第8話 冒険は突然に④

「おお! 久しいな! ペトロ!」


 声をかけてきた男は、この村、アブセンスの村長だ。


「ああ、久しぶり。お前は元気そうだな、ケティル」


 ケティル・ハルビャルナルソン。元々アブセンスの狩人の息子として生まれた彼は、かつて勇者一行に加わり、その卓越した森の歩き方と弓の技術で、旅の食料調達や調理、戦闘の補助など、幅広く活躍した男だ。

 俺が勇者一行をクビになってすぐ、彼は自主的に引退して村に帰ったそうだ。

 そこで、子供のいない村長から、次の村長として指名され、現在に至る。


「というかペトロ、お前昔より強くなったんじゃないか?」


 俺の事を上から下まで見て、彼は言う。実際にそうかもしれない。独自の実験で、少なくとも魔力の総量は上がっているはずだ。

 ケティルは魔力の探知はそこまで得意じゃないが、気配でなんとなくわかるのだろう。

 言われて俺もケティルを観察する。

 ぼさぼさだが綺麗な緑の髪。年相応に深い皺が所々ある顔は精悍さを感じ、赤みがかった眼光は笑っていても鋭いものがある。

 体躯はよく鍛え上げられており、こいつはクマを素手で倒したことがあるくらいには屈強な男だ。

 そんな男だが、裁縫が得意という器用さも持ち合わせている。肉体の操作が基本的にうまいという事だろうか。

 そこに、子供たちの深呼吸の音が聞こえ、何かなと思って見てみると、ヨハンとシモンはその一見細い腕を一度上に掲げ、それからへその下に下ろしながら礼をする。 

 これは俺仕込みの貴族の礼の作法だ。


「ハルビャルナルソン村長。ご機嫌麗しゅう。僕はトリスメギストス家の長男、ヨハン・トリスメギストスと申します」


 シモンも続く。


「アブセンスの村長様。お会いできて光栄です。トリスメギストス家の長女、シモン・トリスメギストスです。以後よしなに」


 その様子を見て、ケティルは破顔一笑し、こちらに笑いかけたあと、子供たちに合わせてくれた。


「これは遠い中ようこそおいでくださった、ヨハン・トリスメギストス殿、シモン・トリスメギストス殿。何もない田舎の村で恐縮ではございますが、ぜひごゆるりとご堪能召されますように」


 と言ったあと、頭を掻きながら続ける。


「勘弁してくれよ、ヨハンの坊主にシモンの嬢ちゃん、俺はこういうの苦手なんだよ」


 俺は思い出し笑いをしながら言う。


「お前はそうだったな、以前貴族のお茶会で音立てて啜って追い出された事もあったっけな?」


「おいおい、簡便してくれよペトロ」


 そう言って笑い合う。

 貴族。俺の前世にも貴族という存在はいた。けれど、俺のいた国、日本ではあまりイメージができなかったのだが、この世界で触れ合ってみて分かった。

 貴族は、日本風に言うと戦国時代の武将だ。

 日本は天皇という王に刀を捧げ、武将同士で戦争をして天下統一を目指したそうだが、ここの貴族も同じだ。国王に剣を捧げ、近隣の貴族と紛争をして覇権を争っている。

 思えば、戦国武将と比べてみると非常に共通点が多かった。武士は食わねど高楊枝というが、気位が高く、何かというと茶会を開いて礼儀作法がどうとかいう。

 まあ、中には庶民派だったり温和だったりな貴族も居たりするが、国の剣であるべき貴族が弱いなどと領民に思われてしまうと悪い評判たち、最悪の場合一揆が起きてしまう。

 貴族たるもの強くあるべし。そんな貴族たちもきっと、色々大変なんだろうとは思う。だからこそあまり関わりたくないとも思うのだ。


「けどペトロ、道中大変だっただろ。大丈夫だったか?」


 ケティルが子供たちに視線を向けながら心配そうに言ってくる。

 おそらく、ムスカが異常に多かった事を指しているのだろう。俺もそれは気になっていた。


「ああ、子供たちは俺よりも全然強いくらいさ」


「へえ、なるほどねえ」


 一瞬、ケティルの眼光の鋭さが増した気がした。

 今までは子供として見ていたが、戦士として見てみた、という所か。

 そんなケティルに、心配事をぶつけてみる。


「ムスカの数が異常だ。この村が原因ではないようだが、近くで何かあったのか?」

 

「ああ、そうだな。ここからもう少し東に行くと、遺跡があっただろ」


「古代文明の遺跡、だったか? あそこで何かあったのか?」


「そうだ。そこにアンデッドが大量に発生したらしくてな」


「バカな、あそこは墓所でもなんでもない。それどころか人すら住んでいない遺跡だろう。アンデッドが生まれる道理がない」


 アンデッド、動く死体や骨だけで動くスケルトンという魔物などだ。ただ、この世界の常識と、俺が自分の知見で得た智識とでは少し違いがある。

 俺にとってアンデッドは、ウイルスにより変異した生命体とも言えない存在という認識だが、この世界の人々にとってのアンデッドは、理由はわからないが不死者という魔物として生まれた生き物と捉えられている。


「来てもらって悪いんだがなペトロ、この件が片付くまで、子供たちは一度こちらで保護させてもらうか、引き返した方がいいかもしれねえな」


 周りに目をやると、簡単な武装をした村人が歩いている。


「まあ、領主には報告してるんだが、流石にすぐに騎士を派遣ってわけにはいかねえ。自分たちの村を守るって若い連中は息まいてるが、正直、厳しい所だ」


 ケティルは、ため息交じりに言いながら、こちらに申し訳ない気持ちと、期待する気持ちとが入り混じったような視線を向けてくる。


「そこでなんだがペトロ、一つ相談したいんだがな」


 何を言いたいのか分かった。だが、相手の言葉を途中で切る事なく、ケティルの言葉を待つ。


「俺とお前でよ。ほら、昔みてえによ。一緒に暴れてみねえか? お前の子供たちは村の腕自慢に任せてさ。な、どうだ」


 俺は苦笑して、言う。


「勘弁してくれよ。俺もお前も、もう若くないだろう」


「……そうか」


 少しの沈黙。

 ケティルの目から、残念そうな気持が伝わってくる。

 だから、俺は答えを言うために口を開いた。


「暴れるのはヨハンとシモンだ。俺たち年寄りは、サポートだけにしよう。ヨハン、シモン、それでいいか?」


 「「はい!」」


 子供たちの元気のいい返事を聞いて満足そうに笑みを浮かべる俺を、ケティルは目を見開いて見ていた。

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