまた、異名を馳せた強者のそれだ。
情けないのは俺たちの方かもしれない。子供たちが心配で、どうしてもちらりちらりと様子を見てしまう俺に、子供たちの豪胆な様子に感心した様な、それでいて呆れたようななんとも言えない表情のケティル。
ともあれ、このアンデッド大量発生には人為的なものを感じざるを得ないが、殲滅する事には変わりない。俺は一同に小声で指示を出す。
「いいか、ここまで数的不利の場合はどれだけ少ないコストで多数を倒せるかにかかってくる。派手な魔法を乱発していてはスタミナが切れて倒しきれない恐れがある。とは言っても、戦闘が長引けばそれだけこちらの体力が奪われていくことになる。大技に頼らず、基本的には剣で倒し、数体巻き込める状況なら魔法で倒す、それを意識するんだ」
ヨハンとシモンが真剣な表情で頷いたのを見て、俺も頷き返し、ケティルに視線を向ける。
彼も豪胆な笑みを見せて頷いている。
よし、やるか。
「いくぞ! ヨハン! シモン! 開幕の魔法を放て!」
「
「
シモンの放った火の玉が放射線を描き、数体のゾンビを巻き込んで爆発を起こし、ヨハンの放った雷は4体のゾンビを貫いた。
「もうひとつ!
シモンが放った二発目の魔法は、花火が上がる様なキューンという音と共に、赤い玉がゾンビのかたまっている場所に飛んでいき、着弾と同時にこれもまた花火が爆発した様な重低音の爆発音が響く。
5~6体のゾンビが木っ端微塵となった。
俺もまけじと駆け出して、駆け寄ってくるゾンビの足に杖をあてがい、魔法を放つ。
「
腿から先を吹き飛ばされたゾンビは堪らず土を舐め、もう一体の脛を切り飛ばす。
ゾンビは人間の筋肉の限界を超えた膂力と、その機動力が脅威だ。
彼らは疲れを知らず一心不乱に標的に駆けてくる。
腕を切り落としても噛みついてくるし、頭を落としても掴みかかってくる。
だが、足を失うと自慢の機動力を失い、じりじりと這ってくる事しか出来ない。つまり、驚異ではなくなるのだ。
一所に留まらず、駆け抜けながら足を落としていく、これが俺の最適解だ。
そうして10体程のゾンビに土を舐めさせたところで、子供たちの方に視線を向ける。
「こい!」
そう言って盾を構えるヨハンに向かって一体のゾンビが右手で殴り掛かる。
ヨハンはそれを盾で受けながら、盾に向けて構成していた呪文を放つ。
「
刹那、盾に触れたゾンビは痙攣し、崩れ落ちた。盾から相手の体内へ破壊的な電気を流したのだろう。凄まじいカウンターだ。
その後ろから、ヨハンの体を飛び越えてシモンがゾンビに切りかかる。
「やああああああああ!!」
「
シモンが一体を両断するのと、ヨハンが後ろから迫っていたゾンビを盾からの感電で倒すのとが同時だった。
その様子を、ケティルが口をあんぐりと開けてみている。
「おいペトロ、一体どんな教育したらあんな化け物になるんだ?」
失敬な。化け物ではない、優秀なだけだ。
だから、俺もすこし口調に棘が出てしまう。
「ぼさっとするな、俺たち大人がサボってどうする」
言うと、弓を左手に構えたケティルは、そのまま駆けていき、一体のゾンビの頭を右手で殴って破砕する。
それだけに留まらない、ある時は回し蹴り、ある時は弓を持った左手でぶん殴って的確に相手の頭を破砕していく。
たまに思い出したように子供たちの死角になりそうなゾンビにむけて弓を早打ちで射る。
ケティルは遠距離も近距離もこなす、まさにオールラウンダーだ。
そして、俺とケティルは背中合わせになりながら、お互いに声を掛ける。
「ペトロ、お前が一番倒した数が少ねえんじゃねえか? 子供らに嘗められるんじゃねえか?」
「安心しろ、俺の子供はそんなことで人を評価しない。それよりもケティル、その弓まだ使ってたんだな、仮にも元勇者一行だったんだ、もっといい弓もあるだろ」
「……こいつを超える弓なんてねえよ」
少しの沈黙の後、二人は同時に駆けだした。
手近なゾンビに、ある時は拳で、ある時は足で豪快に叩き潰していくケティル。
対して俺はすれ違い様に足を切り落とし、頭を切り落とし、時には魔法で胴体を撃ち抜いていった。
〇〇〇
「やあああああ!!」
ヨハンは裂帛の気合と共に、袈裟切りにゾンビを切り落とす。
圧倒的多数を相手にしている事もあり、状況を把握する事も忘れない。
先日は尊敬する父に「戦いを点で見るな」と指摘されたばかりだ、なるべく一点に集中せず、全体を見る様に心がける。
恐らく、シモンも同じ気持ちなのだろう。凄まじい動きで敵をなぎ倒しながらも、時折こちらや父たちへと視線を向けているのがわかる。
全体を意識する。そうすると、見えてくる事がある。
父たちの戦いの凄さだ。
ケティルはどちらかというと、囲まれそうになってから力業で突破し、そしてまた突っ込み、突破する。これを繰り返している。
これは生半可な実力差ではできない芸当だ。こちらに援護を寄越す余裕すらある。
そして何より、父だ。
彼はこの中では一番派手さがない、火力も出していない。だけれど、恐らく一番の功労者と言えるだろう。
彼は決して囲まれない。それどころか戦場を駆け回り、相手を倒しやすいように誘導し、各個撃破していく。
それだけじゃない、一番相手を引き連れているのも彼だ。
つまり、この大群を相手に一番狙われているのに、一度も囲まれる素振りすら見えず、火力を出していないのにこちらとほぼ同数を無力化していっているのだ。
凄まじい洞察力と空間認識。そして凄まじい考察と技量。
ヨハンはそれを見て高みを知ると同時に嬉しくもあった。
尊敬する父が、実際にその能力を発揮している姿を目の当たりにできる喜び。
父が、ケティル程の実力者に一目置かれている事への誇り。
自分たちはどうか。
囲まれないように立ち回っているが、何度か敵が死角に入る事を許し、ケティルに援護されている。
それはシモンも同じような状況で、とても父のようにこの空間を支配するような戦い方はできていない。
自分たちにとって、勇者は父なのだ。
世界のどこにいるのかわからない、誰が認めたのかわからない勇者と呼ばれている者の事ではない。
自分たちの傍にいて、自分たちが勇者だと認めた存在は父なのだ。
いつも正しく、いつも勇気ある行動をし、いつも優しく、力もある。
これを勇者と言わず何というのだろう。
ふと、シモンと目が合う。彼女も同じ考えだとわかる。
だからこそ、力になりたいと切に願う。自分たちの偉大なる父が負い目に感じてしまっている世界を守る事。これを自分たちを全うするんだ。
そんな思いを込めて剣を振るったその時、予想もしていなかった事が起こった。
「アイスブレッド」
そんな声が聞こえたと思った瞬間、シモンが何者かに蹴り飛ばされ、父が、何本もの氷柱のようなものに貫かれていた。
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