第3話 子供たちとの食卓①

「父上、それはどういう事でしょうか」


 ヨハンの声は不安に少し震えているようにも聞こえた。

 シモンも、目に不安と焦燥を浮かべてこちらを見つめている。

 そんな二人の様子に、俺は居ても立っても居られなくなり、椅子を降りて膝をつき、二人に向かって手を広げて言う。


「ああ、すまない、不安にさせるつもりはなかったんだ。さあおいで、愛しい子供たちよ」


 俺のその言葉を聞いて、子供たちは椅子を降りて駆け寄ってきた。

 二人の体を受け止めて、しっかりと抱き留める。

 ヨハンもシモンも、不安からなのか必死に抱き着いてくる。

 だから、俺は安心させるように、殊更穏やかな声を意識して二人に告げるのだった。


「ヨハン、シモン。大丈夫だ。すぐに離れて暮らそうというわけじゃない。ほら、お前たちの目標は勇者一行に加わって、世界の平和の為に戦う事、そうだろ?」


 二人が頷いたのを体で感じる。もう十年の付き合いだ、どういう感情が彼らの中にあるかも、大体わかる。


「だから俺に出来る全てをお前たちに託したい。15歳になるとお前たちは成人する。勇者一行には老練な者達もいるが、新規で採用するのは才能があり、成人したてでも群を抜いて戦力になれる実力者が多い」


 これは本当にそうだった。一行に加わって長い者もいるから、40代、50代も在籍しているのだが、基本的には各地から選りすぐりの若者が集まってくる。

 戦士で15歳、魔法使いだと18~20くらいだろうか。

 魔法使いは基本的に、初歩的な魔法でもかなりの教育が必要で、15歳で使用できるとなると驚異的な才能と言える。

 この世界にはこんな諺がある。「30超えて童貞くらいでなければ魔法使いにはなれない」というものだ。

 これは、それくらい全てを捨てて魔法に打ち込んでも、魔法使いを名乗るのには30歳くらいまでかかるほど敷居が高いという意味の諺だ。

 ただそれは昔の話で、今は少し教育の理論が効率化され、早くて18歳で魔法使いを名乗る者も出てきてはいるのだが。

 まあ、俺の子供は9歳の時には初歩的な魔法が使えたんだけどな。これは自慢だ。

 ともあれ、俺は子供たちの背中を優しくさすりながら、続ける。


「けれど、実際に必要なのは戦力だけじゃない。行軍は過酷だ。連戦の中地図もなく、初めての土地に取り残される事もあるし。捕虜となってしまい、脱走して見知らぬ土地を生き抜いて帰らなくてはならない事もある。やはり自分の人生で未知な経験が多ければ多いほど、生き残れる可能性は低くなる」


 子供たちがこちらの言っている事を理解しているのを感じる。

 本当に、素直でいい子たちだ。


「だから、お前たちが13歳になったら、1年間、俺の元を離れて隣の村に二人で生活してもらう。なに、そこの村長は俺の知り合いだ。ちゃんと話はつけておくさ。そして、15歳になったら旅立ちなさい。その旅の結果、勇者の一行に加わる選択以外をしてもいい。自分自身の目で世界を見るんだ。そしてお前たちの人生を、お前たち自身で掴みなさい」


 そこまで言った後、ヨハンは体を少し離し、しっかりとこちらを見据えて言った。


「わかりました父上。僕は世界を見るために、自分達だけで生きる術を隣の村で学んできます」


 シモンも、同じようにこちらの目を真っすぐ見て言う。


「お父様。世界を見て回った結果、勇者ではなく、お父様と世界の為に戦いたいと言ったら、一緒に戦ってくれますか?」


 それは衝撃の勧誘だった。かつて俺が勇者一行をクビになった後、実は色んなところから勧誘を受けた事がある。

 金銭、地位、名誉。変わったものでは友情。様々なもので俺を口説こうとしてくれたが、俺は首を縦には振らなかった。

 けれど、この碧い瞳の力はすさまじい。どんな海よりも青く、どんな宝石よりも輝くその瞳が、意思をもって俺に向けられているのだ。

 じっと見ていると、まるで魔法にかかったかのようにすべてを承諾したくなってしまう。だが──


「ヨハン、シモン……父さんはもう年だ。それに、父さんはな、ダメだったんだよ。人生すべてを賭けて、出来る事は全部やって、それでも、何も為せなかったんだ」


「違う!! 父上! 父上は凄いんです!」


 ヨハンが力強く、抗えないほどの意思をもって説得してくる。


「お兄様の言う通りだよ! それに、そんな事言われたら、私たち悲しいよ……」


 知らぬ間に、俺の目からは涙がこぼれていた。

 心には後悔と、自責の念。声からは、愛情と感謝が溢れる。


「すまない。そうだな。少なくとも、お前たちの親になれた。お前たちは父さんの誇りで、これまでの人生はお前たちの為にあったんだって旨を張って言えるとも」


 そして、俺は子供たちに約束をする。


「わかった。お前たちがもし望むのなら、お前たちの父親として恥じない働きをしてみせよう」


 そう言ったあと、子供たちは目を輝かせてから俺に抱き着くのだった。


 ああ、なんて幸せ者なんだ、俺は。

 




【Tips】

魔族の中には人間とほとんど容姿が変わらない者が存在します。

ただし、魔力を産みだす細胞が人間とは異なり、より大きな魔力生成が可能です。

また、エルフも人間や魔族とは異なる魔力生成の細胞を有しています。

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