第4話 子供たちとの食卓②

「さあ、食事を続けよう」


 俺のその声を聞いて、二人は食卓に戻っていく。

 二人の体温が少しだけ名残惜しく感じるが、ずっと抱き合っている訳にはいかない。

 俺も食卓に戻り、パンをちぎって口に放り込む。

 ちなみに、前世の記憶での異世界転生を題材にした物語では、大体米を手に入れようとする主人公が多いそうだ。

 もちろん米もいいなとは思うが、俺はパンとコーヒーの方が好きだ。

 朝はトーストとゆで卵、昼は野菜多めのサンドイッチ、夜は肉厚めのハンバーガー、そんな生活ができたら最高だと思っている。

 と、いうわけで。俺が拘り抜いて作ったパンの味は、前世のパンに負けていない味だと思っている。

 パンをちぎる時、やや外側を硬めにしているので小気味よく裂けていき、中はふんわりとしているが、ただ柔らかいのではなくて弾力があるので、もっちりと粘り気がある。

 そしてちぎる際に注目してほしいのは、この香りだ。

 少し甘い麦の香りが鼻に押し寄せてくる。もちろん、口に運ぶと更にその匂いが大きくなって、パンの香りで満たされた後に口に放り込む。

 表面がカリカリしたそのパンは、まずひと噛みするとザクザクと小さな破裂音を歯に伝え、ふた嚙み目はもっちりとした中身が柔らかく、それでいて歯に絡まるかのように存在感がある。

 それに、こんなにカリカリとした表面なのに関わらず、中身がしっとりしているので、いつまででも噛んでいられるのだ。

 更に、その後コーヒーの苦みと酸味で洗い流せば、またゼロスタートでパンの風味を味わえる。

 俺が自慢のパンを味わっていると、シチューを食べながらシモンがヨハンに何か話しかけている。


「そういえば、お兄様! 隣の村に住むというは……」


「隣の村に住むということは?」


「トモダチができるかもしれない!!」


「!!??」


 なんだか、初めて学校に通うみたいな話をしていて微笑ましいが、そういえばここは村の外れ。基本的に誰にも会う事がない。

 まあ、田舎の村なんて隣の家まで結構距離があるから外れでなくてもそんなに人と会う事はないのだが。

 それでも、二人は殆ど他人と接した事がない。


「どうしようシモン……挨拶を……挨拶を考えないと!」


「大丈夫、お兄様、私に任せて」


「出来るのか!? シモン!!」


「ええ、しかと目に焼き付けてくださいね」

 

 言いながら、シモンは席を立ち、なにやら貴族のする礼のような恰好をして、言う。


「ご機嫌麗しいですか? 私はシモンといいやがります。とても仲良くしやがってくれやがれください」


「え?」


 思わず、俺の口から疑問符が出た。

 なんというか、翻訳に失敗したというか、意味が分からない上に少し無礼な印象すらある。

 これにはヨハンも驚いているようだ。そうだぞ、そんな挨拶じゃあ友達は──


「すごい!! 完璧だシモン!!」


 なんですと!? 


「でしょ? お兄様」


 シモン!? ダメだこのままでは二人はイジメられてしまう……!

 そして二人はキラキラとした目でこちらを見てくる。

 その視線を言葉にすると、「すごいでしょ? 褒めて!」であろうか。

 俺は、父としての威厳を保つため、重苦しく咳払いを一つしてから口を開いた。

 なるべく、二人を傷つけないように。


「ヨハン、シモン、聞きなさい。その挨拶もとてもいい。なんというか……気持ち、そう、気持ちがこもっていてとてもいい。だけどな、分かり易い形と違って、気持ちは時として伝わらないことがあるんだ」


 そう告げると二人は不安に眉をハの字にする。

 そして、「どうすればいいのですか父上」「お父様教えて」とせがんでくる。


「いいだろう。まずは姿勢よく立つんだ。この時、ちゃんと頭が糸で引っ張られているくらい真っすぐ、ピシッと立つんだ。そうすると誠実さが伝わる」


 ふむふむ、とヨハンが頷き、シモンは一挙手一投足を見逃すまいと凝視している。


「そして、お辞儀するように90度頭をさげ、右手を差し出し、こう言うんだ」


 ごくり、と誰かが喉を鳴らした音がした。それは自分自身だったのか、他の誰かだったのか。


「友達からお願いします!」


 静寂が訪れた。

 呼吸の音すらはばかる様な、そんな静寂だった。

 なにか空気が重い。もしかすると、もしかするとだ。

 俺は何かを間違えているのかもしれない。

 顔を上げて二人を見ると、あきれた顔があるのかもしれない、そう思うと無性に怖くなった。

 再び喉を鳴らす音がいやに大きく響いた。これは、俺自身の出した音だ。

 現実を知るのが怖くて顔を上げられないでいると、ふいに、誰かが勢いよく椅子から立ち上がる音がした。


「素晴らしいです!! 流石です父上!!」


「私はマナーの神髄を見ました! お父様!!」


 二人は、立ち上がって拍手喝采であった。

 スタンディングオベーションだ。

 よかった、俺は間違ってなかったんだ。俺は、また二人に最高の教育をすることができたんだ。

 その喜びから、いつの間にか目から熱いものが流れていた。

 見やると、子供たちも泣いている。

 その夜は、みんなで抱き合いながらいつまでも、いつまでも泣いていた。


 そんな、なんてことのない毎日はあっという間に過ぎ、3年が経過した。

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