第9話 遺跡と死者の群れ①

 あれから、一度ケティルの家に一泊して旅の疲れを落とした俺たちは、翌日の早朝に、ケティルが用意してくれた馬に乗ってアンデッドが発生しているという遺跡へと向かう事となった。

 そういう訳で、村の待ち合わせ場所に着いた俺とヨハン、シモンは、馬とケティルを待っていた。

 ヨハンとシモンは顔に少しだけ緊張を貼り付けて待っている。

 まだ日の上りきっていない薄暗い朝。霧で視界も悪い。

 普段ならただの風景の一つである朝霧が、まるで夜の闇のような不吉さを伝えてくる。

 不思議なものだ。こちらに何か不安や恐怖があると、途端に道の暗がりや、見えずらい遠方、普段意識することのない様々な見えない場所が怖くなる。

 転生前の例えだと、ホラー映画を見た後のシャワーで背後が怖い、という感覚に近いだろう。

 想像の余地がある部分に、悲観的な創造をしてしまうのだ。人面犬や人面樹の理論と似たようなものか。

 子供たちが緊張しすぎないように声をかけておこう。


「シモン。今回の目標はなんだ」


「はい、お父様。遺跡のアンデッドを調査し、これをせん滅する事です」


「いいだろう。ヨハン、具体的にはどうする」


「ゾンビなどの自然発生のあり得る対象だった場合、純粋に各個撃破します。スケルトンは父上の研究によると必ず術者が魔法によって生み出すものと分かっているので、術者を捜索しながら各個撃破します」


「すばらしいぞ、子供たちよ」


 俺のその賞賛で、子供たちの顔に緊張だけでなく、僅かな笑顔が加わる。


「だが、あそこは今まで何も問題が起こっていなかった遺跡だ。森の中に比べて動物もいるわけでもない。自然発生可能なアンデッドだったとしても、死体をどこからか輸送している可能性がある。人の住んでいない場所にアンデッド。人為的な何かを感じる。これを突き止めなくてはならない。何が目的なんだろうな」


 そう子供たちに疑問符を投げて置く。そうすると、ヨハンもシモンも緊張の面持ちはそのままに、何か考える顔になった。

 緊張するな、不安になるな、と声をかけてもよかったが、それは本人は喜ぶと思う。だけれど、不安や緊張は結局ぬぐえないだろう。

 だから、不安に代わる何かを与えてやるのだ。責任感と好奇心が強いヨハンとシモンならば、心から不安が幾分か去っていき、代わりに疑念と正義感が大きくなっているかもしれない。

 そんな事を考えていると、ケティルが三頭の馬を伴ってやってきた。


「すまねえ! 待たせたな!」


 言いながら、自身は綺麗な栗毛の馬を引いており、残りの二頭は村人が引いている。

 この村アブセンスは、ケティルの代になってから質のいい馬を育てていると評判であったが、この三頭を見ると噂はその通りだと実感する。

 ケティルが引いている栗毛の馬は、スマートで気品を感じる見た目だが、足取りは力強く、軍馬としても競走馬としても活躍できそうだ。

 残りの二頭がまた変わっていた。白馬と黒毛の馬である。

 白馬の方はアルビノを疑うほどに真っ白であるが、目を見れば違うとわかる。その優しそうな目は見事に黒く、まるで宝石のようだ。

 黒毛の馬は一目見て強靭だと分かる屈強さを表しているが、その毛の美しさはてらてらと朝日を反射していて、神秘的とも言える。

 三頭とも、購入するとなると下手な貴族程度では手が出ないだろうなと思えるほどの名馬だと思われた。

 そんな名馬を指さし、ケティルは言う。


「ま、試乗ってこったな、白いのと黒いのが例の馬だ」


「とんでもない名馬だな、これは」


 俺は思わずそうつぶやき、栗色の馬の首筋に触れる。すると、頭をこちらに寄せてきた。


「へえ、すげえな。こいつは気位が高くて、普通はなつかねえんだぜ? 雌馬だが根性座ってるから、戦闘が起きてもすぐには逃げねえ筈だ。おっと、嬢ちゃんと坊主は白い馬、ペトロはそいつもなついてるみたいだし、栗毛に乗ってくれ」


 言われて俺は栗毛の馬に跨る。

 見やると、ヨハンも危なげなく白馬に乗り、その後ろにシモンが跨った。

 ケティルも乗馬しながら、ヨハンたちを見て変な顔をしながら言う。


「乗馬も完璧かよ。お前は子供を貴族様にでもやろうとしてんのか?」


「そういうつもりはない。けど、未来を自分で選べるようにはしたいと思ってる」


「はっ! こいつはとんだ教育パパだな!」


「言ってろ。ヨハン! シモン! 大丈夫か!」


「「はい!」」


 その返事を聞き、「いくぞ!」と声を掛けてから馬を走らせる。

 子供たちも続いて危なげなく馬を走らせる様を見て、ケティルは口笛を吹いて感嘆の表情を浮かべ、しんがりを守るように着いてくるのだった。

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