第7話 冒険は突然に③

「ヨハン! 戦場では一点だけを見るな! 戦況を面で把握しろ!」


 言いながら、俺はこちらに向かってくる一匹のムスカ相手に右手の剣を振り上げる動作をする。

 振り上げ様に相手の羽を切り飛ばしていた。昆虫タイプの多くは、皮膚は固いが羽は柔らかい事が多い。ムスカもそのタイプだ。だからこそ、力の入りにくい振り上げの動作でも簡単に切り飛ばすことができる。

 錐揉みながら落下するムスカを無視して、左から迫る別のムスカに剣を振り下ろす。

 十分な魔力と力を込めて振り下ろしたそれは、突進してきたムスカを叩き落とす事に成功するが、まだ絶命には至っていない。

 俺は左手に持っている長杖をそのムスカの鼻先に突き付け、魔法を唱える。


インパルス・フラクタス衝撃波


 ゼロ距離で杖の先から放たれた衝撃波に、ムスカの体は四散する。

 それを視界に収めることなく、先ほど羽を切り飛ばしたムスカに向かって剣を突き入れて絶命させる。

 これが俺の戦闘スタイルだ。

 右手に剣を持ち、左手に長杖を持つ。

 近接も魔法もどちらもできるが、どちらも本職には及ばない。剣で隙を作って魔法で仕留めたり、魔法でけん制して剣でとどめを刺す。どれも極めるに至れなかったからこそ、幅広くどんな状況にも対応できるようにしているのだ。

 子供たちに激を入れながら加勢に向かう。


「シモン! そいつは引いてヨハンに任せろ! お前は1対1になれるように立ち回れ!」


「はい! お父様!」


「ヨハン!」


「はい!」


 シモンは目の前の敵から距離をとり、その敵に向かってヨハンがシールドで殴り掛かる。

 それだけでムスカの体は陥没し、やがて絶命した。

 ヨハンの圧倒的な膂力と魔力は凄まじいの一言に尽きるが、シモンもまた凄まじい。まさに一刀両断だ。ほとんどの敵を一刀の元に切り捨てている。

 袈裟斬りで一匹を切り裂いたかと思えば、そのまま回転の力を利用してもう一匹を切り伏せている。戦場を駆け回る彼女は、まさに暴風のような戦い方だ。

 ヨハンを見やると、突進してきた一匹を盾でもって受け止め、それをシールドバッシュで弾く。

 その動作から流れるように回転し、裏拳の要領で盾を叩きつけてその一匹を倒し、剣で別の敵を二つに切り裂く。

 まるで光に集められる羽虫たちの様だ。光に集まったその羽虫たちは、やがて足元に死体の山となっていく。

 俺も負けじと向かってくる一匹の眼に剣を突き刺し、引き抜きざま横殴りに別の一匹の羽を切り落とす。

 既に戦力外となったその2匹のとどめもそこそこに、別の標的に向かって駆け抜け様に次々と羽を切り落としていく。

 敵の数は後10匹ほど。30匹程のムスカが襲ってきた時にはどうなる事かと思ったが、これならなんとかなりそうだ。

 そんな事を考えながら、油断することなくムスカを仕留めていくのだった。


〇〇〇


 戦闘を終えた俺たちは、死体をそのままにしておくと、またムスカが発生してしまう事を危惧して全て火葬する事にした。

 その作業をしていると、難しい顔をした子供たちの視線を感じる。

 なんだろうか、もしかすると自分達に比べて、俺が弱い事に気付いて思う事でもあるのだろうか。

 今まで散々力や才能において俺はお前たちには適わないと言ってきたのだが、子供たちはどこか信じていない様子だった。

 だから現実を見て、気付いたという所だろうか。

 自分が強くない事を子供たちに見られることや、それを伝えるのは少し恰好悪く思う。だけれど俺は、そんな俺だからこそこの子達に残せるものがあるんだと信じている。

 俺は強さにプライド誇りを持つべきじゃない。弱くても生き残れる事にプライド誇りを持つべきだ。

 そして子供たちに、生き残る術を伝えるんだ。

 そう決心して、チラチラとこちらを伺う子供たちに、何か声をかけようとするのだが。

 

「……」


 なんだろうか。喉の奥に言葉が詰まって、そこから何も言えない。

 その詰まった声をなんとか言葉にしたくてもがいてみたが、変な咳払いが出ただけだった。


「父上」


 気付けばヨハンが、いや、シモンもこちらを真剣な眼差しで見つめている。

 そして、言葉を続けた。


「父上にはやはり……敵わないです」


「うん、私もそう思った」


 ……なんでだ? 倒した敵の数はそれぞれ大体同数くらいだが、俺はとどめを後回しにして、戦闘が終わってから行っていたくらいだ。

 つまり、ヨハンとシモンは一撃で確実に敵を絶命させるに至っているのに対して、俺はそこまで至っていないのだ。

 どうしてそんな思考になるのだろうと訝しんでいると、ヨハンとシモンが答えを言葉にした。


「僕たちは力の使い方は教わりましたが、まだ戦い方を学んでいないという事を思い知りました」


「うん、私たちはきっと、格下や互角の敵が相手なら負けないと思う。でも、格上には今の戦い方では勝てない」


 それを聞いて、確かにそうかもしれないとも思うが、些か理想が高すぎると思った。

 彼らは才能があるのだから、自分の実力を上げて格上を作らなければいいのではないだろうか、とも思う。


「父上の戦い方は、少し怖いくらいです。僕たちはどうしても自分の最大火力をぶつけたいと思うから、相手の当てやすい場所、面積の広い場所に攻撃してしまう。ダメージを与えて敵を倒す事しか考えていない。だから必然的に相手の固い部分を無理やり切り裂くしかない」


「そうだよね。でもお父様の戦い方は違う。倒す事じゃなくて弱らせる事、継戦が難しくなるように一手一手詰めていくような戦い方。羽を切り、目を突いて、最小の労力で確実に戦う能力を低下させる事を当然のように行ってる。格下相手だからわかりにくいけど、これが格上の強敵だったなら、私たちよりお父様の方が圧倒的に脅威になると思う」


 それを聞きながら、少し考えてしまう。

 明らかに子供たちの戦い方は強者の戦い方で、俺は弱者のそれだ。

 そもそものアプローチが異なるから、優劣はつけにくいだろう。

 強者は、戦う時に勝負が決まっているものなのだ。それくらいに自分を追い詰め、普段から鍛え上げていると言える。弱者は、その結果を覆すように足掻いて工夫する。しかしながら、この足掻く方向性によっては周りにも迷惑がかかる事があるから一長一短でもある。

 けれど、自分を磨く強者でありながら、そのスペックで勝負せず、工夫によって更に効率よくできたなら、それはとても素晴らしい事だと思う。

 この子達なら、それも可能かもしれない。

 だから、こう締めくくった。


「よく見ているな。流石ヨハンとシモンだ。身体的な能力に頼らず、常に自分の実力以上の結果を望むというのは、まさに理想の戦い方だろう。けど、今は褒めさせてくれ。お前たちは自慢の子だ。初めての魔物との闘い、それも連戦となっているのに、決して怯えず、弱みを見せず、気を抜かず。こうしてもう40をこえた俺と肩を並べて戦う姿はまさに英雄だよ。俺の誇りだ。……立派になったな」


 そう言うと、二人は嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せた。


「さあ、そろそろ村も近い、急ごう。それに、村に近づくにつれてムスカが多くなるのは少し気になるしな」


 子供たちは、笑顔から真剣な面持ちに変えて頷き、馬車に乗り込んでいった。

 何かが起こっているのは確実だ。それが村なのか、村の近隣なのかはわからないが。

 何が起こっていたとしても、必ず子供たちは守り通す事を胸に誓い、俺は馬車を走らせるのだった。

 

  

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