第2話 子供たちと修行の日々②

 子供たちは真剣な表情で手を開いて前に突き出し、眉間に皺を寄せながらぶつぶつと何かを反芻するように唱えている。

 いや、事実記憶にある学んだ事を口に出して反芻しているのだろう。

 放っておいていいのだろうけれど、親心からか、何か力になりたいと思い、声をかけてしまう。


「よし、簡単なおさらいをしながら呪文の式を確認していくぞ」


「「はい!」」


 二人の素直で元気な声が心地よくて、思わず口元が緩んでしまう。


「では、まずはどんな魔法でも基礎は大事だ。力の求め方を答えよ。向きが逆で力の大きさが等しい場合の式は?」


 これにはヨハンが答えるようだ。


「その場合、答えは0になりますが、式はF1+F2=0です」


「よろしい、では、摩擦力を求める場合の式は」


 次いで、シモンが答える。どうやら順番に答えるようだ。


「はい! F = μNです!」


「よろしい。では圧力はどう求める?」


 簡単な問題が続いたからだろう、ヨハンが笑顔になり、答える。


「圧力のPは、P=S分のFです!」


「ふむ、では、流体の場合の圧力の式はどうだ」


「はい! p = p0 + ρhgです! お父様!」


「では次に、放出系魔術の基本、水平投射はどう求める」


 ヨハンはが少し不安げに手を上げ、答える。


「えっと、位置がx = v0 tで、速度をvx = v0、軌道が= y=2v0二乗分のgとx二乗……です」


 その様子に、俺は思わず目じりを下げて言う。


「ヨハン、もっと自信を持て。お前の学んでいる呪文の構成は、この世界の誰よりも効率がいい」


「……はい」


「では続いてヨハン、電位はどう求める」


「! V = Edです! 父上!」


 元気を取り戻して答えるヨハン。息子のヨハンは、どうやら電磁気など、電気や波に関わる呪文が得意で、娘のシモンは物理力学や熱力学が得意のようだ。

 この世界の魔法は、これから起こそうとする事象を数字に置き換えるという呪文構成を行う。それを魔力を込めて行う事によって、術者の意識する空間、手のひらの先や、杖の先などにその数式、つまり呪文が浮かびあがる。それを魔法陣という。

 そして、それに対して答えとなる言葉を唱えると、魔法として発現するのだ。

 と、そんな事を考えている間に、シモンが標的の巻き藁に向かって開いた手を伸ばし、集中している。

 その手の先には、白い数式が空中でいくつも描かれていき、そして──。


イグニィス!業火


 その答えとなる言葉と共に、ポンっというグレネードランチャーを発射したときのような気の抜けた音とともに、やや山なりに火球が飛んでいき、見事に標的の巻き藁に命中した後、業火の名にふさわしい炎の柱が上がる。

 それに負けじとヨハンも手の先に魔法陣を描き──。


トニトゥルゥス!


 耳をつんざく轟音と共に、手の先から巻き藁へ一直線に雷が伸びる。

 それは一瞬にして巻き藁を黒焦げにした。

 親バカな考えかもしれないが、僅か10歳という年齢で魔法を使える人間は、世界中を探してもこの二人しかいないのではないかと思う。

 そもそもこの世界の魔法使いは、数式を理解していない。決まった式と決まった答えを丸暗記して描くだけだ。

 それに比べて俺の子供たちは、正しく意味を理解して魔法を発現させている。この差は大きいし、つまりは、魔法を新たに開発する事だってこの子達には出来るのだ。

 なんと素晴らしい! こんな優秀な子供はここにしかいないと断言できる!

 ……いや、少し興奮しすぎた。落ち着こう。

 そんな、興奮の元となる子供たちは、その後も額の汗をぬぐう事もほどほどに魔法を連発していく。

 細かい事だが、俺は魔法を最適化する補助呪文という独自の技術を子供に教えていて、子供たちはそれも完璧だ。

 例えば業火の魔法イグニィスは、炎の玉を打ち出して着弾点に炎の柱を上げさせる魔法であるが、あらかじめ着弾の足元に周囲から酸素が集まる空気の流れを作る呪文を組み込むように教えている。

 雷の魔法トニトゥルゥスは、標的に向けて電気を直線で捉えて攻撃する魔法となるが、電気は温度が低い状態だと電導効率が上って伝わりやすいため、標的までの直線の温度を下げる呪文を先に組み込ませている。

 これら補助呪文という考え方は、前世智識が元となっている完全オリジナルのため、この世界の人たちには全く理解されないものである。

 というのも、勇者一行に従軍していた時代に、炎系の魔法の呪文に風の魔法の呪文を組み合わせれば威力が大きくなり、それ以上に被害を出す方向も限定できるので非常に幅が広がるという事を魔術師部隊に提言したところ、「何言ってんだこいつ」という顔で馬鹿にされた覚えがある。

 だけれど、実際にこの補助呪文の考え方は劇的に魔法の効率を上げてくれるのだ。

 といった事を考えている間に、結構な時間が経過しているようだった。

 太陽は傾き、子供たちの横顔を赤く染めているのがわかる。時刻は夕刻といったところか。

 子供たちは時間も忘れて、練習に打ち込んでいるが、魔力を使う行為は非常に体力を使う。筋肉トレーニングとは違って、沢山使えば鍛えられるというものではない。

 魔力の増大だけに絞ったトレーニングではむしろ、沢山食べて蓄えるというの方が重要なくらいだ。今日の練習はこんなものでいいだろう。

 

「よし、二人とも、今日はこれくらいにして帰ろうか」


「「はい!」」


 元気のよい返事が返ってきて、思わず二人を抱きしめたくなる。

 けれど、ここは我慢して二人に手を伸ばし、三人で手を繋いで帰るに留めるのだった。


〇〇〇


 夕食。我が家の夕食作り担当は俺だ。息子や娘も手伝ってくれるし、替わってくれようともする。

 だが、これは労働ではない。俺の毎日の楽しみなのだ。だから、息子たちが「お父さんは休んでて」と言ってきても、こう返すようにしている。「父さんの楽しみを奪わないでくれよ」と。

 この世界のメシはまずいが、それをなんとかしようと自分なりに色々努力をした結果を子供たちに食べてもらい、喜んでもらう。それがこんなに幸せな事だなんて、前世では全く分からなかったし、今生でも子供ができるまで知らなかった。

 本当に、この子達は天使か何かなのだろう。

 そんな子供たちに一部手伝ってもらった今日の献立は、小麦パンと魔物肉のシチュー。魔物肉のシチューは子供たちの好物だ。

 顔を輝かせながら食卓につく子供たちに、「さあ、食べよう」と声をかけると、歓声を上げながら食事をはじめる。

 息子のヨハンは、まずパンを頬張り、それからシチューを楽しむ。娘のシモンは、パンの先をシチューに浸して食べる。

 ちなみに、この世界は基本的に前世の世界でいうライ麦のような麦を粉にして、水に溶かして捏ねたあと、数時間おいてから焼く。という、パン酵母を一切使わない方法で焼いているため、一口大にちぎって口に放り込まないと、パンが硬くてかみ切る反動で手をどこかにぶつける恐れがある。

 前世の世界でも高級店のマナーとして、パンは一口大にちぎって食べるというものだったから、この硬いパンというものはどの世界でも通る道なのかもしれない。

 だがしかし、安心してほしい。俺は様々な酵母の中からパンに最適な酵母を見つけ出し、それを培養している。そう、イースト菌の生産に成功しているのだ。

 つまり、ふっくらとしたパンを作る事に成功しているのである。さらに言えば、様々な麦の種類を旅をしている時代に手に入れているので、風味豊かで、ほんのり甘く柔らかいパンを子供たちには食べさせているのだ。

 子供たちに視線をやると、ヨハンは割と一口が小さく、ゆっくりと食べるが、シモンは豪快に大口を開けて食べる。双子で容姿は似ているが、こういう所に性格の違いが大きくでる事がある。

 カレーの食べ方もそうだ。ヨハンはパンとカレーを別々に食べるが、シモンはパンを適当にちぎってカレーの中に投入し、一緒に食べる。

 おっと、今日は子供たちに伝える事があるんだった。


「二人とも、食べながらでいいから聞いてくれ」


 そう言うと、二人ともスプーンを置いて、聞く姿勢になる。

 食べながらでいいのに、と思いながらも、彼らが俺の事を尊重してくれているんだ。辞めろとも言えない。だから、そのまま俺は続けた。


「一年間、お前たちには父さんと別れて暮らしてもらおうと思うんだ」






【Tips】

動く死体、ゾンビは生きている生物には無害なモルスウイルスが死体に感染した結果体内で魔力を生成し、脳を動かし、魔力生成を続けるために強烈な食欲を満たそうとします。

ただし、消化器官がうまく作用しないので、あまり長く活動はできません。

まれに突然変異が起こると、生物の血液を効率よく吸収できる個体が現れるらしいが……。

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