第6話 冒険は突然に②
再び馬車がゴトゴトと揺れる。
先ほどのムスカとの戦闘が終わって、御者は交代して、今は俺が御者台に座っている。
先ほどから馬車の中で眉根を寄せて何か考えているヨハンとシモンの方に意識を向ける。
予想できた事ではあったが、あそこまで圧勝してしまうとは思わなかった。
もう少し実践の緊張感から、うまくいかない事が出てきて、もしかすると怪我などしてしまうのではないかと、内心では脂汗をかくような感覚で居たのだが。
二人は魔法一発で相手を蹂躙できてしまった。いや、それ自体はいいのだ、怪我もなく終わって子供たちの優秀さを確認できて嬉しくもある。
だが、俺の子供たちならそういう事はないと信じているが、初陣がこうだと増長してしまう可能性もある。
ムスカは強くはないが、決して弱いわけでもないと教えてある。
事実、武器を持たない村人が立ち向かった場合、数人がかりで戦ってもムスカには勝てないだろう。
武器を持っていたとしても数人の村人程度では怪しい。
空を飛び、素早い動きをするムスカは、戦いに慣れていない者にとっては十分すぎる脅威だし、ムスカは多くの昆虫と同じく外骨格であり、体の表面はキチン質の硬い殻のような皮膚で覆われている。
つまり、振り回した程度の鈍器や刃物では、傷付けるのも容易ではないという事だ。
だからこそ、
ふと、先ほどから難しい顔をしていたヨハンとシモンのうち、ヨハンがこちらに声をかけてくる。
「父上。父上なら先ほどのケースの場合、どうされましたか」
なるほど、奢る気持ちは感じられない。自らの初陣の反省点を探していたという感じだろうか。
……ただ、反省点を見つけるのが難しい戦いではあったが。
それでも聞かれているのだ、ちゃんと考えて答えるべきだ。
「そうだな……。父さんもきっと同じような戦い方をしたと思う。ただ、位置とタイミングは考えたかもしれないが」
「位置とタイミング?」
シモンが首をかしげて聞いてくる。
「ああ。位置とタイミングだ。お前たちは何か反省や答えは出たか?」
「いいえ、お父様。私たちは先ほどの戦闘が最適解だと思ってます。お兄様は?」
「僕も同じです、父上」
「そうか。いや、これは正解があるものではない。あるとしたら、勝った方が正解だ。だから、先ほどの戦闘ではヨハンとシモンが正解なんだ。けれど、俺が戦うとしたら、想定外の事があったりで戦闘が長期化した場合の事を視野に入れるという事と、役割を明確化するという感じかな」
「父上! どのようにするのですか!?」
「教えてください! お父様!」
いや、本当に二人の戦いは見事だったからこれ以上言う事は無くて、あくまで俺だったらという話なのだが。ここまでキラキラとした憧憬の眼差しを向けられると少し居心地が悪くもある。
「そうだな。まずは位置だ。ヨハンは盾を持って耐える役割、シモンは攻撃に特化させて殲滅する役割。これはお前たちと考えが同じという事でいいか?」
子供たちは口々に「はい!」と肯定の言葉を口にする。
「なら、同じ場所から攻めると、相手に殲滅の役割をもったシモンが視認されてしまう。つまり、相手がどう対処すべきか考える材料ができてしまうわけだ」
馬車を操作しているので、子供たちと向かい合って話すわけにはいかないが、肩越しに子供たちの反応を見ながら、続ける。
「だから、俺ならヨハンを忍び足で右か左に迂回させてから戦闘開始したかな。戦闘の流れとしては、ヨハンが戦闘しながら後退して、シモンは敵の真後ろから戦う感じだ。戦闘の興奮状態の中、やはり後ろには注意が向きづらいし、接敵してからの敵の動きとして、標的が正面に居たら戦いやすいだろうけども、必死にヨハンと戦っている人間は背後のシモンに注意を向ける事ができず、戦いにくいはずだ」
ヨハンが「なるほど」とつぶやくのが聞こえた。
俺はタイミングについても伝える。
「タイミングは、シモンのイグニスだ。もっと上空まで打ち上げてから落とすようにするというのと、その着弾とヨハンのトニトゥルスの着弾が同じタイミングになるように合わせるかな。そうすることで、全てヨハンが起こした爆発だと誤認させて、ヨハンが突っ込んでいって注意を引き付ける。こういう感じかな」
二人は「ありがとうございます」とキラキラとした眼のまま言って、その後難しい顔に戻り、何か言いあっている。
内容は深く聞いていないが、「敵の数が10匹以上だった場合……」だとか、「もう少し強力な相手だったとしたら……」だとか聞こえてくるから、今回の戦闘を踏まえて、ケーススタディを議論しているのだろう。
十分な才能があって、それを活かす努力で十分な実力も手に入れて、それでも奢らず勤勉。まさに理想的な存在だ。
この子達の事を最高に誇らしく思う。
だけれど。
ふいに、自分と比べてしまう事がある。
俺には何があったのだろう。才能は無かった。他人以上の努力を十分以上にしても実力は手に入らなかった。奢るほどの戦果を挙げられず、一つの事に勤勉なだけではいけなかった。俺はこの子たちと同じ土俵にいないのだ。
子供たちに嫉妬しているという事ではないと思う。どちらかというと、己の運のなさというか、神の不平等さに不満を感じているのだろうか。
激情と違い、ドロドロとしたこの感情は、まるで体の底から染み出してくるような小さなものだ。けれど、その小さな染みが気になってしょうがないのだ。
そんな、暗澹とした気持ちになってしまう。
だけれど──。
「父上! 僕は父上と一緒に戦ってみたいです!」
「お兄様、戦闘はもういいよ! お父様! お腹すきました!」
いつの間にかキラキラとした光り輝く何かが支配していき、そんな小さな染みが気にならなくなって──。
「わかった、次に魔物が出たら俺も戦おう。それと、もう少ししたら昼食にしようか」
二人の歓声が聞こえてくる。
俺は、もう染みがどこにあるのかすらわからなくなっていた。
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