第5話 冒険は突然に①

 ヨハンとシモンが13歳になった。

 誕生日はささやかながらも、俺なりに精一杯祝って、その1週間後。

 俺と子供たちは、朝日に迎えられながら隣の村アブセンスに向かっている。

 俺たちが普段住んでいる村はオーティウムといい、アブセンスは東に位置する少し大きな村だ。

 ゴトゴトと揺れる馬車は3人が交代で御者を務めると決めており、今は息子のヨハンが緊張した面持ちで手綱を握っている。


「ヨハン、あまり緊張しなくていい。3人いるんだ、索敵警戒はこっちに任せろ」


「はい! 大丈夫です父上!」


 やや硬いが、元気のいい返事が返ってくる。

 馬の乗り方、馬車の操作については、二人に出来る限り教えてある。俺ももちろん、本職のそれには及ばないが、馬上戦闘もできるし、馬車の扱いもできる。

 これは騎士の親を持つので、乗馬については元々学んでいたが、勇者一行に参加していた頃、何か役に立てる事は無いかと馬車の操作についても学んだ。

 勇者一行ともなると、冒険者協会や傭兵組合から乗馬技術A級の者を集めたりするのだが、如何せん馬関係の資格保有者は冒険者協会では数が少ないし、傭兵組合でも、馬上戦闘が可能とされるB級は多いのだが、御者として活動できるというA級資格を持っている者は少ないのだ。

 ちなみに、この資格というやつは冒険者協会が管理しており、様々な組合などで共通で使える技能の証明となっている。

 各技能はE級から始まり、最高がS級となっている。だが、基本的に実質的な最高ランクはA級といわれている。

 俺は協会から乗馬技術S級を取得していて、戦闘技術もS級、調理技術もS級。他にもあるのだが、俺の持つ資格がS級ばかりなのは、S級の取得条件が『当該の技能を用いて、偉業を達成する事』であるからだ。

 俺の場合は勇者一行と一緒に何人かの魔王討伐に参加しているから、それでS級になっているという仕組みだ。

 

「お父様、あれは!」


 シモンの緊張した声が耳朶を打つ。指さされた方向を見やると、少し遠いが、前方の地面にムスカが止まっていた。

 ムスカとは、全長1.5メートルほどのハエである。決して3分間待ってくれる存在ではない。

 シモンの声を聞いて、ヨハンは馬車を低速にしていたが、このまま進めば流石に気付かれるだろう。

 ムスカは肉食であり、死体に卵を産み付ける習性をもっている。


「シモン、迂回するか戦闘するか、お前ならどうする」


「はい、お父様。私なら戦闘します」


「理由は」


「少数のムスカはそこまで脅威となる存在ではありません。しかし、数が増えると驚異となります。ここは村に近い。見て見ぬふりをして、後になって脅威になられては、自分達の首を絞める結果となります」


 前方にいるムスカは、数匹のようだった。別に群れる習性がある訳ではないが、増えすぎると驚異なのは間違いない。

 ここで言う脅威というのは、直接的に襲われるという事だけではなく、近隣の動物や弱い魔物を襲い、数を増やしていかれては、村の食料事情に影響するという事だ。

 人間が直接襲われるようになるのは、その後なのだ。

 いい考え方だ。すばらしい。

 俺はシモンを褒めようと思い、口を開こうとしたが、それよりも前にシモンが言葉を続けた。


「それに、これからお世話になる村の為に、力になりたいです」


 その言葉に、俺は思わず口角が上がり、自嘲的な笑みが顔に貼り付いてしまう。

 そうだな、全くその通りだ。俺の人生ではその考えをしていては、周りの足を引っ張って死ぬだけだった。

 だけれど、お前たちなら、それができるんだ。


「ヨハン! 馬車を止めろ!」


「はい! 父上!」


 ヨハンは馬車を止め、御者台から颯爽と降りる。

 そして素早く腰に差している片手剣を引き抜き、前に出ようとする。

 そんなヨハンに、シモンは荷物から盾を取り出し、ヨハンに向かって投げる。

 それを目線も向けずに受け取ったヨハンは、俺に向かって聞いてきた。


「父上、どうしましょうか」


「ああ、今回俺は戦わない。見ていよう。お前たちの好きなように戦ってみなさい」


 言うと、ヨハンは力強くうなずき、その隣に長剣を携えたシモンが並ぶ。

 二人の装備は、彼らの体に合わせて作ったものだ。なんの変哲もない鉄で作られた剣や盾だが、武具が体に合っているというのはかなりのアドバンテージとなるはずだ。


「お兄様。多分5匹だよ。どうする?」


「僕が3、シモンが2だ」


「えー! 先に生まれたからってそんな所でマウントとるのは卑怯じゃない?」


「え、あ、うん。ああいや、危険な事は極力引き受けようっていう気持ちなんだけど……」


「お兄様そういうところあるよね、子供出来たら絶対過保護になるタイプだよ」


「……ああ、うん。そうかもしれないけど、それは関係なくないか?」


「危険を減らすなら、私が開幕イグニスで一匹倒して、お兄様も最初に魔法で一匹。で、盾持ちのお兄様は2匹ひきつけて、私が早めに一匹減らす。そしたら後は一対一、これでどう?」


「わかった、シモンの案でいこう」


 一見するとヨハンは礼儀正しく、正義感があって行動的だ。そして頭もいい。だから戦略を決めるリーダータイプに見えるのだが、実際はシモンの方が主導権を握る事が多い。

 シモンも同じく正義感が強く、何事にも行動が早い。ただ少し慎重さが足りないところも否めないのだが、でも、基本的に現実主義で的確な行動をとれる子だ。

 この作戦も、先制攻撃というアドバンテージを活かしつつ、数的不利を極力無くすという事をちゃんと意識できている。二人なら、任せられるだろう。

 そう思った俺は、これから始まる戦闘で馬が驚いて逃げ出さないように、安心させるように首のあたりを撫でる。


「じゃあ、いくよ! お兄様!」


「ああ!」


 言うや否や、二人は手を突き出し、呪文を浮かび上がらせる。


イグニィス!業火


 ポン、という音と共にシモンの手から頭より大きな火の玉が放物線を描いて発射される。

 この魔法、普通は拳程度の大きさの火の玉が飛んでいくのだが、これだけ大きいとどうなるかというと。


「キュイィィィィィィ!!」


 大きな爆発と共に、ムスカの断末魔が聞こえる。爆発で2匹が即死し、1匹は断末魔の悲鳴を上げて、こと切れた。

 その様子を見て、シモンが変な顔をする。


「……あれ?」


トニトゥルゥス!


 続いてヨハンの手から雷が直線状に伸びる。

 雷の魔法は、光の魔法と言われる事があるが、それを裏付けるかのように圧倒的な光が網膜を焼く。

 そして、ヨハンは直線状にムスカ2匹が並ぶように意識して魔法を放っていた。うまくいけば、2匹巻き込んでダメージを与えたいという考えだろう。

 その考えは成功した。

 真っすぐに伸びる光の一撃は、2匹のムスカを絶命の声さえ上げさせずにバラバラに引き裂いた。


「……え?」


 こうして、ヨハンとシモンの、初めての実戦は終了したのだった。

 

 


 

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